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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第四十四話 流氷の向こう側



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第四十四話 流氷の向こう側


 海岸に、冷たい風が吹いていました。


 夏だというのに、楓夏は背中がぞくりとするのを感じました。


 海は静かです。


 けれど、その静けさの奥には――何かがいる。


「北へ……」


 楓夏が呟きました。


 森の木々も、海も、遠くの山々も、同じ方向を指しているようでした。


「流氷の海……」


 花音が不安そうに言います。


「今は夏なのに?」


 相馬が地図を広げました。


「普通なら流氷はない」


「じゃあ、どうして?」


 楓夏は海を見つめました。


「普通じゃないからだと思う」


 その瞬間。


 沖の海面に、白いものが浮かびました。


「氷?」


 美月が目を凝らします。


 一つ。


 二つ。


 やがて、無数の白い氷が海面を埋め尽くしていきます。


 夏の海なのに――。


 まるで冬の海のようです。


「ありえない……」


 相馬が呟きました。


 蒼空の胸にある黒い点が、再び光ります。


「うっ……!」


 蒼空が胸を押さえました。


「蒼空くん!」


 楓夏が駆け寄ります。


「大丈夫……」


 けれど蒼空の顔は青ざめています。


「北から、声がする」


「何て?」


「『返して』って」


「何を?」


 蒼空はしばらく黙っていました。


「……記憶を」


 海の少女が険しい表情になります。


「やっぱり……」


 楓夏が振り返ります。


「何か知ってるの?」


「うん」


 少女は答えました。


「流氷の下には、昔から『白い国』があると言われている」


「白い国?」


「そこには、失われた記憶が集まっている」


 楓夏は眉を寄せます。


「誰の記憶?」


「この土地だけじゃない」


 少女は遠い北を見ました。


「海を渡ってきた、たくさんの命の記憶」


 そのとき――。


 空から、一羽のオジロワシが降りてきました。


 楓夏の目の前に止まります。


『楓夏』


「どうしたの?」


『北の空が泣いている』


「泣いている?」


『白い鳥たちが、帰る場所をなくしている』


 楓夏は空を見上げました。


 何十羽もの鳥が飛んでいます。


 しかし、鳥たちは同じ場所を何度も旋回しています。


「迷ってるの?」


『違う』


 オジロワシは答えました。


『帰る場所そのものが、なくなった』


 楓夏は胸が苦しくなりました。


「誰かが奪ったの?」


『黒いものが、食べている』


「黒いもの……」


 楓夏は蒼空を見ました。


 蒼空の胸の黒い点が、また大きくなっています。


「もしかして……」


 海の少女が首を振ります。


「蒼空の中に残った黒い記憶とは別のもの」


「じゃあ、何?」


「もっと大きなもの」


 少女は震える声で言いました。


「黒い龍を生み出したもの」


 ***


 一行は北へ向かうことになりました。


 海岸沿いを進むと、見たことのない景色が広がります。


 夏のはずなのに、地面には薄い霜。


 草木は白く凍っています。


 楓夏が一本の木に触れました。


「木さん……大丈夫?」


『寒い』


「どうして?」


『北から、冷たい記憶が流れてくる』


「冷たい記憶?」


『忘れられた悲しみ』


 楓夏は手を離しました。


 指先が冷たくなっています。


 そのとき、雪の中からキタキツネが現れました。


『楓夏、行っちゃだめ』


「どうして?」


『あの海には、戻ってこられない場所がある』


「どんな場所?」


『自分が一番会いたい人に、会える場所』


 楓夏は目を見開きました。


「会いたい人に?」


『うん』


 キタキツネは悲しそうに言います。


『でも、そこにいる人は本物じゃない』


「……幻?」


『記憶』


 楓夏は理解しました。


 それは、記憶が作り出した世界。


 亡くなった人。


 失った人。


 もう会えない人。


 その人たちに会える場所。


 もし、本当にそんな場所があるのなら――。


「……おじいちゃん」


 楓夏は振り返りました。


 祖父は何も言いません。


 楓夏には分かりました。


 祖父にも、会いたい人がいる。


 亡くなった妻。


 そして――。


 父にも。


 母にも。


 みんなにも。


 誰かに会いたいという気持ちはある。


「行こう」


 楓夏が言いました。


「でも、絶対に戻ってくる」


 花音がうなずきます。


「約束する」


 ***


 夕方。


 一行は小さな岬へ到着しました。


 目の前には、白い海。


 流氷が広がっています。


 その中央に――。


 一隻の古い木造船が浮かんでいました。


「船?」


 悠真が驚きます。


 船には誰も乗っていません。


 なのに――。


 ゆっくりと岸へ近づいてきます。


 ギィ……。


 船が止まりました。


 船体には文字が刻まれています。


 「記憶を持つ者よ、乗りなさい」


 楓夏は船を見つめました。


「これに乗れば、北へ行ける」


 祖父が言います。


「だが、戻れなくなる可能性もある」


 楓夏は仲間を見ました。


「みんな、怖い?」


 花音が笑いました。


「怖いよ」


「私も」


 美月が言います。


「でも、楓夏だけ行かせるほうがもっと怖い」


 凛も続きます。


「一緒に行く」


 悠真とひかりも頷きました。


 蒼夜が蒼空の肩を叩きます。


「俺も行く」


 蒼空は笑いました。


「ありがとう」


 楓夏は船に乗り込みました。


 最後に祖父が乗ります。


 船がゆっくり動き始めました。


 岸が遠ざかっていきます。


 流氷の間を進んでいくと――。


 突然、海の底から声が聞こえました。


『楓夏』


「……誰?」


『あなたがまだ知らない、あなたの記憶』


「私の?」


『そう』


 船の前に、巨大な氷の門が現れました。


 その門には――。


 楓夏の顔と同じ少女が描かれています。


 そして、その隣には――。


 蒼空。


 さらにもう一人。


「……誰?」


 その三人の間には、大きな青い光が描かれていました。


 澪が小さく呟きます。


「三人の守り手……」


「三人?」


 楓夏が振り返ります。


 澪は答えました。


「森の守り手」


「海の守り手」


「そして――」


 澪の声が止まります。


 氷の門の奥から、低い声が響きました。


『空の守り手』


 その瞬間。


 空が真っ黒になりました。


 雲の隙間から、巨大な翼が現れます。


 鳥ではありません。


 龍でもありません。


 空そのものが、生き物のように動いています。


 そして――。


 船の上に、一人の少年が降り立ちました。


 黒い髪。


 白い服。


 金色の瞳。


 少年は楓夏を見て言いました。


「やっと会えた」


 楓夏は警戒します。


「あなたは誰?」


 少年は笑いました。


「僕は――」


 胸元に、金色の紋章が浮かびます。


「空の守り手」


 そして少年は、蒼空を見ました。


「そして君は――」


 蒼空の胸の黒い点を指差しました。


「僕の兄さんだ」


「……え?」


 蒼空が凍りつきました。


 楓夏も言葉を失います。


 少年は静かに続けました。


「僕たちは昔、三人で一つの力を守っていた」


「三人……?」


 楓夏が尋ねます。


 少年はうなずきました。


「森」


「海」


「空」


 そして――。


 その瞳が赤く光りました。


「でも、一人が裏切った」


 楓夏の胸がざわめきます。


「誰が?」


 少年は答えません。


 ただ、北の空を見上げました。


「その答えは――」


 氷の門がゆっくり開きます。


 その奥には、巨大な白い街が広がっていました。


「白い国で分かるよ」


 船が門をくぐります。


 そして楓夏たちは――。


 ついに、誰も知らない「白い国」へ足を踏み入れました。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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