こう見えて俺、世界を守ってます 1
「みんな、早く早く!」
そう手招きするのももどかしそうにしながら、リルケは早足で進む。大きな杖を持っているのにもかかわらず、その足取りに迷いはない。ぼんやりとした光に照らされたダンジョンの中で、長い栗色の髪が馬のしっぽのように波打った。
「リルケ、危ないぞ!」
褐色の太い腕が、その前をさえぎる。ネズミのような姿をしたモンスターは、リルケではなくアスガルの持つデカい盾にぶつかり、吹っ飛ぶようにして地面へと転がった。そして次の瞬間、小さな体は真っ二つに割れ、溶けるようにして消える。
「二人とも、大丈夫か?」
モンスターを倒したあと、クリスはすぐに二人へ目を向けた。アスガルは黙ってうなずき、リルケは申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんね、なんだか気持ちが抑えられなくなっちゃって……」
「今日のリルケ、ちょっとヘンだぞ」
「アスガル、誰だってそういう時はあるよ。僕だって依頼を早く解決したいって思いはあるし」
それから三人の視線は同じ方向――息を切らしながら歩く俺の方へと向く。
「イードが一番、大丈夫じゃなさそうだ」
「いや大丈夫だが? みんながやたらと速いのが問題であって……」
アスガルの言葉に、俺はぼそぼそと負け惜しみを言いつつ、ようやくみんなのいる場所までたどり着く。クリスはあたりをもう一度見回した。
「この辺にはもう魔物はいないみたいだし、少し休憩にしよう」
「ごめんねイード、私のせいで。辛かったら回復魔法かけてあげるから」
俺は小さくうなずく。リルケの表情からは、さっきあった焦りのようなものは感じられない。それに少しだけほっとした。でも、いつそれが『再発』するかはわからない。このダンジョンにいる限り。
「はぁ……」
俺は水筒に口をつけ、長い息を吐く。それから思い思いの場所で休んでいる仲間たちを見た。
騎士団にいた親父さんの影響もあって剣士になった金髪碧眼のイケメン、クリス。
小さい頃から癒しの才能に加え、風の精霊との共感力まで持っていたリルケ。
一番年下だが、デカい体と盾でみんなを守るアスガル。
そして、魔導師の俺。
幼なじみ同士が夢を語り、パーティを組んで冒険者になるというのはよくある話。その中の一人が弱くて――ってのもよくある話だ。
だが俺の友人はいいやつらだし、正直うちのパーティのバランスは取れてるほうだと思う。喧嘩はそれなりにあっても、パーティ解散の危機になるような事態に陥ったこともなければ、誰かが追放されるような気配も今のところない。
ただ、大きな問題がひとつ。――それは、こいつらが、いずれ世界を滅ぼすかもしれないってこと。
「イード、またぼんやりしてる。眠れなかったの?」
「目、あけたまま寝てるんじゃないか?」
物思いにふける俺を見ながら、リルケとクリスが勝手なことを言う。
「寝てねーよ!」
「起きた」
「だから寝てねーの!」
今度はアスガルだ。実際、ずっと寝不足気味なのは確かだった。そのせいで元々優しいとは言えないつくりの目つきはさらに険しくなるし、クマもできて顔色悪くなるし。眠れない日が続くせいで、自分に『強制睡眠』をかけるという無茶なことを何度もやった結果、変に魔法耐性もついてしまった。そして仲間からは病弱キャラみたいな扱いを受けている。
「じゃ、そろそろ進もうか」
そう言ってクリスは立ち上がり、再度周囲と仲間を確認してから歩き出す。俺たちは今、山の中腹にあるダンジョンから時々出てくるという魔物の調査依頼をこなしている最中だ。ギルドの危険度判定はC。すでにBランクである俺たちにとってはそれほど難しいものじゃない。
「でも油断ダメ、絶対」
「そうだな。アスガルの言うとおりだ。気を引き締めていこう」
「何かあったら、私がすぐ回復するからね!」
俺の体に緊張が走る。それはみんなのいう緊張感とは明らかに違う。俺にとって重要なのはこの依頼でも魔物でもない。『災厄の芽』だ。そう俺が名付けて勝手に呼んでいるんだが、放置すれば大きな災いに成長してしまう厄介な問題だった。
「見てくれ。あそこにドアみたいなのがあるぞ?」
クリスがふと足を止めた。指先を目で追うと、確かに少し離れた場所に古びた扉があった。それはごつごつした岩壁に半ば埋もれるように存在している。俺の背筋がひやりとした。
「ほんとだ。小さくてかわいい!」
そんなことを言いながら、リルケが突然近づこうとする。俺はあわててそれを止めた。
「クリス、リルケを頼む。俺がちょっと見てくる」
「あ、うん――って、イード、君だって危ないかもしれないだろ!」
「そうそう、私なら何かあってもすぐ回復できるし!」
「オレ、盾、なるぞ!」
「いいからお前らは来んな! これは俺の役目だろ!」
そう言い放って俺はドアのところまで走る。危険がないことは『知っていた』。近づいてよく見てみる。――間違いない、このドアだ。
俺が魔法の勉強をしながら最低限の盗賊の技術も学ぶというメチャクチャなスケジュールをこなして来たのもこういうときのため。何かあったときにいち早く対処できる立場になれるからだった。
「お前らはそこから動くなよ!」
俺はもう一度釘を刺してから、ドアに向き直る。罠を調べるようなふりはするが、この扉には罠なんかない。開ければ中には小さな部屋があり、そこにある花瓶のようなアーティファクトから、今回調査依頼対象となっている魔物が出てきているのだ。そしてそのアーティファクトを後ろの三人――特にリルケに見せるわけにはいかなかった。絶対に。
俺はドアを開けると同時に部屋の中に杖を向け、用意していた魔法を解き放った。




