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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第一話 キツネが教えてくれたこと

『世界樹の少女と、終わりの魂』


前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。


第一話 キツネが教えてくれたこと


 北海道の東のはし。


 海と森と山が、まるで大きな腕のように町を包んでいる場所に、小さな牧場がありました。


 朝になると、牛たちの声が聞こえます。


「モォー」


 鳥たちが空を飛び、森の木々が風に揺れます。


 そして、牧場の隅にある古い白樺の木の下には、いつも小さな女の子が座っていました。


 名前は、楓夏。


 五歳です。


 茶色の髪を二つに結び、少し大きめの長靴を履いています。


「おはよう、しらかばさん」


 楓夏が木の幹に手を当てると、葉っぱがかすかに揺れました。


『おはよう、ふうか』


 楓夏には、それが聞こえます。


 人間には聞こえない、森の声。


 木の声。


 花の声。


 川の声。


 そして――動物たちの声。


 でも、楓夏はそのことを誰にも話していません。


 話しても、大人はきっと信じてくれないからです。


「今日は寒いね」


『夜に、雪が少し降ったからね』


「そうなんだ」


 楓夏が笑った、そのときでした。


 森のほうから、小さな足音が聞こえてきました。


 カサ……。


 カサカサ……。


 草むらから、一匹のキタキツネが顔を出しました。


「コンちゃん!」


 楓夏が立ち上がります。


 いつも遊びに来るキタキツネでした。


 けれど――今日は様子がおかしい。


 いつもなら、楓夏を見ると尻尾を揺らして近づいてきます。


 ところが今日は、何度も森のほうを振り返っています。


「どうしたの?」


 楓夏がしゃがむと、キツネは楓夏の目をじっと見ました。


『ふうか』


「うん?」


『森に、いやな匂いがする』


 楓夏の笑顔が消えました。


「いやな匂い?」


『知らない匂い。昨日の夜からする』


 キツネは鼻をひくひくさせました。


『人間の匂い』


「人間?」


『いつもの人間じゃない』


 その言葉を聞いた瞬間。


 牧場のほうから、大きな声がしました。


「大変だ!」


 お父さんの声でした。


 楓夏は急いで走っていきます。


「どうしたの?」


「楓夏、そこから動かないで」


 お父さんが牧草地の前に立っていました。


 おじいちゃんも、おばあちゃんもいます。


 みんな、困った顔をしていました。


「子牛が一頭、いなくなったんだ」


「こわい?」


「怖くはないよ。ただ、どこへ行ったのか分からないんだ」


 牧場では、まだ小さな子牛を何頭も育てています。


 いなくなったのは、白い毛に茶色い斑点のある子牛。


 名前は、モモ。


 楓夏も大好きな子牛でした。


「モモ、どこ?」


 楓夏が牧草地を見渡します。


 柵は壊れていません。


 門も閉まっています。


 お父さんは首をかしげました。


「自分で逃げたなら、どこかに足跡があるはずなんだけどな」


 そのとき。


 楓夏の耳に、風とは違う声が届きました。


『昨日の夜……』


 牧場の隅に立つ白樺の木です。


「しらかばさん?」


『大きな音がしたよ』


「大きな音?」


『ドン、という音』


 楓夏は木を見上げました。


「何時?」


『月が高くなったころ』


 楓夏は考えました。


 夜中に大きな音。


 そして、モモがいなくなった。


「お父さん」


「ん?」


「昨日の夜、何か音しなかった?」


「音?」


 お父さんは考え込みました。


「そういえば……」


 そのとき、おじいちゃんが言いました。


「夜中に一度、犬が吠えたな」


「犬が?」


「ああ。でも、すぐ静かになったから気にしなかった」


 楓夏は森を見ました。


 すると、遠くの空から一羽の鳥が飛んできました。


 大きな翼。


 白い尾。


 オジロワシです。


 オジロワシは牧場の上を一度旋回すると、森の向こうへ飛んでいきました。


 そして楓夏の頭の中に、声が響きました。


『赤い車』


 楓夏は目を見開きました。


「赤い車?」


 お父さんが振り返ります。


「どうした?」


「……ううん」


 楓夏は言いませんでした。


 自然の声が聞こえることは、まだ秘密です。


 その代わり、森へ向かって走り出しました。


「楓夏!」


 お父さんの声が追いかけてきます。


 楓夏は森の入り口で立ち止まりました。


 そこには、雪の残る細い道がありました。


 そして――。


 雪の上に、車のタイヤの跡が残っていました。


 その横には、小さな蹄の跡。


 子牛の足跡です。


「モモ……」


 楓夏はしゃがみ込みました。


 足跡は森の奥へ続いています。


 けれど、その先にはもう一つ、別の足跡がありました。


 大人の靴の跡。


 楓夏は不安そうに森を見つめました。


 そのとき、木々が一斉にざわめきました。


『ふうか』


『気をつけて』


『森の奥に……』


 楓夏はぎゅっと唇を結びました。


「モモを探さなくちゃ」


 小さな女の子は、森の中へ一歩踏み出しました。


 その先に何が待っているのか。


 楓夏は、まだ知りませんでした。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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