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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第五十一話 最初の五人



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第五十一話 最初の五人


 白い光の扉をくぐった瞬間――。


 楓夏は、冷たい風を感じました。


 けれど、そこは今の北海道ではありません。


 見渡す限りの大地。


 まだ人の暮らしもなく、道路も建物もありません。


 遠くには大きな山々。


 青い海。


 深い森。


 そして、どこまでも続く草原。


「ここ……北海道?」


 楓夏が尋ねると、隣にいた岳が頷きました。


「たぶん」


 空良が空を見上げます。


「僕たちが知っている北海道より、ずっと昔だ」


 蒼空は黙っていました。


 その顔には、不思議な表情が浮かんでいます。


「どうしたの?」


 楓夏が聞きました。


「……懐かしい」


「蒼空くんも?」


「ああ」


 そのとき――。


 森の奥から、子どもたちの笑い声が聞こえてきました。


「誰かいる!」


 花音が指差します。


 草原を走ってくる五人の子ども。


 年齢は、みんな五歳くらい。


 その中の一人を見て、楓夏は立ち止まりました。


「……私?」


 そこにいたのは――。


 昔の楓夏でした。


 そして、その隣には蒼空。


 空良。


 岳。


 もう一人は――。


「黒羽楓……」


 楓夏が呟きました。


 五人の子どもたちは、楽しそうに笑っています。


 森の中を走り、川で遊び、動物たちと話しています。


 まるで普通の子どもたちでした。


 けれど――。


 突然、森の動物たちが一斉に逃げ始めました。


 鳥が空へ飛び立ちます。


 鹿が森の奥へ走ります。


 キタキツネが草むらへ隠れます。


「何か来る」


 楓夏が言いました。


 地面が震えます。


 ゴゴゴゴゴ……。


 五人の子どもたちも立ち止まりました。


 森の母が現れます。


『来てはいけないものが来る』


 幼い楓夏が尋ねます。


「なに?」


『悲しみのない世界を作ろうとするもの』


 黒羽楓が首を傾げました。


「悲しみがないのは、いいことじゃないの?」


『悲しみは、命の一部』


『悲しみがあるから、誰かを大切に思える』


 幼い楓夏が考えます。


「じゃあ、悲しみをなくしちゃだめなの?」


『なくしてはいけない』


 そのとき――。


 空が真っ黒になりました。


 巨大な黒い影が山の向こうから現れます。


 楓夏は息をのみました。


「これが……」


 五十話で見た存在。


 すべての悲しみを生み出したもの。


 その姿は、巨大な獣のようにも、雲のようにも見えます。


 顔はありません。


 ただ、二つの赤い目だけが浮かんでいました。


『悲しみなど必要ない』


 声が大地を揺らします。


『苦しみも、別れも、死も』


『すべて消してしまえばいい』


 幼い蒼空が叫びました。


「そんなの、嫌だ!」


『なぜ?』


「だって……」


 蒼空は幼い楓夏を見ました。


「大切な人がいなくなったら、悲しいから」


『ならば、その人を永遠に生かせばいい』


「……」


『死をなくせば、悲しみもなくなる』


 黒い影が手を伸ばします。


 その瞬間。


 幼い黒羽楓が前に出ました。


「私は、みんなを守る!」


 黒い影が笑いました。


『小さな魂よ』


『お前なら、私の力を受け止められる』


「え?」


『私の中に入れば、すべての悲しみを感じなくて済む』


 黒羽楓は迷いました。


 すると幼い楓夏が手を握ります。


「行っちゃだめ!」


「でも……」


「私たち、五人で守るって約束したじゃない!」


 黒羽楓の目に涙が浮かびます。


「うん……」


 五人は手をつなぎました。


「森!」


「海!」


「空!」


「大地!」


 最後に楓夏が言います。


「そして――命!」


 五つの光が生まれました。


 緑。


 青。


 金。


 茶。


 白。


 白い光が、四つの光を包みます。


 巨大な力が黒い影を押し返していきます。


 しかし――。


 黒い影は消えませんでした。


『覚えておけ』


『私は消えない』


『命がある限り、悲しみも生まれる』


『そして――』


 黒い影の赤い目が、黒羽楓を見つめます。


『いつか、お前自身が私を必要とする』


 その瞬間。


 黒羽楓の胸に、黒い光が入りました。


「楓!」


 幼い楓夏が叫びます。


「楓ちゃん!」


 蒼空たちも駆け寄ります。


 黒羽楓は苦しそうに胸を押さえました。


「大丈夫……」


 けれど、その瞳の片方だけが――。


 赤く光っていました。


 楓夏は目を見開きました。


「これが……」


 今までのすべての始まり。


 黒羽楓が黒い石とつながった瞬間。


 そして――。


 楓夏たちは、もう一つの真実を見ました。


 幼い楓夏が、黒羽楓の手を握っています。


「ずっと一緒だからね」


「うん」


「私がお姉ちゃんだから、守るよ」


「……ありがとう」


 そこで映像が途切れました。


 現在の楓夏の頬を、涙が伝いました。


「私……忘れてた」


 空良が静かに言います。


「僕たちも」


 岳も頷きました。


「僕も、全部思い出した」


 蒼空が胸を押さえます。


「僕も……」


 そして――。


 四人の記憶が、一斉に戻ってきました。


 何千年も前。


 五人は確かに友達だった。


 そして、黒い影を封じるために――。


 黒羽楓が黒い力を引き受けた。


「じゃあ……」


 楓夏は震える声で言いました。


「黒羽楓は、最初から悪い子じゃなかった」


「うん」


 空良が答えます。


「僕たちを守るために、黒い力を受け入れた」


「でも、どうして今は……」


 蒼空が言いました。


「長い間、黒い力を抱えていたからだと思う」


 岳が続けます。


「悲しみを一人で抱えたら、心は少しずつ黒くなる」


 楓夏は拳を握りました。


「じゃあ、助けよう」


 三人が楓夏を見る。


「黒羽楓を?」


「うん」


 楓夏は頷きました。


「私の妹だから」


 その言葉に――。


 遠くから声が聞こえました。


『……お姉ちゃん』


 楓夏が振り返ります。


 白い光の向こうに、黒羽楓が立っていました。


 けれど、その身体には黒い亀裂が走っています。


「楓ちゃん!」


 楓夏が駆け寄ります。


 黒羽楓は苦しそうに微笑みました。


「逃げて……」


「どうして?」


「もうすぐ、私の中のものが目覚める」


 その瞬間。


 黒羽楓の背後から、巨大な黒い影が立ち上がりました。


『ついに見つけた』


 黒い存在が笑います。


『五つ目の力――』


 赤い目が楓夏を見つめます。


『命をつなぐ力』


 楓夏の胸の白い光が強く輝きます。


『それを奪えば、私は完全になる』


「絶対に渡さない!」


 楓夏が叫びました。


 すると黒羽楓が、楓夏の前に立ちます。


「お姉ちゃんは、私が守る」


「楓ちゃん……」


「今度は、私がお姉ちゃんを守る番」


 黒い影が二人を包もうとした、その瞬間――。


 五つの紋章が空へ浮かび上がりました。


 森。


 海。


 空。


 大地。


 そして――命。


 五つの力が一つになったとき。


 北海道の大地そのものが、大きく震えました。


 そして遠くの山々から――。


 巨大な白い狼が、一頭だけ姿を現しました。


 狼は楓夏を見つめ、静かに言いました。


『五人目の守り手よ』


『まだ、お前には知らない力がある』


 楓夏は驚きました。


「私に……?」


『そう』


 狼の瞳が青く光ります。


『命をつなぐ力の本当の意味を知れば――』


 黒い影が叫び声を上げました。


『やめろ!』


 白い狼は静かに答えました。


『すべての答えが、始まりの森にある』


 楓夏は狼を見つめました。


「始まりの森って……どこ?」


 白い狼は、遠く北の方角を見ました。


『羅臼』


 その名が響いた瞬間――。


 海から巨大な波が立ち上がりました。


 次の冒険の舞台は、知床半島。


 そして楓夏たちはまだ知らない。


 羅臼の森には、五人の守り手が最後に交わした約束が眠っていることを。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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