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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第二十六話 禁じられた森



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第二十六話 禁じられた森


 北へ向かうにつれて、森の様子が変わっていきました。


 春になったはずなのに、雪がまだ残っています。


 木々は高く、空がほとんど見えません。


 楓夏は一歩進むたびに、森の声へ耳を澄ませました。


『ここから先は、昔から人が入らない場所』


『怖い場所ではない』


『けれど、忘れられた記憶が眠っている』


 楓夏は仲間たちを振り返りました。


「みんな、大丈夫?」


「うん」


 美月が答えます。


「海の声は聞こえてるよ」


 凛も周囲を見回します。


「雪も、何か教えようとしてる」


 悠真は木々の間を見ました。


「風は……あっちを指してる」


 ひかりは黙っていました。


「ひかりちゃん?」


「……この森、たくさんの人の心が残ってる」


「どんな心?」


「悲しい心」


 ひかりは小さく答えました。


「ずっと誰かを待ってるみたい」


 楓夏は胸がざわつきました。


「誰を?」


「分からない」


 ひかりが首を振ったとき――。


 ガサッ。


 茂みが揺れました。


「誰?」


 五人が振り返ります。


 すると、茂みから一匹の小さなエゾリスが顔を出しました。


『こっち』


「リスさん?」


『急いで』


「何があるの?」


『お母さんが待ってる』


 楓夏は息をのみました。


「お母さん?」


『君のお母さんじゃない』


 リスは続けます。


『昔の人が残した、お母さん』


 意味が分かりません。


 けれど、リスは走り出しました。


 五人も後を追います。


 しばらく進むと、森の中に古い家が見えてきました。


 木でできた小さな家。


 屋根には苔が生えています。


 窓は割れていました。


「こんなところに家が……」


 美月が驚きます。


 楓夏が近づくと、扉がひとりでに開きました。


 ギィ……。


「誰かいるの?」


 返事はありません。


 中には古い机と椅子。


 壁には、たくさんの写真が飾られていました。


 楓夏が一枚の写真を見て――。


「え……?」


 動けなくなりました。


 写真に写っていたのは、若い頃のお母さん。


 その隣には――。


 ひいおばあちゃん。


 そしてもう一人。


 見知らぬ女性。


「この人、誰?」


 おばあちゃんが後ろから来ていたら、きっと答えられたでしょう。


 でも、今ここにはいません。


 楓夏は写真を見つめました。


 すると――。


『その人は、あなたのお母さんの姉』


 ひかりが言いました。


「え?」


「心の声が聞こえるの?」


「うん」


 ひかりは写真を見つめます。


「名前は……」


 ひかりの顔が青ざめました。


「……沙耶」


 楓夏は首をかしげます。


「お母さんに、お姉ちゃんがいたの?」


 そのとき、家の奥から――。


 コトン。


 何かが落ちる音がしました。


 五人はそちらを見ます。


 奥の部屋には、小さな木箱がありました。


 楓夏が開けると、中には古い手紙が入っています。


 表には――。


 『娘・美咲へ』


 楓夏の母の名前でした。


 楓夏は震える手で手紙を開きました。


 そこには、ひいおばあちゃんの文字がありました。


 『美咲へ。あなたには話していないことがあります。沙耶は死んだのではありません。』


「……え?」


 楓夏は息をのみます。


 次の文章。


 『あの子は、森の奥へ行ったまま帰ってこなかったのです。』


 美月が言葉を失います。


「じゃあ……」


 楓夏は手紙を読み続けました。


 『沙耶は森の声を聞く力を持っていました。しかし、あなたとは違う力を持っていた。』


「違う力?」


 ひかりが手紙を覗き込みます。


 その瞬間――。


「記憶……」


 ひかりがつぶやきました。


「沙耶さんは、記憶を読む力を持ってた」


 楓夏は紗良の顔を思い出しました。


「じゃあ、紗良ちゃんと同じ?」


 その瞬間。


 家の外から声がしました。


「違う」


 全員が振り返ります。


 扉の前に――。


 紗良が立っていました。


「私とは違う」


「紗良ちゃん?」


 紗良は悲しそうに言いました。


「沙耶さんは、人の記憶を読むだけじゃない」


「じゃあ、何ができるの?」


「記憶を――」


 紗良が言葉を止めます。


「消せるの」


 楓夏の顔から血の気が引きました。


「記憶を……消す?」


「そう」


 紗良はうつむきました。


「だから、沙耶さんは自分の存在をみんなの記憶から消した」


「どうして?」


「森を守るため」


 その瞬間。


 家の中に風が吹きました。


 机の上にあった古い写真が一枚、床に落ちます。


 写真の裏には――。


 新しい文字が浮かび上がっていました。


 『楓夏へ』


 楓夏は震えながら写真を拾いました。


 裏には続きが書かれています。


 『もしあなたがこの手紙を読んでいるなら、沙耶はまだ生きています。』


「……生きてる?」


 楓夏の胸が大きく鳴りました。


 そして、その下には――。


 『ただし、あなたのお母さんはその事実を知らない。』


 楓夏は呆然としました。


「どういうこと?」


 すると、森の奥から――。


 ポーン。


 低い鐘のような音が響きました。


 ゴーン……。


 もう一度。


 ゴーン……。


 森の動物たちが一斉に静かになります。


 鳥も鳴きません。


 風さえ止まりました。


 ひかりが顔を上げます。


「誰か来る」


「誰?」


「女の人」


 ひかりは目を閉じます。


「すごく悲しい心」


 そして――。


「でも、楓夏ちゃんを知ってる」


 森の奥から、一人の女性が歩いてきました。


 長い髪。


 白いコート。


 手には、古びた木の杖。


 その顔を見た瞬間――。


 楓夏は息をのみました。


「……お母さん?」


 女性は、ゆっくり顔を上げます。


 しかし――。


 楓夏の母ではありません。


 顔立ちがよく似ています。


 その女性は、涙を浮かべながら微笑みました。


「大きくなったね、楓夏」


「……誰?」


 女性は答えました。


「私は――」


 一瞬、風が吹きました。


「あなたのお母さんのお姉さん」


「沙耶……?」


 女性はうなずきました。


「そう」


 楓夏は言葉を失いました。


 ずっと死んだと思われていた女性。


 家族の記憶から消えた女性。


 森の奥で生き続けていた――。


 沙耶。


 沙耶は楓夏を見つめます。


「あなたに伝えなければならないことがあるの」


「何?」


 沙耶は白い木の方向を振り返りました。


「あなたのお母さんが、なぜ森の力を封じたのか」


「……」


「そして――」


 沙耶の表情が険しくなります。


「なぜ、あの男があなたを探しているのか」


 楓夏は息をのみました。


「知ってるの?」


「全部知っている」


 沙耶は静かに言いました。


「でも、話す前に――」


 その瞬間。


 遠くから車の音が聞こえてきました。


 ブロロロロ……。


 沙耶の顔色が変わります。


「もう来た……」


「誰が?」


 沙耶は楓夏の手を握りました。


「あなたのお母さんを、ずっと探している人たちよ」


 楓夏は驚きました。


「お母さんが……狙われてるの?」


 沙耶は答えませんでした。


 ただ、森の奥を見つめています。


 そして、小さな声で言いました。


「楓夏。あなたはまだ知らない」


「何を?」


「あなたのお母さんが――」


 そこで言葉が途切れました。


 森の奥から、黒い車が姿を現したのです。


 沙耶は楓夏を背中に隠しました。


「逃げて!」


 その瞬間、車から降りてきた男が叫びました。


「沙耶!」


 楓夏は振り返ります。


 男は、あの黒い石を持っていました。


「二十年も逃げ回って……」


 男が笑います。


「ようやく見つけたぞ」


 沙耶は楓夏たちを見ました。


「森の奥へ!」


「でも!」


「早く!」


 楓夏たちは走り出しました。


 その背後で――。


 黒い石が、再び光り始めました。


 そして楓夏は気づいていませんでした。


 この事件の本当の目的が、白い木でも、五人の力でもないことを。


 男たちが狙っていたのは――。


 楓夏の母・美咲そのものだったのです。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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