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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第四十七話 楓夏が生まれた夜



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第四十七話 楓夏が生まれた夜


 白い国の地下へ続く階段。


 楓夏たちは、ゆっくりと降りていきました。


 コツ……。


 コツ……。


 足音だけが、暗闇に響きます。


 誰も口を開きません。


 やがて階段の壁に、また映像が浮かびました。


 小さな赤ちゃん。


 生まれたばかりの楓夏です。


 その赤ちゃんを抱いているのは――黒羽。


「……」


 楓夏は足を止めました。


「やっぱり……」


 祖父も映像を見つめています。


「私が生まれたとき、おじさんはここにいたの?」


 祖父はしばらく黙っていました。


 そして静かに答えます。


「ああ」


「どうして?」


「お前が生まれた夜――」


 祖父は目を伏せました。


「道東中の動物たちが、一斉に騒ぎ始めた」


 楓夏は耳を澄まします。


 遠い記憶から、たくさんの声が聞こえました。


 狼。


 キツネ。


 鹿。


 鳥。


 そして森。


『生まれた』


『新しい守り手が生まれた』


「私が?」


「ああ」


 祖父はうなずきました。


「その知らせを聞いて、兄さんはお前を見に来た」


 映像の中で、黒羽が赤ちゃんの楓夏を見ています。


 その顔は、今とは違っていました。


 優しい顔。


 涙を浮かべている。


「かわいいな……」


 黒羽が呟きます。


「この子だけは、絶対に守る」


 楓夏は胸が苦しくなりました。


「おじさん……」


 すると映像の黒羽の後ろに、森の母が現れました。


『この子には、三つの力が宿る』


「三つ?」


『森』


『海』


『空』


 黒羽は驚きました。


「それなら、この子は……」


『三つの世界をつなぐ者』


 森の母は赤ちゃんの楓夏を見つめます。


『けれど、それには代償がある』


「代償?」


『三つの力を一つにすれば、眠っているものも目覚める』


 黒羽の顔が険しくなりました。


「眠っているもの……?」


 森の母は答えません。


 その代わり、地面の奥から――。


 ドクン。


 巨大な鼓動が響きました。


 黒羽が赤ちゃんの楓夏を強く抱きしめます。


「この子を危険にさらすつもりか?」


『運命は変えられない』


「なら、俺が変える」


 黒羽の目に強い決意が宿ります。


「この子を守るためなら、何でもする」


 映像が途切れました。


 楓夏は呆然としていました。


「……私を守るためだったの?」


 祖父が答えます。


「ああ」


「じゃあ、どうして……」


 楓夏は黒羽を思い出します。


 黒い霧。


 赤い目。


 黒い石。


「どうして悪いことをしたの?」


 そのとき。


 階段の下から声が響きました。


『悪いこと?』


 低い声。


『私は、ただ約束を守ろうとしただけだ』


 黒羽が暗闇から現れました。


 先ほどまでとは違います。


 身体から黒い霧があふれています。


「兄さん!」


 祖父が叫びます。


「もうやめろ!」


『やめられない』


 黒羽は楓夏を見ました。


『この子を守るために、私はすべてを捨てた』


「私のために……?」


 楓夏が尋ねます。


『そうだ』


 黒羽はうなずきました。


『だが、途中で気づいた』


「何に?」


『この世界には、失ったものが多すぎる』


 黒羽の背後に、たくさんの人影が浮かびます。


 亡くなった人。


 失われた動物。


 枯れてしまった森。


 消えた村。


 すべてが黒い霧の中に浮かんでいます。


『私は最初、楓夏だけを守ろうとした』


『だが、いつしか……』


 黒羽の声が震えます。


『すべてを取り戻したくなった』


「だから、黒い石を……」


『そうだ』


 楓夏は静かに聞きました。


「でも、おじさん」


『何だ』


「取り戻すことと、救うことは同じじゃないよ」


 黒羽の瞳が揺れました。


「生き返らせても、その人が本当に幸せになるとは限らない」


『……』


「それに」


 楓夏は一歩前へ進みます。


「おじさんが本当に守りたかったのは、私じゃない」


「……何?」


「私が生きていく未来だよ」


 黒羽が固まりました。


 楓夏は続けます。


「だったら、私の未来を壊さないで」


 黒羽の身体から、黒い霧が一気に噴き出します。


『黙れ!』


 地面が揺れました。


 蒼空が楓夏の前に立ちます。


「楓夏!」


「大丈夫」


 楓夏は蒼空の肩に手を置きます。


「私は怖くない」


 すると――。


 黒い石の本体が、地下深くから姿を現しました。


 巨大な黒い結晶。


 高さは十メートル以上。


 その中心には、真っ赤な光。


 まるで巨大な心臓のように脈打っています。


 ドクン。


 ドクン。


 ドクン。


『私はすべての悲しみを集めた』


 黒い石が喋りました。


『人間が捨てた悲しみ』


『動物が失った悲しみ』


『森が枯れた悲しみ』


『海で消えた命の悲しみ』


『すべてを、私が覚えている』


 楓夏は黒い石を見つめます。


「だから、こんなに苦しいんだね」


『……』


「いっぱい抱えてるから」


『私は苦しくない』


「ううん」


 楓夏は首を振ります。


「苦しいから、誰かを苦しませてる」


 黒い石が激しく光ります。


『違う!』


 地下が崩れ始めました。


「みんな、逃げて!」


 花音が叫びます。


 天井から巨大な岩が落ちてきます。


 楓夏たちは走りました。


 しかし――。


 蒼空が動きません。


「蒼空くん!」


 彼の胸の黒い点から、黒い光が伸びています。


 黒い石とつながっている。


「僕……」


 蒼空が苦しそうに言います。


「ここから離れられない……」


 楓夏が駆け寄ります。


「蒼空くん!」


『海の器』


 黒い石が囁きます。


『お前は私の一部だ』


「違う!」


 蒼空が叫びます。


『お前の中に、私の悲しみがある』


「違う!」


 蒼空の身体が震えます。


 楓夏は蒼空の手を握りました。


「蒼空くんは蒼空くんだよ」


「楓夏……」


「黒い石の悲しみは、蒼空くんのものじゃない」


 すると――。


 楓夏の手から緑の光が流れます。


 海の少女から青い光。


 空良から金色の光。


 三つの光が蒼空を包みました。


 黒い石とのつながりが少しずつ薄くなります。


「あと少し!」


 空良が叫びます。


 しかし、その瞬間――。


 黒い石の奥に、一人の少女が現れました。


 楓夏と同じ顔。


 五歳くらいの姿。


「……誰?」


 楓夏が近づきます。


 少女は微笑みました。


「私は、あなた」


「私……?」


「ううん」


 少女は首を振ります。


「あなたになるはずだった、もう一人の私」


 楓夏は息をのみました。


「どういうこと?」


 少女は黒い石の中へ手を伸ばしました。


「楓夏が生まれた夜――」


 黒い石が大きく脈打ちます。


「本当は、二人の魂が生まれたの」


 楓夏の瞳が大きく開きました。


「二人……?」


「一人は森を守るため」


「そして、もう一人は――」


 少女の瞳が赤く輝きます。


「黒い石を守るため」


 楓夏は凍りつきました。


 その少女は、静かに笑います。


「私の名前は――」


 地下全体に声が響きました。


「黒羽楓」


 楓夏は言葉を失いました。


 そして黒羽が、震える声で呟きました。


「……そうだった」


「おじさん……?」


「私は……」


 黒羽は顔を覆います。


「この子を、ずっと探していたんだ」


 楓夏の背後で、黒い石が巨大な光を放ちました。


 そして――。


 黒羽楓の姿が、黒い結晶の中からゆっくり歩き出します。


「お姉ちゃん」


 少女が楓夏を見ました。


「やっと会えたね」


 その瞬間。


 楓夏の胸に、今まで一度も聞いたことのない声が響きました。


『あなたと私は――』


『同じ魂から生まれた』


 白い国が、大きく揺れました。


 そして第四十八話へ――。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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