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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第三十三話 黒い森の入り口



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第三十三話 黒い森の入り口


 駅に静けさが戻った。


 さっきまで漂っていた黒い霧も消え、夜空には星が戻っている。


 けれど、楓夏は安心できなかった。


 線路の向こうに浮かんだ、無数の黒い光。


 あれが何なのか――。


 まだ誰にも分からない。


「お母さん……」


 楓夏が振り返ると、美咲は父の隣に立っていた。


 二人とも、何かを言いたそうにしています。


「大丈夫?」


「ええ」


 美咲は楓夏を抱きしめました。


「もう、あなたに隠し事はしない」


 父も楓夏の頭を優しく撫でました。


「俺もだ」


 楓夏は小さく笑います。


「じゃあ、聞きたいことがある」


「何?」


「黒い石を持ってる人たちって、何人いるの?」


 父と母は顔を見合わせました。


 そして父が答えます。


「正確な数は分からない」


「でも……」


「少なくとも、この道東に何人かいる」


 楓夏の表情が変わりました。


「道東に?」


「ああ」


 父は線路の先を見ました。


「黒い石を持つ者たちは、森だけじゃなく、海や湖、湿原にも入り込んでいる」


 悠真が尋ねます。


「どうして?」


「五つの力を探しているからだ」


 楓夏は五人の仲間を見ました。


 森。


 海。


 雪。


 風。


 心。


「私たちの力?」


「そう」


 父がうなずきます。


「ただし、もう一つ探しているものがある」


「何?」


「黒い石の本体だ」


 花音が顔を上げました。


「本体?」


「今まで見つかっていた黒い石は、全部、小さな欠片だったんだ」


 楓夏は驚きました。


「じゃあ、本当の黒い石は……」


「どこにあるか分からない」


 父が答えます。


 そのとき――。


 楓夏の足元に、一匹のキタキツネが近づいてきました。


「キツネさん?」


 キタキツネは楓夏の目を見つめます。


『黒い森』


「黒い森?」


『山の向こう』


『木がみんな黒くなっている』


 楓夏は立ち上がりました。


「みんな、聞いて」


 キタキツネの話を伝えると、蒼空が険しい顔をしました。


「黒い森……」


「知ってるの?」


「ああ」


 蒼空は答えます。


「昔から、この辺りには入ってはいけない場所がある」


「どこ?」


「人間は『枯れ谷』と呼んでる」


 美月が聞きます。


「何があるの?」


「昔、森の木が全部枯れた場所」


 楓夏はキタキツネを見ます。


『黒い森の真ん中に、大きな穴がある』


『穴の底から、ずっと声がする』


「どんな声?」


『帰ってこい』


 楓夏の背筋が冷たくなりました。


「誰が言ってるの?」


『分からない』


『でも、あの声を聞いた動物は、森から戻ってこない』


 その言葉に、ひかりが反応しました。


「待って」


「どうしたの?」


「私にも聞こえる」


 ひかりは目を閉じます。


「ずっと……誰かが泣いてる」


「どこから?」


「北」


 ひかりが指差しました。


「枯れ谷の方」


 楓夏は決めました。


「行こう」


 美咲が驚きます。


「楓夏!」


「黒い石を探してる人たちがいるなら、先に見つけたい」


「危険よ」


「分かってる」


 楓夏は仲間たちを見ました。


「でも、もう逃げたくない」


 花音がうなずきます。


「私も行く」


 美月も。


「私も」


 凛、悠真、ひかりも続きます。


「私たちも」


 蒼空は少し笑いました。


「やっぱり、そう言うと思った」


 父がため息をつきました。


「分かった。ただし、俺も行く」


「お母さんも」


 美咲が続けます。


「もちろん」


 こうして一行は、翌朝、枯れ谷へ向かうことになりました。


 ***


 翌朝。


 道東の空は薄い灰色でした。


 車で山道を進みます。


 窓の外には、広大な牧草地。


 遠くには雪をかぶった山々。


 そして、森。


 楓夏は窓に手を当てました。


「森さん」


 木々が静かに揺れます。


『気をつけて』


『あそこには、昔の悲しみが残っている』


「昔の悲しみ?」


『たくさんの人が、帰れなかった』


 楓夏は胸が痛くなりました。


 やがて車が止まりました。


「ここから先は歩く」


 父が言います。


 五人と花音、蒼空、そして両親が森へ入ります。


 最初は普通の森でした。


 エゾマツ。


 トドマツ。


 白樺。


 鳥の声。


 しかし――。


 数十分歩くと、景色が変わりました。


 木々の葉がなくなっていきます。


 地面も灰色。


 鳥の声も聞こえません。


「ここ……」


 美月がつぶやきました。


「怖い」


 楓夏にも分かります。


 森が、何も話してくれない。


「どうしたの?」


 花音が尋ねます。


「森さんの声が聞こえない」


 楓夏は不安になりました。


 すると――。


 蒼空が地面を指しました。


「これを見て」


 そこには、黒い手形のような跡がありました。


「人の手?」


 凛がしゃがみ込みます。


「違う」


 蒼空が答えます。


「これは……木の根だ」


 地面の下から黒い根が伸びています。


 それが森の奥へ続いていました。


 楓夏が触れようとした瞬間――。


「触らないで!」


 花音が叫びました。


 しかし、楓夏の指はすでに根に触れていました。


 ――ドクン。


 心臓のような鼓動。


 そして。


『楓夏』


「……誰?」


『やっと来た』


「あなたは誰?」


『私は――』


 声が途切れました。


 代わりに、頭の中へ一つの光景が流れ込みます。


 暗い森。


 地面に倒れている一人の少女。


 少女の手には――。


 白い石。


 そして、その背後には黒い木。


 少女がゆっくり顔を上げます。


 楓夏と同じ目。


「……私?」


 楓夏が息をのみます。


 少女が口を開きました。


「助けて……」


 映像が消えます。


「楓夏!」


 美月が肩を揺らします。


「大丈夫?」


「うん……」


 楓夏は青ざめています。


「女の子がいた」


 花音が聞きました。


「どんな子?」


「私に似てた」


 花音の顔が強張ります。


「まさか……」


 その瞬間。


 森の奥から――。


 ドン。


 地面が揺れました。


 ドン……。


 もう一度。


 そして、黒い木々の向こうに巨大な穴が現れました。


 その穴の中から、声が響きます。


『帰ってこい』


 楓夏は震えました。


 でも、逃げません。


「行こう」


 花音が隣に立ちます。


「うん」


 二人が穴へ近づいた、そのとき――。


 穴の底から、一人の少年が姿を現しました。


「……蒼空?」


 楓夏が驚きます。


 しかし、隣にいた蒼空も同じように驚いています。


「違う」


「じゃあ……誰?」


 穴から出てきた少年は、蒼空と同じ顔をしていました。


 そして、手には――。


 黒い石。


「僕は蒼空じゃない」


 少年は笑いました。


「僕は――」


 黒い石が光ります。


「蒼空の双子の兄だ」


 蒼空が凍りつきました。


「……兄さん?」


 少年は静かに笑いました。


「久しぶりだな、蒼空」


 そして楓夏を見る。


「それから――」


 少年の目が赤く光りました。


「初めまして、楓夏」


 森の奥で、無数の黒い木々が一斉に揺れ始めました。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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