とあるひとつのエピローグ
「イード、目を覚ました!」
いきなり耳元でしたデカい声が、頭の中を揺らす。アスガルだ。
「イード! 良かった! 辛くないか?」
続いてクリス。俺は枕の上で首をゆっくり動かし、声のしたほうを見る。それから小さくうなずいた。アスガルは満面の笑みを見せ、クリスは手の甲で目元をぬぐう。
「イード!? 良かった……」
リルケはそう言ってから、崩れ落ちるようにして倒れた。クリスがあわてて支えるのを見て、俺もぎょっとして体を起こす。リルケはそのまま俺の寝かされていたベッドのすみっこに突っ伏すと、寝息を立て始めた。その穏やかな寝顔を見て、俺は大きく息を吐く。びっくりした。
「リルケ、ずっと回復魔法で頑張ってくれてたんだ」
「……ああ。おかげで前より元気になったみたいだ。リルケが起きたら礼を言わなきゃな」
それは強がりじゃなかった。体中にエネルギーが満ちている。久しぶりに深く眠ったあとのような、さわやかな気分だった。――俺、戻って来たんだな。
さっきまでイアベスティアと話していたことが思い出される。あれを『現実』と言ってもいいんだろうか。なんだか形を変えた『災夢』のように思えてきてしまう。
「クリス。俺はもう大丈夫だから、リルケを部屋に運んでやってくれ」
「ああ。――うん。とにかく、まだ無理はするなよ? アスガル、イードを頼んだ」
「まかせとけ!」
俺たちはリルケを壊れ物のようにそっと抱え、少し照れくさそうに部屋を出て行くクリスの背中を見送る。
「おお、イード。気がついたんだね! さすがあたしの弟子、しぶとい!」
「私の弟子でもありますけどね」
すると、入れ替わるようにしてヘルセンさんとグレーズさんも入ってきた。ヘルセンさんはベッドに駆け寄ってくると俺を抱きしめ、頭をぽんぽんとする。
「ち、ちょっと、やめてくださいよ」
「いいじゃないか、感動の再会ってやつだよ!」
「そうですよ。こういう時くらいはいいんです」
なぜかグレーズさんも頭をぽんぽんし始めると、アスガルまで参加する。
「いや、なんでアスガルまで――」
「こういう時くらいは、いい!」
「いや痛ぇって! お前、力強すぎ!」
なんだか自分が急に小さい子どもになったような気分だ。今度またニエリアに帰って、もっと親父やお袋や、師匠やおばちゃんや……色んな人とも話さないとな。
やがてクリスも戻ってきて、みんなでパーティーをしようだのなんだのと話しているのを、俺は不思議な気持ちで眺める。
『イード。ここまでよく頑張ってくれました。ありがとう。孤独な戦いでしたね』
そうしたら、イアベスティアの言葉が浮かんだ。
ああ。――これでようやく、終わったんだ。
◇
「よくぞ参った。『流星の丘』の皆よ」
そう言ってガハハと豪快に笑うのは、この国、トルディスタの王様。隣でにこにこしているのは王妃様。二人とも丈の短い動きやすそうなチュニックを着て、腰には剣を差している。
俺たちはというと、またグレーズさんが用意してくれた高級な貸衣装に身を包み、体を硬直させている。今回も急に呼び出されたと思ったら、説明もなしにこれ着せられて、転移したら王宮ですよ。勘弁してくれ。
「このような格好ですまないな! 鍛錬をしていたもので」
王様もそうなら、俺たちももっと楽な格好でいいじゃんとも思うけど、さすがにそういうわけにもいかない。
トルディスタの王族は皆、武人としても知られていて、王子や王女も一定の年齢になると武者修行に出されると聞いたことがある。前にパレードで、儀礼用の豪華な服を着た姿を遠目に見たことがあるだけだからピンと来なかったが、こうして見ると二人とも立ち姿からして強そうだ。
「そなたらは、世界を混沌に陥れようと目論んでいた組織と勇敢に戦い、その悪事を暴いた。まことに誇らしい!」
王様はそう言って俺たちを見た。俺たちが王宮に呼ばれたのは、そういう理由だ。
異形となったレイジーは魔神連本部を壊滅させ、隠蔽魔法も破れたことで魔神連の存在も広く知れ渡ることとなった。リーダーはいなくなったが、魔神連にかかわっていたやつらはこれから取り調べを受け、処罰されることだろう。そこでまた一波乱ありそうな気はするが、まあ、あとは王様たちに任せておけばいい。
レイジーが『養分』と呼んだ人たちはヘルセンさんたちが逃がしたし、閉じ込められていた『迷い人』も、少し離れた場所にいたことでレイジーの攻撃は届いていなかった。みんな生命力を奪われて衰弱していたけれど、今は治療を受けて健康を取り戻しつつあるようだ。
「もったいなきお言葉、恐悦至極に存じます」
クリスが膝をつき、こうべを垂れる。俺たちも黙ってそれにならった。今回は、受け答えはクリスにできるだけ任せようという作戦だ。特にアスガルにしゃべらせると何を言い出すかわからない。
「よいよい。楽にしなさい」
「そうですよ。みなさんは、勇者なのですから」
王様に続き、王妃様もにこにことしながら言った。それを見て、俺の肩からも少し力が抜ける。
『勇者』とは王妃様のリップサービスだろう。異形となったレイジーの姿は、俺たち以外にも多くの人たちが目撃している。しかし巫女姫はお告げを受け取っていないため『魔王』ではないし、当然それを倒した俺たちも『勇者』ではないからだ。
ただ、異常事態ではあったわけで、だからこそこうやって呼ばれて、俺たちがどんな人物なのか見たかったというのもあるのかもしれない。
「すげー肉! 豪華だ!」
アスガルが皿いっぱいに盛られた肉をほおばっている。
謁見の後は、立食パーティーが行われた。確かにみんなでパーティーしようとか話してたけどさ、それより先に王宮でやることになるとは思わなかったよ。
服も普段着に着替えていいって言われたし、テーブルマナーも求められたりしないので助かった。『薔薇たちが集う丘』ではほぼ何も食えなかったから、肉もパンもサラダも本当にウマくて泣きそうだ。
「イードどうしたの? 泣いてるの?」
「う……まいふぇまんは」
「ははは、ちゃんと飲み込んでからしゃべってよ」
リルケが笑う。彼女もあれだけの回復魔法を使い続けたせいで、しばらくはひたすら眠っていたようだ。俺はのどに詰まりそうになった肉を水で流し込むと、大きく息をついた。
「リルケ、ありがとな。ちゃんと礼、言えてなかったからさ」
「仲間だし、友だちなんだから、当たり前でしょ! ……本当、生きててよかった」
その言葉は、俺の心にじんとくる。ふと視線をそらすと、クリスの泣き顔が目に入った。
「――ぶっ! なんでお前が泣いてんだよ!」
「だって、思い出しちゃったんだよ! イードがこのまま死ぬんじゃないかって……」
「ん。クリスもありがとな。心配かけて悪かった」
「オレももちろん、心配してたぞ!」
「おう、アスガルも、ありがとな」
俺は実質意識がない状態だったし、『夢』の中でイアベスティアが大丈夫って言ってくれたけど、ただ待ってる側だったら、もっときつかったかもしれない。
「でも俺たち強くなったじゃん。晴れてAランクパーティになったしさ」
「オレたちは、Sになってもいい!」
「アスガル、声が大きいよ! ――でもそうだね。私たちならきっと、またすぐ上がれるって」
俺はリルケの言葉にうなずく。焦ることはない。だって『流星の丘』はイアベスティアが認めた本物の勇者パーティなんだからな。そんなこと誰にも言えねーけど。
「こうやってまた四人で――」
「はいはい。クリスはイードと話してると泣いちゃうから、あっちに行ってケーキ食べましょ」
「ぼ、僕は別に――」
リルケはそう言って、うつむいたクリスを俺から引き離し、別のテーブルに連れて行った。
そうだ、『魔王の種』の件は解決したわけだし、「もう付き合っちゃえよ!」って言ってもいいんだろうか。もしかしてここ数日で進展してたりする?
そんなことを考えているうちに、二人の背中は見えなくなってしまう。
「そういやアスガル、あの二人は?」
「グレーズ師匠は仕事があるって、帰った。ヘルセン師匠は王妃様と話してる」
アスガルが向いたほうを見ると、確かに二人が談笑していた。冒険者ギルドのお偉いさんともなると、王妃様と仕事をすることもあるのか、それとも、いわゆる旧知の仲というやつか。それはわからないが、仲良さげには見える。
王妃様の隣には王様と第一王子、第一王女もいた。二人とも、王様と同じく『王家の赤』と呼ばれる、炎のように鮮やかな赤い髪をしている。さっき挨拶をされたのだが、何を話したのかもよく覚えていない。第二王女は修行中で今はいないとかって言ってたかな。なんだか現実味がなさすぎて、今も夢の中にいるんじゃないかって気さえしてくる。
「……ああ、うめぇ」
俺はふわふわとした気分のまま、名前はわからないけどウマい料理を食べ、なんの果物から出来てるかはわからないけどウマいジュースを飲む。また泣きそう。
そんなことを思っていたところ、入り口付近がにわかに騒がしくなる。何事かと眺めていると、白い衣をまとい、四角い帽子を目深にかぶった女の人が、こっちへと早足でやってきた。俺が見たことある服とはだいぶデザインが違うが、神官なのだということはわかる。彼女は俺の前で立ち止まると静かに頭を下げてから、こっちをじっと見た。
「イード・ホープ様でいらっしゃいますか?」
「……はい」
急いで口の中のものを飲み込み、返事をする。
「巫女姫様がお呼びです。恐れ入りますが、一緒に来ていただけますでしょうか」
小声でありながら重大なことを告げるような響き。口調はやわらかいが、行かないという選択肢は用意されていない。俺がうなずくと、彼女は俺を連れて外に出る。人気がないところまで移動してからスクロールを取り出し、床へと置いた。
「どうぞ」
景色が一瞬にして変わる。そこは美しい庭園に囲まれた神殿だった。すごく小さな島とかなのだろうか、向こうの方に地面の切れ目が見えるような。上を見れば空が近い気もするし、視線を遠くに向けるとやけに見晴らしがよく、山の頂上ばかりが見える。
もしかするとここ、とんでもない場所にあるのかもしれない。俺は深く考えるのをやめ、神官のあとについていく。
中へと入る前に、入り口近くの部屋で体を清めさせられ、白い服に着替えさせられた。神殿だからということもあるが、巫女姫の安全も考えてのことなのだろう。
それから神殿の中へと入り、真っ白な石で出来た長い廊下を歩く。しばらくすると、中庭のような場所へと出た。色とりどりの花が咲く中庭には、小さな白い蝶がたくさん舞っていた。白い石で作られた道は続き、その先に白く四角い建物が建っている。
「ここからは、おひとりで向かわれてください」
神官も立ち入れない場所に行くと思うと今さらながら緊張する。イアベスティアとも話しておいて、ほんと今さらだが。あれはあれで実感も薄いしな。
真っ白な石の床は硬かったが、あのときの雲のような地面を思い出させた。進めば進むほど、空気が澄んでいくような気もする。特殊な結界でも張ってあるんだろうか。やがてたどり着いた大きな扉は、少しだけ開いていた。
「……失礼します」
俺は声をかけてから、静かにドアを開ける。聖堂は広く、天井が高い。積み上げられた純白の石は、窓から差し込む日の光でより白く、輝いて見える。
そして奥の祭壇の前に、その人はいた。
「ご足労いただき、ありがとうございます」
神官と似たような服を着ているが、顔のほとんどがベールに覆われている。その銀の筋が入った長いベールはイアベスティアの銀髪を思わせた。小柄な人だったが、包み込まれるような存在感がある。初めて会ったときのヘルセンさんのような恐怖を感じるわけではないものの、なんとなくこちらを見透かされているようで、緊張感が増してきた。
「いえ」
俺はなんと答えたらいいのかわからない。そのとき、目の端が動くものをとらえた気がした。そっちに顔を向けると、花畑から迷い込んできたのか、小さな白い蝶が飛んでいた。
「イアベスティア様の御使いがお見えになるのですか?」
「え?」
もう一度見ると、蝶は消えている。
「いや、さっき飛んでた蝶がこっちに来たのかと……気のせいだったのかもしれません」
「それが御使いです! さすが、イアベスティア様のご寵愛を受けておられるお方ですね。特にここは神域ですから、普段よりも見えやすくなっているのだと思います」
「ご――」
――ご寵愛?
「あ、はい。ありがとうございます」
やべ、思わず嫌な感じで声に出すとこだった。俺は適当にごまかす。
「皆さん気づいておられないだけで、イアベスティア様の御使いはあちこちにいらっしゃるんですよ。ですから誰もが、時々不思議な夢を見ることがあるんです」
「なるほど……」
思い起こすと、白い蝶を見たような気がしたことは何度もあった。ヘルセンさんが何も聞かずに手助けしてくれたのは、もしかしたらそこらへんがわかったからなのかもしれない。巫女姫の視線を追ってみると、やっぱり白い蝶はひらひらと飛んでいた。
「イアベスティア様から今朝、お告げがありました。『流星の丘』の方々と、ヘルセン様、グレーズ様をお呼びし、王宮にてねぎらうようにと」
ああ、だからあんなにあわただしい感じになったのか。みんなイアベスティアにこき使われて大変だなぁ。そんな他人事みたいなことを思う。
「そして、頃合いを見てホープ様をこちらへとお招きするように、とも」
巫女姫の言葉は穏やかだったが、困惑も伝わってきた。そりゃそうだ、こんなことは初めてなのだろう。普段は人前に姿を現すことのない巫女姫と庶民の俺が、こうやって話すことになるなんて。
あちこちにいるイアベスティアの眷属の力で、たまたま不思議な夢を見ること。
友人が、同じパーティの冒険者である友人を助けること。
変な行動が上司の目に留まり、それがきっかけで力を借りられるような関係になること。
大きな功績をあげた冒険者パーティが、王宮に呼ばれること。その中のひとりが、ついでに巫女姫と会うこと。
俺からすれば無理矢理にも感じるが、それぞれの要素として見るならば『そんなに不自然ではない』。
それを、誰かは『運命』と呼んだりするのかもしれない。どこまでがそうなのかは俺にはわからないが、結局は神様の手のひらの上だと思うとなんだか釈然としない気持ちにはなる。でも、あいつらが『魔王』になんかならないってのは俺にとっても大事なことだし、世界が滅びたら俺も終わりだしな。だから、結果としては本当に良かった。
だけど今は一時的にでも『魔王の種』の力が失われてるんなら、最後までこんなに面倒なことしなくても良かった気はするが。夢で俺に直接メッセージ送るとかさ。ああ、でも俺は巫女姫でもないし、それを受け取るだけの力がないのかもしれない。死にかけてようやく話が出来たくらいだし。
「それで、ホープ様にお伝えすることがございます」
そんなことをつらつらと考えていた俺は、巫女姫の言葉で現実に引き戻された。
「お告げといいますか……わたくしにはよくわからないことですが、そのままお伝えすればおわかりになるからと」
戸惑いながらも、その口調は今までのなごやかなものから、真剣味を帯びたものになる。
「はい」
俺の背筋も、自然と伸びた。
「あなたの働きに、とても感謝している。次のサイクルも、よろしく頼む――と」
「……はい?」
「そしてこれをお伝えしたあと、おひとりになる時間を作ってさしあげるように、ともおっしゃっていました。では、わたくしは、これにて」
そして巫女姫は一礼し、そそくさと退場する。
パタン、と俺の後ろでドアが閉まる音がした。
「次のサイクル……よろしく……」
イアベスティアは、『魔王の種』の活動を『サイクル』と表現していた。
俺がずっと苦労してきたのが、今のサイクルで、今までのサイクル。――いや、今までのは終わったんだし、もう前のサイクルだろ。そっから『次』だから、今のってことで――。
俺は色々と理屈をこねくり回してみるが、さすがに苦しいってことは、自分でもわかってる。
「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
――そして俺の絶叫が、誰もいなくなった聖堂にこだました。




