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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第五十二話 羅臼の森へ



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第五十二話 羅臼の森へ


 「羅臼――」


 楓夏は、白い狼が示した北の方角を見つめました。


 遠くには知床の山々。


 その向こうには、深い森と海があります。


 羅臼。


 そこに「始まりの森」がある。


 楓夏の胸にある五つ目の紋章が、ほんのりと白く光りました。


「始まりの森って、どんなところなの?」


 花音が白い狼に尋ねます。


 狼は静かに答えました。


『すべての森の声が集まる場所』


「森の声が……?」


『木々が覚えている』


『花が覚えている』


『動物たちが覚えている』


『そして――』


 狼の瞳が楓夏を見つめます。


『お前が生まれる前のことも』


 楓夏は胸に手を当てました。


「私が生まれる前……」


 その言葉を聞いた瞬間、楓夏の頭の中に、また一つの映像が浮かびました。


 真っ白な雪。


 羅臼岳。


 深い森。


 その森の中を、五人の子どもたちが歩いています。


 楓夏。


 蒼空。


 空良。


 岳。


 そして――黒羽楓。


 五人は何かを探していました。


「何を探してるの?」


 今の楓夏が尋ねると、映像の中の幼い楓夏が答えました。


「約束の木!」


「約束の木?」


「うん!」


 幼い楓夏は笑っています。


「みんなで約束したの」


「何を?」


 映像がそこで途切れました。


「……見えない」


 楓夏は首を傾げました。


 白い狼が言います。


『その続きは、羅臼で見つかる』


 ***


 数日後。


 楓夏たちは羅臼へ向かいました。


 車の窓から見える景色は、どこまでも美しいものでした。


 青い海。


 緑の森。


 遠くにそびえる山。


 そして、知床の大自然。


 楓夏は窓を少し開けました。


 潮の香りが入ってきます。


「海さん」


 楓夏が呼びかけると――。


『待っていたよ』


 波が優しく岸へ打ち寄せました。


「何か知ってる?」


『森へ行けば分かる』


 海はそう答えました。


 すると今度は、山から声が聞こえました。


『気をつけて』


「山さん?」


『森の奥には、まだ眠っているものがある』


「黒い影?」


『違う』


 山の声は低く響きました。


『黒い影よりも古い』


 楓夏は少し不安になりました。


「もっと怖いもの?」


『怖いかどうかは、お前たち次第だ』


 ***


 羅臼の町から少し離れた場所。


 一行は森の入口に立っていました。


 そこには古い木の看板があります。


 文字はほとんど消えています。


 祖父が表面の土を払うと、かすかに文字が見えました。


「……『立入禁止』」


「どうして?」


 美月が尋ねます。


 祖父は首を振りました。


「理由までは分からない」


 その瞬間。


 森の中から――。


 ドン。


 ドン。


 ドン。


 大きな音が響きました。


「何?」


 凛が驚きます。


 楓夏には分かりました。


 木が、地面を叩いているのです。


『来て』


『早く』


『約束を果たして』


 楓夏は森へ向かいます。


「行こう」


「楓夏ちゃん、待って!」


 花音たちも後を追いました。


 森の中へ入ると、空気が変わりました。


 風がありません。


 鳥の声もありません。


 ただ、木々が立っています。


 まるで――。


 何かを待っているように。


「静かすぎる……」


 空良が呟きます。


 岳が地面にしゃがみました。


「大地が震えてる」


「怖がってる?」


「ううん」


 岳は耳を地面につけます。


「喜んでる」


「どうして?」


「帰ってきたから」


 楓夏は驚きました。


「誰が?」


 岳は顔を上げます。


「僕たち」


 その瞬間。


 森の奥から、一本の木がゆっくり倒れました。


 ドォォン!


 倒れた木の向こうに、道が現れました。


「道が……」


 花音が驚きます。


 木々が左右へ動いていきます。


 まるで森が道を作っているようです。


 楓夏は一歩進みました。


「森さん、ありがとう」


 すると木々から一斉に声がしました。


『おかえり』


 楓夏の胸が熱くなります。


 ***


 森の奥。


 そこには巨大な一本の木が立っていました。


 他の木とは明らかに違います。


 幹は太く、枝は空いっぱいに広がっています。


 そして――。


 幹に五つの手形がありました。


 楓夏。


 蒼空。


 空良。


 岳。


 黒羽楓。


「これ……」


 蒼空が手を伸ばします。


「僕たちの手形だ」


 楓夏も触れました。


 その瞬間――。


 世界が白く光りました。


 五人の子どもたちが、木の前に立っています。


 幼い楓夏が言いました。


「ここを守ろう」


 蒼空が続けます。


「何があっても」


 空良。


「みんなが忘れても」


 岳。


「僕たちが覚えてる」


 そして最後に――。


 黒羽楓が言いました。


「もし、誰かが一人になったら――」


 五人が手を重ねます。


「必ず迎えに行く」


 映像が消えました。


 楓夏は涙を流していました。


「これが……約束?」


 木が答えます。


『そう』


「黒羽楓も、この約束を覚えてるの?」


『覚えている』


 楓夏は振り返りました。


「じゃあ、どうして今は一人なの?」


 木の枝がざわめきました。


『黒い影が、約束を壊した』


「黒い影が……?」


『違う』


 木は静かに答えました。


『黒羽楓自身が、約束を忘れた』


 楓夏は驚きました。


「どうして?」


『黒い力が、記憶を食べたから』


 楓夏は胸を押さえました。


「だから……」


 黒羽楓は、自分が五人の仲間だったことを忘れていた。


 自分が楓夏の妹だったことも。


 そして――。


 楓夏を守ると約束したことも。


「じゃあ、思い出させればいいんだね」


『そう』


「どうすれば?」


 木は大きく枝を揺らしました。


『五人で、もう一度約束する』


「でも、楓ちゃんはここにいないよ」


『連れてきなさい』


 楓夏は頷きました。


「分かった」


 そのとき――。


 森の奥から、女の子の声が聞こえました。


「お姉ちゃん……」


 楓夏が振り返ります。


 そこに――。


 黒羽楓が立っていました。


「楓ちゃん!」


 楓夏が駆け寄ります。


 しかし、楓の姿は少し違っていました。


 黒い亀裂が身体中に広がっています。


「楓ちゃん、大丈夫?」


「うん……」


 楓は笑いました。


「やっと、ここまで来たね」


「どうしてここに?」


「呼ばれたの」


「誰に?」


 楓は一本の大木を見上げます。


「この木に」


 その瞬間。


 森全体が震えました。


 大木の幹に、五つの手形が再び光ります。


 すると――。


 木の根元から、小さな箱が現れました。


 古い木箱です。


 楓夏が手を伸ばします。


 蓋を開けると――。


 一枚の紙が入っていました。


 そこには、幼い五人の字でこう書かれています。


『五人のうち一人が闇に飲まれたら、残りの四人が迎えに行く。

どんなに遠く離れても。

どんなに忘れても。

どんな姿になっても。

絶対に一人にしない。』


 楓夏は紙を胸に抱きしめました。


「楓ちゃん」


「うん」


「帰ろう」


「……私、帰っていいの?」


「もちろん」


 楓夏は手を差し出しました。


「約束したもん」


 楓が涙を浮かべます。


「……お姉ちゃん」


 その手を取ろうとした瞬間――。


 空が突然、真っ黒になりました。


 森の木々が一斉に揺れます。


 巨大な声が響きました。


『その約束は、もう終わった』


 黒い影が空を覆います。


『五人の守り手よ』


『最後の扉を開けろ』


 楓夏は空を見上げました。


「最後の扉?」


『そう』


『その扉の向こうに――』


 黒い目が開きます。


『お前たちが忘れている、六人目の守り手がいる』


「六人目……?」


 五人全員が顔を見合わせます。


 すると大木の幹に――。


 今までなかった、六つ目の手形が浮かび上がりました。


 楓夏は息をのみました。


「……誰?」


 木々が一斉にざわめきます。


 そして森の奥から――。


 小さな子どもの笑い声が聞こえました。


「ふふっ……」


 楓夏が振り返ります。


 木々の間に、小さな影が立っています。


 その子どもは――。


 楓夏と同じ顔をしていました。


 そして、にっこり笑って言いました。


「やっと、迎えに来てくれたね」


 ――第五十三話へ続く。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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