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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第三十二話 父が隠していた約束



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第三十二話 父が隠していた約束


「お前を守るために、私は一度、お前を森へ捨てたんだ」


 父の言葉が、静まり返った駅に響きました。


「……捨てた?」


 楓夏は意味が分かりません。


 母・美咲が震える声で言いました。


「あなた……何を言っているの?」


 父は苦しそうに目を伏せました。


「全部話す。もう隠せない」


 黒い影が笑います。


「そうだ。ようやく家族に真実を話す時が来た」


「あなたは黙って!」


 美咲が叫びました。


 影は笑ったままです。


「美咲。お前も思い出しただろう?」


「……」


「花音のことも」


 美咲の顔から血の気が引きました。


 花音が一歩前へ出ます。


「お母さん」


「花音……」


「私のこと、覚えてる?」


 美咲の目に涙が浮かびました。


「……覚えてる」


「本当に?」


「ええ」


 美咲は胸に手を当てます。


「あなたを忘れたことなんて、一日もなかった」


 花音の目から涙がこぼれました。


「じゃあ、どうして……」


「怖かったの」


 美咲は泣きながら答えました。


「あなたを失った日のことを思い出すのが怖かった」


 楓夏は母の手を握りました。


「お母さん……」


 父が静かに話し始めます。


「楓夏が生まれる前、私たちは黒い石を持つ人間たちに追われていた」


「どうして?」


「花音の力を狙っていたからだ」


 花音が顔を上げます。


「私の?」


「ああ」


 父はうなずきました。


「花音は、人間の記憶だけじゃない。森に残った記憶まで読むことができた」


 楓夏は思い出します。


 洞窟で見た映像。


 幼い花音。


 白い木。


 黒い影。


「だから花音ちゃんは、森に……」


「そうだ」


 父は続けます。


「花音を森に預けることで、黒い石を持つ者たちから守った」


「でも、私が生まれたあと……」


 楓夏は父を見つめました。


「どうして私まで?」


 父は長い沈黙のあと、答えました。


「君には、花音とは違う力があった」


「どんな?」


「君は、人の記憶と森の記憶をつなげることができた」


 楓夏は胸元のペンダントを握りました。


「だから……」


「黒い石を持つ者たちは、君を利用しようとした」


 父は続けました。


「そこで私は、ある決断をした」


 駅の空気が重くなります。


「楓夏を一度、森へ預ける」


「……」


「森の動物たちに守ってもらえば、誰にも見つからないと思った」


 楓夏の目に涙が浮かびます。


「それが……私を捨てたってこと?」


「違う!」


 父が初めて声を荒らげました。


「捨てたんじゃない!」


 楓夏はびっくりして父を見ました。


「私は、何度も森へ会いに行った」


「え……?」


「でも、君の力が目覚めるまで、近づくことを許されなかった」


 父は涙を流していました。


「君を守るためだった」


 楓夏は何も言えませんでした。


 すると――。


 森の木々が駅の外で大きく揺れ始めました。


『楓夏』


 木の声が聞こえます。


『お父さんは嘘をついていない』


 楓夏は目を閉じました。


 森は、人の心の奥まで嘘をつかない。


 楓夏には分かっていました。


「……お父さん」


「うん」


「私、怒ってもいい?」


 父はうなずきました。


「ああ」


「寂しかった」


「……うん」


「ずっと、お父さんがいないのが寂しかった」


「ごめん」


「でも……」


 楓夏は涙を拭きました。


「今会えてよかった」


 父は泣きながら笑いました。


「ありがとう」


 その瞬間――。


 黒い影が手を叩きました。


「感動の再会は終わったか?」


 楓夏が振り返ります。


「あなたは何がしたいの?」


「簡単なことだ」


 影は言いました。


「森の最深部にある記憶を開く」


「何のために?」


「過去を変えるためだ」


「過去は変えられないよ」


 楓夏が言うと、影は笑いました。


「君はまだ何も知らない」


 影が黒い石を掲げます。


「森の最初の記憶には、一つだけ秘密がある」


 黒い光が広がります。


「過去を変えれば、未来も変えられる」


 楓夏は首を振ります。


「そんなの……」


「できる」


 影は断言しました。


「だから私は、娘を失ったあの日を変える」


 楓夏は気づきました。


「あなたも……誰かを亡くしたの?」


 影は黙りました。


 初めて、その表情から怒りが消えました。


「……娘だ」


 小さな声でした。


「森の事故で死んだ」


「だから、黒い石を?」


「あの日をなかったことにする」


「でも……」


 楓夏は静かに言います。


「それをしたら、今ここにいる人たちの記憶まで変わっちゃうんじゃない?」


 影は答えません。


「お父さんも、お母さんも、花音ちゃんも」


 楓夏は続けます。


「私たちが一緒に過ごした時間も、全部なくなるかもしれない」


「それでもいい!」


 影が叫びました。


「娘が生きている世界なら、それでいい!」


 黒い石が巨大な光を放ちます。


 駅のホームが揺れ始めました。


「楓夏!」


 父が叫びます。


 その瞬間――。


 花音が前へ出ました。


「私が行く」


「花音ちゃん?」


「森の最深部へ」


 花音は黒く染まったペンダントを握ります。


「私なら、記憶の扉を開けられる」


「ダメ!」


 楓夏が叫びます。


「また一人で行くつもり?」


「違う」


 花音は笑いました。


「今度は一緒に行くの」


 美月、凛、悠真、ひかりも前に並びました。


「私たちも行く」


「五人で行こう」


 楓夏はみんなを見つめました。


 そして――。


「うん!」


 五人が手をつなぎました。


 すると、五つの力が一つになっていきます。


 森。


 海。


 雪。


 風。


 心。


 そして、花音の記憶。


 五つの光が空へ伸びました。


 黒い影が驚きます。


「そんな……」


 楓夏は叫びました。


「過去を変えるんじゃない!」


「じゃあ、何をする?」


「過去を受け入れる!」


 光が黒い石を包みます。


 パキッ。


 黒い石に、またひびが入りました。


 しかし――。


 完全には砕けません。


 影が笑います。


「まだだ」


 そして、黒い石の中から――。


 一人の少女の声が聞こえました。


『お父さん……』


 影が凍りつきます。


「……娘?」


 黒い石の中に、少女の姿が浮かびました。


 楓夏は息をのみます。


 その少女は――。


 花音にそっくりでした。


「え……?」


 花音も驚いています。


「私……?」


 少女は黒い石の中で微笑みました。


『お父さん』


「お前は……」


『私を助けて』


 影が手を伸ばします。


「今、助ける!」


 その瞬間、少女は首を振りました。


『違うの』


「何が違う?」


『私を生き返らせないで』


 影の顔が凍りつきます。


『私はもう、ちゃんと眠っているから』


 黒い石が大きく揺れました。


『お父さんは、私を失ったことを悲しんでいい』


 少女は笑いました。


『でも、私のために誰かの未来を壊さないで』


 影の目から涙が落ちました。


「……そんな」


 そして――。


 黒い石が、ついに大きく割れました。


 パァン!


 黒い霧が消えていきます。


 影もその場に膝をつきました。


 しかし、完全に消える直前――。


 影は楓夏を見ました。


「ありがとう……」


 そして最後に――。


「だが、黒い石は一つではない」


 その言葉を残して、影は消えました。


 静かになった駅。


 楓夏はみんなを見回します。


「終わった……?」


 そのとき。


 蒼空が線路の向こうを指しました。


「……違う」


「え?」


 線路の先に、黒い光が一つ。


 さらにその奥に――。


 二つ。


 三つ。


 四つ。


 五つ。


 無数の黒い光が浮かび上がっています。


 蒼空の顔が青ざめました。


「黒い石を持っている人間が……」


 そして楓夏は、森の声を聞きました。


『次の事件が始まる』


 楓夏は静かに顔を上げました。


 道東の夜空には、無数の星が輝いています。


 その星の下で――。


 新しい事件が、静かに動き始めていました。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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