第八十五話 最初の守り手
前書き
この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。
森の声。
魂の記憶。
ご先祖様から受け継がれる想い。
そして、まだ誰にも決められていない未来。
私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。
もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。
楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。
けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。
大切な人を想う気持ち。
失った人への愛。
自分では変えられない過去。
そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。
どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。
それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。
誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。
その先に、どんな未来が待っているのか――。
楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。
あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。
そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。
第八十五話 最初の守り手
黒曜が消えたあとも、空には黒い亀裂が残っていました。
楓夏は零を見つめます。
「最初の守り手って……誰?」
零はすぐには答えませんでした。
父も険しい表情をしています。
「昔の記録では、最初の守り手は千年以上前に消えたことになっている」
「でも……」
零が空の亀裂を指さします。
「消えてはいなかった」
楓夏の胸に嫌な予感が走りました。
「じゃあ、どこにいるの?」
零は答えます。
「時間の外側だ」
***
その瞬間。
空の亀裂から、一人の女性がゆっくり降りてきました。
白い髪。
白い服。
そして、胸には――。
十三個の紋章。
「……十三個?」
楓夏が息をのみます。
零が震える声で呟きました。
「間違いない」
「知ってるの?」
「あの人が――」
零は頭を下げました。
「最初の守り手です」
女性は静かに地面へ降りました。
「久しぶりですね」
その声を聞いた瞬間。
父が膝をつきました。
「……お会いできるとは」
「顔を上げなさい」
女性は微笑みます。
「今は、守り手としてではなく――」
楓夏を見る。
「一人の人間として、あなたに会いに来ました」
「私に?」
「そう」
女性は楓夏の胸の紋章を見つめます。
「あなたが、新しい十三番目」
楓夏は首を振ります。
「違う」
「……?」
「私は十三番目にはならない」
女性が少し笑いました。
「そう言うと思っていました」
***
最初の守り手は、結花へ視線を向けました。
「この子が未来の娘ですね」
「はい」
結花が楓夏の後ろに隠れます。
女性は優しく笑いました。
「怖がらなくていい」
結花が尋ねます。
『あなたは悪い人?』
「いいえ」
『じゃあ、味方?』
「それも違います」
結花が首を傾げます。
「私は――」
女性は空を見上げます。
「未来を見守る者」
楓夏が聞きます。
「だったら、どうして今まで何もしなかったの?」
女性は少し寂しそうに答えました。
「私は、手を出してはいけないからです」
「どうして?」
「未来を守る者が未来を選んではいけない」
楓夏は黙りました。
「だから私は、ずっと見ていました」
「私たちを?」
「ええ」
女性は微笑みます。
「あなたが生まれる前から」
***
楓夏は驚きました。
「私が生まれる前から……?」
「あなたのお母さんも」
「お父さんも」
「そして――」
女性は凪人を見る。
「この青年も」
凪人が驚きます。
「僕も?」
「あなたは、とても重要な人です」
「なぜ?」
女性は答えません。
代わりに楓夏へ向き直ります。
「あなたがこれからする選択によって、未来は大きく変わります」
「また未来が……?」
「ええ」
「黒曜は消えたんじゃないの?」
「黒曜は、時間を奪う者でした」
女性の表情が変わります。
「ですが、黒曜より危険な存在がいます」
零が尋ねました。
「誰ですか?」
女性は静かに言いました。
「時間そのものです」
***
空が突然暗くなりました。
時計が一つ。
二つ。
三つ。
無数の時計が空いっぱいに現れます。
針がバラバラに動き始めました。
「何が起きてるの?」
楓夏が叫びます。
女性が答えます。
「時間が怒っているのです」
「時間が……怒る?」
「あなたたちは、本来存在できない未来を現在へ連れてきた」
結花の姿が少し揺らぎました。
『ママ……』
「結花!」
楓夏が抱きしめます。
「どうすればいいの?」
「一つしかありません」
女性は楓夏を見つめます。
「未来の娘を、未来へ帰す」
「……!」
『嫌!』
結花が楓夏にしがみつきます。
『ママと離れたくない!』
「私も嫌」
楓夏は結花を抱きしめます。
「せっかく会えたのに……」
「でも、帰さなければ――」
女性が空を見上げます。
「現在も未来も、すべて壊れます」
楓夏は唇を噛みました。
「じゃあ……」
結花を見る。
「未来に帰ったら、また会える?」
「会えます」
「約束?」
「約束です」
結花が泣きます。
『ママ……』
「大丈夫」
楓夏は笑いました。
「私たちは、未来でまた会える」
***
そのとき。
凪人が一歩前へ出ました。
「僕も未来へ行く」
楓夏が振り返ります。
「凪人くん?」
「結花の父親だから」
凪人は笑います。
「今度は、消えない」
しかし――。
最初の守り手が首を振りました。
「それはできません」
「なぜ?」
「あなたは、この時代に残らなければならない」
「……」
「あなたが未来へ行けば、結花の未来は成立しません」
凪人が苦しそうに目を伏せます。
「じゃあ……」
楓夏を見ます。
「僕はまた、娘と離れなければならないの?」
楓夏は答えられません。
結花も泣いています。
そして――。
最初の守り手が言いました。
「ただし、一つだけ方法があります」
「何?」
「未来へ行くのではなく――」
女性は楓夏を見る。
「未来をこちらへ引き寄せるのです」
楓夏の目が見開かれました。
「未来を……現在へ?」
「そう」
「そんなことをしたら、時間が壊れるんじゃ……」
「だから――」
女性は楓夏の胸の紋章を指しました。
「あなたの力が必要なのです」
楓夏は自分の紋章を見つめます。
「私の力……」
「あなたは十三番目になる必要はありません」
女性が微笑みます。
「あなたは――」
そして、初めて楓夏の手を握りました。
「十三番目を超える存在になるのです」
その瞬間。
楓夏の胸にある十三個の紋章が、一つずつ光り始めました。
そして十四個目の紋章が――。
ゆっくりと浮かび上がります。
「……十四番目?」
零が呟きました。
最初の守り手は静かに首を振ります。
「いいえ」
「では、これは……?」
女性は微笑みます。
「始まりの紋章です」
――第八十六話へ続く。
後書き
『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話。
長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。
最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。
物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。
けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。
私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。
過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。
楓夏が最後にたどり着いた、
「未来は誰かに決めてもらうものではない」
という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。
そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。
大切な人との思い出。
亡くなった人から受け取った愛。
家族の絆。
言葉にできなかった想い。
それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。
もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。
楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。
そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。
物語は終わりました。
けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。
悠真がどんな人生を歩むのか。
結花がどんな大人になるのか。
凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。
それは、誰にも決められていません。
だからこそ、未来には無限の可能性があります。
この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。
もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。
立ち止まってもいい。
遠回りしてもいい。
時には、最初から選び直してもいい。
あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。
最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。
心からの感謝を込めて。
そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。
ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。
もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。
「大丈夫。
未来は、これから自分で選んでいけるよ」
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話――完結。




