↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
78/100

第七十八話 失われた母の記憶



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第七十八話 失われた母の記憶


「お母さんを返して!」


 楓夏の叫び声が、東京の夜空に響きました。


 けれど――。


 もう、母の顔が思い出せません。


 声も。


 笑顔も。


 手の温かさも。


 どんな目をしていたのかさえ――。


「……どうして?」


 楓夏は頭を抱えました。


「お母さん……」


 父が楓夏の肩を抱きます。


「大丈夫だ」


「でも、思い出せない……」


「記憶を奪われただけだ」


「戻せる?」


 父は強く頷きました。


「必ず」


 ***


 そのとき、零が現れました。


「黒曜は、楓夏の一番古い記憶を狙っている」


「一番古い記憶?」


「うん」


 零は静かに説明します。


「人が生まれて最初に感じる愛や安心は、その人の魂の根になる」


「だからお母さんの記憶を……」


「そう」


 零は頷きました。


「そこを消せば、楓夏自身の力も弱くなる」


 楓夏は拳を握りました。


「取り戻す」


 雪乃が心配そうに見つめます。


「どうやって?」


 零が答えました。


「過去へ行く」


 ***


 世界樹の根元に、一本の小さな扉が現れました。


 扉には、楓夏の紋章が刻まれています。


「ここから?」


 楓夏が尋ねます。


「そう」


 零が頷きます。


「でも、過去を変えてはいけない」


「どうして?」


「少しでも過去を変えれば、未来が大きく変わる」


 父が楓夏の手を握ります。


「見るだけだ」


「分かった」


 楓夏は扉を開きました。


 光が二人を包みます。


 そして――。


 目の前に、幼い頃の楓夏が現れました。


 まだ赤ちゃんだった楓夏。


 その腕に、母が抱いています。


「……お母さん」


 楓夏は涙を流しました。


 顔を見ただけで分かります。


 自分の母です。


 忘れていたはずなのに――。


 魂が覚えていました。


 母は赤ちゃんの楓夏に話しかけています。


「楓夏」


 優しい声。


「あなたは、きっと大きくなる」


「たくさん笑って」


「たくさん泣いて」


「たくさんの人を好きになって」


 赤ちゃんの楓夏が小さな手を伸ばします。


 母がその手を握ります。


「そして――」


 母の目に涙が浮かびます。


「いつか、私のことを忘れてもいい」


「……え?」


 現在の楓夏が驚きました。


 母は続けます。


「人は、過去だけを生きるんじゃない」


「未来へ進むために生きるの」


「だから、私を忘れてしまっても――」


 母は微笑みます。


「あなたが幸せなら、それでいい」


 楓夏の胸が締めつけられます。


「お母さん……」


 すると――。


 背後に黒い霧が現れました。


 黒曜です。


『見つけた』


「来ないで!」


 楓夏が母の前に立ちます。


『その記憶を渡せ』


「嫌!」


『それはお前の母が望んだことだ』


「違う!」


 楓夏は叫びます。


「お母さんは、私に忘れてほしいんじゃない!」


 母が振り返ります。


 もちろん、過去の母には今の楓夏が見えていません。


 それでも――。


 なぜか、母は楓夏のいる方向を見ました。


「……楓夏?」


 楓夏は息をのみました。


「お母さん……?」


 母の目から涙が一粒落ちます。


「大丈夫」


 母が微笑みました。


「あなたなら、きっと大丈夫」


 その瞬間。


 黒曜が叫びます。


『なぜだ!』


 黒い霧が母の記憶を包みます。


 しかし――。


 母の声は消えません。


『愛は、記憶だけじゃない』


 黒い霧が揺れます。


『心の奥に残るもの』


 楓夏の胸に光が戻ってきました。


 母の顔。


 声。


 笑顔。


 全部が戻ってきます。


「お母さん!」


 楓夏は泣きながら手を伸ばしました。


 でも、触れることはできません。


 過去だから。


 母は赤ちゃんの楓夏を抱きしめています。


「大好きよ」


 楓夏は涙を流しながら笑いました。


「私も……大好き」


 ***


 黒曜が苦しそうに後退しました。


『なぜ記憶を取り戻せた……』


 楓夏は涙を拭きました。


「あなたが忘れていたからだよ」


『何を?』


「愛は、奪えないってこと」


 黒曜の身体に亀裂が入ります。


 しかし――。


 黒曜は突然笑いました。


『そうか』


「何がおかしいの?」


『ならば、もっと大切なものを奪えばいい』


 黒い霧が一点に集まります。


 そこに映ったのは――。


 未来の娘。


 そして、その隣に立つ桜真。


「……!」


 楓夏の顔が変わります。


『次は、未来の娘だ』


「やめて!」


『この子が生まれなければ、お前は母親になれない』


 楓夏は走り出そうとします。


 しかし、零が止めました。


「待って!」


「離して!」


「罠だ!」


 その瞬間。


 黒曜が未来の娘へ手を伸ばしました。


『来い』


 少女が苦しそうに胸を押さえます。


『ママ……』


「待って!」


 楓夏が叫びます。


「その子に触らないで!」


 少女の身体が光に変わっていきます。


『ママ……』


「絶対に迎えに行く!」


『うん……』


 そして――。


 未来の娘が消えました。


 楓夏の前に残ったのは、小さな光の粒。


 黒曜の笑い声が響きます。


『未来の娘は、私が預かった』


 楓夏は拳を握りました。


「返して」


『返してほしければ――』


 黒曜の声が遠ざかります。


『未来の世界へ来い』


 扉が閉じました。


 楓夏は父を見る。


「お父さん」


「ああ」


「私、行く」


 父は頷きました。


「一緒に行こう」


 零も立ち上がります。


「僕も」


 そして桜真が――。


「僕も行く」


 楓夏は頷きました。


「みんなで、未来の娘を助けよう」


 その瞬間。


 世界樹の根元に、未来へ続く新しい扉が開きました。


 扉の向こうから――。


 少女の声がします。


『ママ……』


 楓夏は走り出しました。


 ――第七十九話へ続く。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。