第六十一話 大雪山の少女
前書き
この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。
森の声。
魂の記憶。
ご先祖様から受け継がれる想い。
そして、まだ誰にも決められていない未来。
私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。
もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。
楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。
けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。
大切な人を想う気持ち。
失った人への愛。
自分では変えられない過去。
そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。
どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。
それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。
誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。
その先に、どんな未来が待っているのか――。
楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。
あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。
そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。
第六十一話 大雪山の少女
大雪山へ向かう旅の途中、楓夏たちは何度も不思議な声を聞きました。
風が吹くたびに――。
『急いで』
川が流れるたびに――。
『まだ間に合う』
そして森の木々は、同じ言葉を繰り返していました。
『約束を忘れないで』
楓夏は、その声を胸に刻みながら歩いていました。
大雪山。
そこにある「終わりの扉」。
そして――未来の娘が生まれるための「最後の命」。
何が待っているのか、まだ誰にも分かりません。
***
大雪山の麓に近づくと、空気が急に冷たくなりました。
「寒いね」
花音が両手をこすります。
夏だというのに、山から吹いてくる風には冬のような冷たさがあります。
楓夏は山を見上げました。
「山さん」
すると――。
『来たか』
低く、力強い声が返ってきました。
「私たちを呼んだの?」
『そうだ』
「どうして?」
『最後の守り手が目覚めた』
楓夏は仲間たちを見ました。
「最後の守り手って……?」
『お前たちが忘れていた者』
雪乃が顔を強張らせました。
「また……八人目?」
『違う』
山が答えます。
『八人目ではない』
『九人目だ』
「九人目……?」
全員が驚きました。
楓夏の胸の紋章が強く光ります。
すると山の上から――。
白い光が一筋、降りてきました。
光の中に、一人の少女が立っています。
年齢は、楓夏たちと同じくらい。
長い黒髪。
白い服。
そして――。
胸には七つの紋章。
「あなた……誰?」
楓夏が尋ねました。
少女は微笑みます。
「私は、美雪」
「美雪ちゃん?」
「そう」
美雪は、楓夏を見つめました。
「ずっと待ってた」
凪が一歩前へ出ました。
「君は何者?」
美雪は答えます。
「あなたたちが守れなかった未来から来た」
空良が驚きます。
「未来?」
「うん」
美雪は山を見上げます。
「私は、この山で生まれた」
楓夏は首を傾げます。
「人が山で生まれるの?」
「普通の人じゃないから」
美雪の身体から七色の光が溢れました。
「私は、七人の守り手の力を受け継いで生まれた存在」
雪乃が息をのみます。
「そんなこと……」
「ありえない?」
美雪は笑いました。
「でも、未来では起きた」
楓夏は未来の少女の声を思い出しました。
「私が生まれるための最後の命があります」
「あなたは……未来の私の娘なの?」
美雪は首を振りました。
「違う」
「え?」
「私は、その娘が生まれるための『鍵』」
楓夏は驚きました。
「鍵……?」
美雪は頷きます。
「未来のあなたの娘が生まれるには、七人の守り手が持つ力を、もう一度一つにしなければならない」
「それをするために?」
「私はここにいる」
***
美雪が山の奥へ歩き始めました。
「ついてきて」
楓夏たちは後を追います。
雪の残る斜面を越え、岩場を進みます。
やがて――。
大きな岩壁の前に着きました。
そこには、巨大な扉がありました。
扉には七つの紋章。
そして中央には、まだ空白があります。
「これが……」
楓夏が呟きます。
「終わりの扉」
美雪が答えました。
楓夏は扉に近づきます。
しかし――。
触れることができません。
「熱い……」
扉から黒い煙が出ています。
凪が言いました。
「黒い影が、ここを守っている」
突然。
扉の前に巨大な黒い獣が現れました。
狼のような姿。
けれど、身体は影でできています。
『ここから先へは行かせない』
楓夏は怖くなりました。
でも、逃げません。
「どうして?」
『この扉の向こうには、未来がある』
「未来?」
『未来は、私が最も恐れるもの』
黒い獣が牙をむきます。
『未来がある限り、私は完全には支配できない』
楓夏は気づきました。
「だから、未来の命を消そうとしてるんだね」
『そうだ』
美雪が前に出ます。
「ならば、私が戦う」
七つの紋章が輝きます。
風。
水。
大地。
森。
命。
記憶。
そして――。
魂。
巨大な光が黒い獣を押し返します。
しかし――。
『足りない』
黒い獣が笑います。
『一人では足りない』
美雪が倒れます。
「美雪ちゃん!」
楓夏が駆け寄ります。
「大丈夫?」
「うん……」
美雪は立ち上がろうとします。
しかし足に力が入りません。
「七人の力を一つにしないと……」
楓夏は仲間を見ました。
「みんな」
蒼空が頷きます。
「うん」
空良。
「やろう」
岳。
「今度こそ」
黒羽楓。
「一緒に」
雪乃。
「約束を守ろう」
凪。
「七人で」
七人が手をつなぎます。
その瞬間――。
楓夏の白い光。
蒼空の青い光。
空良の金色の光。
岳の茶色の光。
黒羽楓の白黒の光。
雪乃の銀色の光。
凪の柔らかな白い光。
七つの光が混ざり合います。
そして美雪の七つの紋章も共鳴しました。
山全体が震えます。
ズズズズ……。
扉の中央に、新しい紋章が現れました。
八つ目の紋章。
楓夏が驚きます。
「八つ目……?」
美雪が言いました。
「それは『未来』」
楓夏は息をのみました。
八つの光が一つになった瞬間――。
終わりの扉が、ゆっくり開き始めました。
ゴゴゴゴゴ……。
しかし、その向こうから聞こえてきた声に――。
雪乃の顔が青ざめました。
「……そんな」
「どうしたの?」
雪乃は震えながら答えます。
「この声……」
扉の向こうから――。
女性の声が聞こえました。
「やっと来たのね」
楓夏は目を見開きました。
「この声……」
聞き覚えがあります。
優しくて。
懐かしくて。
何度も夢に出てきた声。
「お母さん……?」
扉の向こうに、女性の姿が現れました。
けれど――。
今度の母は、以前とは違います。
その身体の半分が白く輝き、もう半分は黒い影に覆われています。
「楓夏」
母が言いました。
「あなたに伝えなければならないことがあるの」
「何?」
母は、悲しそうに微笑みます。
「私は――」
黒い影が母の身体を包みます。
「まだ、生きている」
「え……?」
楓夏は言葉を失いました。
母は続けます。
「そして私は今――」
黒い影の奥から、巨大な赤い目が開きました。
「黒い影と一緒にいる」
楓夏たちは凍りつきました。
そして母は、最後に一言。
「お願い――私を倒して」
――第六十二話へ続く。
後書き
『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話。
長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。
最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。
物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。
けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。
私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。
過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。
楓夏が最後にたどり着いた、
「未来は誰かに決めてもらうものではない」
という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。
そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。
大切な人との思い出。
亡くなった人から受け取った愛。
家族の絆。
言葉にできなかった想い。
それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。
もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。
楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。
そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。
物語は終わりました。
けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。
悠真がどんな人生を歩むのか。
結花がどんな大人になるのか。
凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。
それは、誰にも決められていません。
だからこそ、未来には無限の可能性があります。
この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。
もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。
立ち止まってもいい。
遠回りしてもいい。
時には、最初から選び直してもいい。
あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。
最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。
心からの感謝を込めて。
そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。
ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。
もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。
「大丈夫。
未来は、これから自分で選んでいけるよ」
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話――完結。




