第七十七話 未来を奪う者
前書き
この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。
森の声。
魂の記憶。
ご先祖様から受け継がれる想い。
そして、まだ誰にも決められていない未来。
私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。
もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。
楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。
けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。
大切な人を想う気持ち。
失った人への愛。
自分では変えられない過去。
そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。
どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。
それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。
誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。
その先に、どんな未来が待っているのか――。
楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。
あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。
そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。
第七十七話 未来を奪う者
東京の空に浮かぶ巨大な時計。
その中央に立つ男を見て、楓夏の父は青ざめていました。
「……黒曜」
男はゆっくり笑います。
「久しぶりだな」
楓夏が父を見上げました。
「知ってる人なの?」
「昔、守り手だった男だ」
父の声が震えます。
「そして――私たちを裏切った張本人だ」
黒曜は時計の上から楓夏を見つめました。
「裏切った?」
楓夏が尋ねると、黒曜は笑いました。
「私は裏切ってなどいない」
「じゃあ、何をしたの?」
「未来を守ろうとした」
黒曜の手が上がります。
すると時計の針が逆方向へ回り始めました。
ゴォォォン……。
街の景色が一瞬だけ揺らぎます。
「時間を戻しているの?」
「違う」
黒曜は答えます。
「時間を奪っている」
「奪う?」
「人間は未来を持っている」
黒曜の目が光ります。
「だから争い、苦しみ、失う」
「だったら未来なんて、最初からなければいい」
楓夏は首を振りました。
「そんなの間違ってる」
「なぜ?」
「未来があるから、今を大切にできるから」
「綺麗事だ」
黒曜は冷たく笑いました。
「未来があるから、人は失うことを恐れる」
「それでも――」
楓夏は胸に手を当てました。
「私は未来がほしい」
***
突然、時計から黒い光が放たれました。
楓夏の身体が光に包まれます。
「楓夏!」
父が手を伸ばします。
しかし、届きません。
「お父さん!」
楓夏の目の前に、無数の映像が現れます。
未来の娘。
結月。
桜真。
黒桜。
そして――。
まだ生まれていない弟。
次々と未来が消えていきます。
「やめて!」
『一つ選べ』
黒曜の声。
『娘を残すか』
『結月を残すか』
『桜真を残すか』
『それとも――』
最後に、楓夏自身の姿が映ります。
『自分を残すか』
「全部!」
楓夏は叫びました。
『そんな未来は存在しない』
「だったら作る!」
『できるものか』
「できる!」
楓夏の胸の紋章が輝き始めます。
「だって私は、一人じゃない!」
***
地上では、仲間たちが楓夏を助けようとしていました。
「楓夏!」
雪乃が叫びます。
鈴音も手を伸ばしました。
「楓夏ちゃん!」
しかし、黒い光が彼女たちを押し返します。
そのとき――。
「私も行く!」
結月が前へ出ました。
「結月!」
雪乃が止めようとします。
けれど結月の胸の十二番目の紋章が輝きます。
『お姉ちゃんを助ける』
結月の身体から光が広がります。
その光が楓夏へ届いた瞬間――。
楓夏の目の前に、結月の姿が現れました。
「結月!」
『お姉ちゃん』
「どうやってここに?」
『絆があれば、どこにでも行けるよ』
楓夏は笑いました。
「そうだったね」
そこへ、零も現れます。
「僕もいる」
「零くん!」
『十三番目は、時間を壊すためじゃない』
零が時計を見る。
『未来を選ぶためにある』
黒曜が叫びます。
『黙れ!』
黒い光が零を襲います。
楓夏が前へ出ました。
「零くんを傷つけないで!」
その瞬間――。
十一個の紋章が一つにつながりました。
一本の光の道が生まれます。
「これは……」
楓夏が驚きます。
零が微笑みました。
「未来への橋だ」
***
橋の向こうに、一人の少女が立っていました。
未来の娘です。
『ママ』
「うん」
『こっちに来ないで』
「どうして?」
『まだ早いから』
「でも、助けたい」
『違うよ』
少女は微笑みます。
『私を助けるんじゃない』
「……」
『未来を信じて』
楓夏は涙を拭いました。
「分かった」
『それなら、きっと会える』
少女の姿が消えます。
その瞬間。
時計の針が止まりました。
黒曜が驚きます。
「なぜだ……?」
楓夏が答えます。
「未来は、誰か一人が決めるものじゃないから」
「……」
「みんなで作るものだから」
時計に亀裂が走ります。
パリン――。
巨大な時計が砕けました。
黒曜が落下します。
しかし、その身体は黒い霧へと変わりました。
「終わったと思うな」
霧の中から声がします。
「私は未来を奪うだけではない」
黒い霧が東京中へ広がっていきます。
「お前たちの過去も奪う」
楓夏の表情が変わりました。
「過去……?」
その瞬間。
楓夏の記憶が一つ、消えました。
「……あれ?」
父を見る。
「お父さん……」
「どうした?」
「私――」
楓夏は眉を寄せます。
「お母さんの顔を、思い出せない」
父が凍りつきました。
「楓夏……」
黒曜の声が響きます。
『次は、母親との記憶だ』
そして――。
黒い霧の向こうから、幼い楓夏の声が聞こえました。
『お母さん、大好き』
その声が、遠ざかっていきます。
「待って!」
楓夏が叫びます。
「お母さんを返して!」
黒曜は笑いました。
『ならば来い』
『お前の一番古い過去へ』
――第七十八話へ続く。
後書き
『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話。
長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。
最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。
物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。
けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。
私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。
過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。
楓夏が最後にたどり着いた、
「未来は誰かに決めてもらうものではない」
という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。
そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。
大切な人との思い出。
亡くなった人から受け取った愛。
家族の絆。
言葉にできなかった想い。
それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。
もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。
楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。
そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。
物語は終わりました。
けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。
悠真がどんな人生を歩むのか。
結花がどんな大人になるのか。
凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。
それは、誰にも決められていません。
だからこそ、未来には無限の可能性があります。
この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。
もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。
立ち止まってもいい。
遠回りしてもいい。
時には、最初から選び直してもいい。
あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。
最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。
心からの感謝を込めて。
そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。
ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。
もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。
「大丈夫。
未来は、これから自分で選んでいけるよ」
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話――完結。




