第十六話 雪の森からのSOS
前書き
この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。
森の声。
魂の記憶。
ご先祖様から受け継がれる想い。
そして、まだ誰にも決められていない未来。
私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。
もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。
楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。
けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。
大切な人を想う気持ち。
失った人への愛。
自分では変えられない過去。
そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。
どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。
それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。
誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。
その先に、どんな未来が待っているのか――。
楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。
あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。
そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。
第十六話 雪の森からのSOS
秋が終わり、道東に初雪が降りました。
牧場の屋根も、木々の枝も、真っ白な雪に包まれています。
楓夏は窓から外を眺めていました。
「雪さん、おはよう」
すると、窓の外の白樺がサラサラと枝を揺らします。
『おはよう、ふうか』
楓夏は笑いました。
夏に起きた事件から、しばらくの時間が過ぎていました。
森に捨てられていた黒い袋の事件は、警察の調べによって少しずつ真相が明らかになっています。
美月も、今では楓夏の家に遊びに来るようになりました。
二人はすっかり仲良しです。
でも――。
楓夏には、最近気になることがありました。
森の動物たちが、何かを怖がっているのです。
キタキツネ。
エゾシカ。
鳥たち。
みんな、森の北側を避けています。
「コンちゃん」
雪の上を歩いてきたキタキツネに、楓夏は声をかけました。
「どうしたの?」
『北の森に行かないで』
「どうして?」
『怖い音がする』
「音?」
『夜になると、ゴォォォって』
楓夏は耳を澄ませました。
普通の人には何も聞こえません。
でも、楓夏には――。
遠くから、
ゴォォォ……。
という低い音が聞こえました。
「何の音だろう?」
そのとき、美月が走ってきました。
「楓夏ちゃん!」
「美月ちゃん、どうしたの?」
「大変!」
美月は息を切らしています。
「山のほうで、鹿が動けなくなってるの!」
「鹿が?」
「うん。何頭もいるって」
楓夏はすぐにお父さんのところへ向かいました。
お父さんと一緒に山の近くまで行くと、雪の中にエゾシカがいました。
一頭。
二頭。
三頭。
みんな、同じ方向を向いて立っています。
「どうしたの?」
楓夏が近づくと、一頭の鹿が顔を上げました。
『助けて』
「何があったの?」
『雪の下』
「雪の下?」
『冷たい水が流れてる』
楓夏は地面を見ました。
雪の下から、かすかに水の音がします。
サラ……。
サラ……。
でも、その水の音に混じって――。
金属のような音がします。
カン。
カン。
カン。
「お父さん」
「どうした?」
「雪の下に何かある」
お父さんがスコップを持ってきました。
雪を少しずつ掘っていくと――。
金属製のパイプが出てきました。
「これは……人工物だ」
お父さんの顔が険しくなります。
研究者の男性にも連絡しました。
しばらくして到着した男性は、パイプを見るなり驚きました。
「こんなもの、地図には載っていません」
「何のためのパイプなんですか?」
「分かりません」
そのとき。
パイプの奥から、
ゴォォォ……。
という音が響きました。
楓夏には、別の声も聞こえます。
『苦しい』
地面が言っています。
『まだ、残ってる』
「何が?」
『昔のもの』
楓夏の顔が曇ります。
夏の事件は終わっていなかった。
地下の森が崩れたあとも、どこかに危険なものが残っている。
そう考えた瞬間――。
突然、雪の向こうからエゾシカが走ってきました。
『ふうか!』
「どうしたの?」
『子どもがいない!』
「子ども?」
『小さな鹿が、北の森に入ってしまった』
楓夏は立ち上がりました。
「探さなきゃ!」
「楓夏、待て」
お父さんが止めます。
「北の森は危ない」
「でも、鹿さんが困ってる!」
お父さんは困った顔をしました。
そのとき、美月が言いました。
「私も行く」
「美月まで……」
「二人なら大丈夫」
楓夏と美月は顔を見合わせました。
森の中から、風が吹きました。
『二人なら』
『道を教える』
木々の声でした。
お父さんはしばらく考えたあと、うなずきました。
「分かった。ただし、俺から離れないこと」
「うん!」
三人は北の森へ向かいました。
雪はどんどん深くなっていきます。
楓夏の長靴が、ズボッと雪に埋まりました。
「わあ!」
美月が笑います。
「楓夏ちゃん、雪だるまみたい」
「美月ちゃんだって!」
二人は笑いました。
けれど、森の奥へ進むにつれて、笑い声は消えていきました。
木々が静かすぎるのです。
鳥の声もありません。
風の音すらありません。
「静か……」
美月がつぶやきました。
楓夏は耳を澄ませます。
そして――。
『止まって』
木が言いました。
「どうして?」
『前に行ったら危ない』
楓夏は足を止めました。
お父さんも止まります。
目の前には、何もありません。
ただの雪原です。
でも――。
楓夏が一歩後ろへ下がった瞬間。
ドサッ!
目の前の雪が崩れ落ちました。
「きゃっ!」
そこには、大きな穴が開いていました。
地下へ続く穴です。
穴の底から冷たい風が吹き上がっています。
そして。
その奥から――。
キュウ……。
小さな鳴き声。
「鹿さん!」
楓夏が覗き込むと、穴の中に小さなエゾシカがいました。
足を挟まれて動けません。
「助けなきゃ!」
お父さんが慎重にロープを準備します。
楓夏は穴の中へ声をかけました。
「大丈夫だよ!」
子鹿が顔を上げました。
『怖い』
「もう大丈夫」
そのとき。
楓夏の耳に、別の声が届きました。
穴の奥。
さらに深い場所からです。
『ふうか……』
聞き覚えのある声でした。
楓夏は目を見開きました。
「……ひいおばあちゃん?」
誰も聞こえていません。
でも確かに、聞こえました。
『地下の森は、まだ終わっていない』
楓夏は暗い穴の奥を見つめました。
そして――。
雪の下から、古い木の扉が現れました。
扉には、あの葉っぱの模様。
そして、その中央には文字が刻まれています。
『第二の森』
楓夏は息をのみました。
地下の森は、一つではなかったのです。
そのとき。
扉の向こうから、
コン……。
コン……。
誰かが内側から叩きました。
楓夏と美月は顔を見合わせます。
「誰かいる……」
美月が小さく言いました。
楓夏は扉に手を伸ばしました。
すると、森のすべての木々が一斉にざわめきました。
『開けて』
『でも、気をつけて』
『その中には――』
木々の声が、そこで途切れました。
楓夏が扉に手をかけると――。
冷たい風が吹き抜けました。
そして、暗闇の向こうから少女の声がしました。
「楓夏ちゃん……」
その声は、美月と同じくらいの年齢。
でも――。
その声には、どこか聞き覚えがありました。
楓夏は、ゆっくり扉を開きました。
冬の道東で始まった新しい事件。
その扉の向こうには――。
もう一人の「森の声を聞く子ども」が待っていました。
後書き
『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話。
長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。
最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。
物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。
けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。
私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。
過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。
楓夏が最後にたどり着いた、
「未来は誰かに決めてもらうものではない」
という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。
そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。
大切な人との思い出。
亡くなった人から受け取った愛。
家族の絆。
言葉にできなかった想い。
それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。
もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。
楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。
そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。
物語は終わりました。
けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。
悠真がどんな人生を歩むのか。
結花がどんな大人になるのか。
凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。
それは、誰にも決められていません。
だからこそ、未来には無限の可能性があります。
この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。
もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。
立ち止まってもいい。
遠回りしてもいい。
時には、最初から選び直してもいい。
あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。
最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。
心からの感謝を込めて。
そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。
ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。
もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。
「大丈夫。
未来は、これから自分で選んでいけるよ」
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話――完結。




