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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第四十三話 黒い龍と海の記憶



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第四十三話 黒い龍と海の記憶


 海が、唸っていました。


 ザアアアア――ッ!


 沖から押し寄せる波は、まるで巨大な壁。


 その向こうから、黒い龍が姿を現します。


 二本の角。


 赤く光る目。


 海面から突き出した身体は、山のように大きい。


「大きい……」


 美月が震えます。


 楓夏は龍を見つめました。


 怖い。


 けれど――。


 その奥から、別の声が聞こえていました。


『苦しい』


「……」


『暗い』


『寒い』


『帰りたい』


 楓夏は目を見開きました。


「この龍……泣いてる」


 海の少女が驚きます。


「分かるの?」


「うん」


 楓夏は龍に向かって叫びました。


「あなた、どうして怒ってるの?」


 龍が咆哮します。


「グオオオオオ!」


 巨大な波が押し寄せます。


「楓夏!」


 花音が楓夏を抱きしめました。


 しかし――。


 楓夏の前に青い光の壁が現れ、波を止めました。


 蒼空です。


「大丈夫!」


 蒼空の胸の紋章が輝いています。


「海が僕を守ってくれてる!」


 海の少女が叫びました。


「違う!」


「え?」


「海が守っているんじゃない!」


 少女は楓夏たちを見ました。


「あなたたちが海を守ろうとしているから、海も応えているの!」


 楓夏はうなずきました。


「じゃあ、私も!」


 楓夏が両手を広げます。


 森の声が聞こえました。


『木々の根は、大地とつながっている』


 花の声。


『花粉は風とつながっている』


 鳥の声。


『空と海はつながっている』


 そして――。


 海の声。


『森と海も、ひとつ』


 楓夏の身体から緑と青の光が広がります。


 森から伸びた光の根が海へ入り、海の中へ消えていきました。


 黒い龍が苦しそうに身をよじります。


「まだ苦しいんだ!」


 楓夏は叫びます。


「どうすればいいの?」


 海の少女が答えました。


「龍の中にある記憶を見て!」


「どうやって?」


「あなたならできる!」


 楓夏は龍へ向かって手を伸ばしました。


「お願い……見せて!」


 その瞬間――。


 世界が真っ暗になりました。


 ***


 楓夏が目を開けると、そこは海の底でした。


 周囲には魚が泳いでいます。


 光が届かない深い場所。


 そして目の前に――。


 一人の少年がいました。


「蒼空くん?」


 しかし、今の蒼空よりずっと幼い。


 少年は楓夏に気づきません。


 誰かを探しています。


「莉子!」


 楓夏は驚きました。


「相馬先生……?」


 少年は相馬でした。


 その隣には、小さな女の子。


 莉子。


 二人は笑っています。


 どうやら昔、海で遊んでいたようです。


 ところが突然――。


 海が荒れ始めました。


 巨大な波。


 流される莉子。


「お父さん!」


 相馬が手を伸ばします。


「莉子!」


 しかし、届かない。


 そこへ黒い影が現れます。


 影は幼い蒼空の姿をしています。


「蒼空くん……?」


 幼い蒼空が海の中へ飛び込みます。


 莉子を助けます。


 けれど――。


 自分は深い海へ沈んでいく。


 そして、その身体を黒い影が包みました。


 楓夏は理解しました。


「これが……蒼空くんの記憶」


 さらに場面が変わります。


 黒い影が蒼空を包み込み、龍の姿へ変わっていきます。


 海の少女が泣きながら叫んでいます。


「蒼空!」


 少女は自分の力を蒼空へ分け与えました。


 そして――。


 幼い蒼空は生き返りました。


 けれど、代わりに少女の記憶が失われた。


「だから……」


 楓夏は気づきました。


「海の少女は、蒼空くんを助けるために自分の記憶を失ったんだ」


 しかし、それだけではありませんでした。


 黒い影が、蒼空の身体から離れます。


 それが巨大な龍になっていきます。


 そして龍の中には――。


 幼い莉子の記憶。


 相馬の悲しみ。


 海で失われた多くの命。


 そして、蒼空自身の恐怖。


 すべてが混ざっていました。


「黒い龍は……みんなの悲しみを背負っていたんだ」


 楓夏の目から涙が落ちました。


 そのとき、龍の声が聞こえました。


『僕は、忘れたくなかった』


「何を?」


『失った人を』


『死んだ人を』


『助けられなかった人を』


『全部、覚えていたかった』


 楓夏は龍の前へ歩きました。


「覚えていることは、悪いことじゃないよ」


『……』


「でも、ずっと苦しみ続けなくてもいいんだよ」


『そんなこと……できるの?』


「できる」


 楓夏は手を差し出しました。


「私も、忘れない」


『……楓夏』


「だから、あなたも一人で全部抱えなくていい」


 龍の身体から、黒い光が一つ、また一つと離れていきます。


 黒い光は――。


 小さな星になりました。


 海の底に無数の星が生まれます。


 そして、その中に莉子の姿がありました。


「お父さんに伝えて」


 楓夏はうなずきます。


「何を?」


「ありがとうって」


 莉子は笑いました。


「それだけでいい」


 光が消えました。


 ***


 現実の海岸。


 相馬は突然、涙を流していました。


「莉子……」


 楓夏が振り返ります。


「先生」


「今……聞こえた」


「何が?」


「娘の声が」


 相馬は空を見上げました。


「ありがとうって……」


 海の少女が微笑みます。


「記憶は消えない」


 黒い龍の身体から、最後の黒い影が抜けていきました。


 巨大だった龍は、少しずつ小さくなります。


 やがて――。


 一頭の黒いイルカの姿になりました。


「イルカ……?」


 楓夏が驚きます。


 イルカは海面を跳ねました。


 そして楓夏に向かって鳴きます。


『ありがとう』


 楓夏は笑いました。


「こちらこそ」


 海が静かになりました。


 ところが――。


 蒼空の胸の青い紋章が、突然赤く変わります。


「え……?」


 蒼空が胸を押さえました。


 楓夏が駆け寄ります。


「蒼空くん!」


 青い紋章の中央に――。


 小さな黒い点が現れていました。


 海の少女が顔色を変えます。


「そんな……」


「どうしたの?」


 少女は震える声で言いました。


「黒い龍は消えたんじゃない」


「え?」


「龍の中にあった黒い記憶の一部が――」


 少女は蒼空を見ます。


「蒼空の中に残っている」


 蒼空が顔を上げました。


「僕の中に……?」


 その瞬間。


 蒼空の瞳が、一瞬だけ赤く光りました。


「蒼空くん……?」


 蒼空は何も答えません。


 ただ、海の向こうを見つめています。


 そして――。


 低い声で呟きました。


「……呼んでる」


「誰が?」


 蒼空が答えます。


「海の向こうにいる……」


 楓夏のペンダントがない胸元が、淡く光りました。


 すると森からも、遠い山からも声が響きます。


『西へ』


『北へ』


『もっと遠くへ』


 楓夏は息をのみました。


 道東の事件は、まだ終わっていません。


 黒い龍のさらに奥に――。


 **すべての異変を起こしている「何か」**が存在している。


 そして、その場所は――。


 北海道の東の果てから、さらに北。


 流氷の海でした。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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