7.現地調査 ※マルクス視点
ケイの見送りを背に、移動陣へと足を踏み入れる。何とも言えない浮遊感と風を感じて目を開けば、そこはもう森の中だった。
当然ながら、振り返ってももうケイの姿はない。それを残念に思う間もなく、俺たちは移動を開始した。
あれからもう数日が経った。移動と戦闘を繰り返しながら、俺たちは先を急いでいる。
ナワバリはもうとっくに抜けた。今は他の種族のナワバリだが、俺たちがトラだとわかっているから襲ってくる獣人はいない。
だが、ナワバリから離れれば離れるほど、魔獣たちの数は多くなるばかりだった。
「とっとと帰りてぇってのに……!」
ザンと目の前の敵を切り伏せて、剣を振り払う。目に入る範囲ではこれが最後の一匹だな。
王都から離れれば離れるほど、敵の数が増えてきた。無駄に多すぎて、進む速度が明らかに落ちている。魔王の影響がもうこんなところまで出ているんだろうか。だとすれば、事態は思っていたよりも深刻かもしれない。
とはいえ、元々調査なんて細かいことは向いてない。俺に限らず、トラは一族としてそういうものだ。戦うことは好きだが、手ごたえがない敵ばかりだとむしろ鬱憤が溜まる。早く終わらせて帰りたかった。
俺の言葉に、連れてきた仲間たちは何故かニヤニヤと笑い始めた。
「ボスってば、いったいどこに帰る気なんだろね?」
「最近は全然ナワバリに帰ってこない癖にな」
思わず眉間に力が入る。だが、こいつらは止まらない。
「神子様は随分と愛らしい方でしたね」
「そういえば、ライナーとアルヴェルは爪切ってたな」
「身支度の手伝いしたからね。神子様ってばずっと真っ赤になって震えててさ。ほんと可愛かった」
ああ、ケイを街に連れ出した時か。本当なら俺がやりたかったが、ケイはまだ俺を怖がってるようだから、しぶしぶ頼んだんだ。
ケイに触れるんだ。傷つけないことが必須にして最低条件。爪の鋭い者には任せられない。だが、トラにとって爪は武器の一つ。短く揃えている者なんていない。それでも、「神子のために」って言ったら躊躇いなく切ってきたライナーとアルヴェルは、よほどケイに会いたかったんだろう。
「神子様、つるつるだったよね」
「俺たちとは全然違うよな。小さいし細いし、どんなメスよりいい匂いがする」
「ライナー、アルヴェル」
が、これは流石にいただけない。咎めるように名前を呼べば、二人はぱっと口を覆った。
このお喋りどもめ。やっぱり他人に任せるんじゃなかった。
だが二人の言うことの中には同意できるものもある。「小さいし細い」というやつだ。
ケイはどれだけ食わせても、全然身につかない。それどころか、俺たちの半分も食ってないくせに腹いっぱいだという。体格の差を考えれば、いや、差があるからこそ、食わないとでかくならないと思うんだが。
「俺は大人だ!!」
なんて全力で言われてしまった。だが、あの時あの場にいた全員が、ケイの言葉を信じていないと思う。それくらい、あいつは小さくて細かった。
だからだろうか。かつてないほど、庇護欲を掻き立てられるのは。
あいつがこの世界に来た時。俺たちを見て、顔を真っ青に染めた姿が忘れられない。
ああ……俺たちは、こんなにもか細い者に頼らなければいけないのか。
漠然とそう思ったことを、はっきりと覚えている。これほどまでに自分を不甲斐なく思ったのも、他人に対して申し訳なく思ったのも、生まれて初めてのことだった。
これは罪悪感なのだろうか。それとも、全然違うものなのか。俺にだってわからない。
ただ気が付けば様子を見に行ってしまうし、あれもこれもと与えてしまう。誰に笑われようとも、ケイはその身一つでこの世界に来たんだ。せめて不自由のないように過ごしてもらいたい、と思うのは普通の事だと俺は思う。
そう。快適に過ごしてくれれば、それだけでいい。できれば笑顔で過ごした上で、この世界を好きになってくれれば最高だ。
神子として召喚された男なのはわかっている。それでも、この男に戦いは似合わない。好きなものに囲まれて、呑気に笑って、心穏やかに過ごしてほしい。
ケイを戦場に連れて行くことだけは、何としても避けなくてはいけないんだ。
意図していなかったとはいえ、すでに一度巻き込んでしまった。が、二度目はない。
ナワバリはともかく、世界を守るなんて俺には過ぎたる役目だろうが……ケイが背負わされることになるものを少しでも軽くできるなら、いくらでもこの身を使ってやろうと思っている。
肝心のケイがどう思っているかは謎だがな。まぁ、自分で護符を作ると言い出したらしいし、なにもわかっていないわけではないのだろう。
服越しに、首から下げた「お守り」とやらを握りしめる。俺は鑑定スキルは持っていないから、タカのいうことが本当かどうかもわからない。ただ、見たことのないものだったからこそ、ケイが作ったのだと信じられた。
ケイが自ら作ったというだけで、俺にとってはどんな財宝よりも価値がある。
「ボスってば、すっかり恋する目をしちゃってまぁ」
「ああ?」
「うちのメスが見たら、幻滅しそうだよな」
ハッ。あんなやつらにどう思われようと、俺には関係ない。メスは大事だとわかっているが、だからといって特別な興味はなかった。
今日連れてきたのは、合計4人。ライナー、アルヴェルのほかに、ホルスト、エルストの兄弟もいる。群れの中でも年齢が近く、俺にも気軽に接してくる奴らだ。
今回はお守りの効果もわからず、何日出ることになるかもわからない。だからこそこき使える奴らを連れてきたわけだが、もう少し静かなやつらにすればよかった。後悔してももう遅いが。
「無駄口叩いてねぇで、集中しろ。くるぞ」
俺の言葉で全員が気を引き締める。と同時に、再び魔獣たちが襲い掛かってきた。
剣を振り下ろせば、それだけで目の前にいたやつらが血を吹き出して倒れていく。それだけじゃない。切断面から溢れてくる黒いものは呪いだ。いつもなら俺たちの方に飛び掛かってくるんだが、今は空中に溶けるように消えていった。
「神子様の加護、ほんとすごいっすね」
すぐ近くから聞こえてきたホルストの驚きの声に、反射的に首から下げたお守りとやらを握りしめた。
ケイが護符を作り始めた時、どうせうまくいかないと思っていた。何せ神子に関しては記録がほとんど残っていない。やり方もわからないものを作るなんて無理だろう、と。そう思っていた。
だが、予想は見事に裏切られた。これは素晴らしいものだ。これなら俺たちは何も気にせず戦える。
「我々まで守ってくださるんですね」
「タカのやつがエリア効果が付いてるって言ってたな」
「わーお」
普通、こういう魔法道具は装備者にのみ効果が発揮されるものだ。それ以外のものなんて見たことねぇ。魔法だとしても、エリア効果、つまりは広範囲に影響を与える魔法は高度すぎて、準備からして大変な上に使える者も限られている。
なのにケイは、誰に習うでもなくとんでもないものを作って見せた。眉唾物でもなんでもない。効果は見た通りだ。俺が倒した魔獣だけじゃなく、散り散りになって戦う仲間たちの倒した魔獣の呪いも、すべて空へと消えていった。
すでに何度この効果に助けられたことだろう。これならばケイの願い通り、全員で無事に帰ることができそうだ。
そう思った時だった。
遠くから、遠吠えのような雄叫びが聞こえてきた。
「なんだ?」
空気が変わった。反射的に地面を大きく蹴って近くの木に飛び乗り、叫びの聞こえた方角を確認する。
そして思わず舌打ちしてしまった。
「チッ」
別の群れか? かなり多い。
これはまずいな。今の場所で戦闘を続けたら挟み撃ちになりかねない。数が数なだけに、囲まれると危険だ。
考えたのは一瞬。木から飛び降りて地面に戻り、
「エルスト」
「は……うおっと!?」
「貸す。俺は別の群れを片付けてくる」
ケイにもらったお守りを投げ渡せば、エルストは大きく目を見開いた。
「いや、あんた、これがないと呪われるでしょうが!」
「俺はもつ。お前らのほうがもたないだろ」
あれくらいの数なら、ギリギリかもしれないが耐えられるはずだ。量も問題ない。俺一人でも十分だろう。
だがこいつらは無理だ。それだけの量がここにいる。囲まれる前に、手分けするのが最善だった。
俺の言い分に、エルストは何かを言いたそうな顔をしたが、
「それは俺のだ。絶対に返せ」
そう言い捨てて走り出せば、すぐに姿も見えなくなった。
周囲の邪魔になる魔獣たちを切り伏せながら、先へと急ぐ。ある程度の距離までは呪いは消えていたが、戦闘の騒ぎも聞こえなくなる頃にはさすがに効果が切れた。十分に広すぎる距離だ。ケイは本当にいい神子だな。
ここからは時間と気合の勝負。啖呵は切ったものの、長くもつわけじゃない。不安そうな顔で「無事に帰ってきて」と告げたケイの願いを叶えるためにも、早く終わらせて帰らなくては。
とりあえずこの戦闘が終わったら、一度戻るのもいいかもしれない。他の奴らもそろそろ戻ってきてるだろう。俺だけ苦戦していると思われるのも癪だしな。そうだ、そうしよう。
ケイに会えると思えば、やる気も沸いてくる。先ほど確認した場所は、もう少し先だ。急いで森を駆け抜けた俺は……
確認した時以上に集まった魔獣たちに、思わず絶句してしまった。
「……なんだ、これは……」
おかしい。先ほど見た時は、絶対にこんなにいなかった。
それに今までよりも巨大化していないか? やはり何かが起きているのだろうか。
疑問は今は頭の隅に追いやって、剣を握りしめる。俺は魔法はそこまで得意ではない。ワシなら辺り一帯を炎の海にするんだろうが、俺は血の海を築いてやろうじゃないか。
近場にいたやつから切り伏せると、聞き苦しい断末魔が上がる。その声のせいで俺に気付いた者たちが、一斉に襲い掛かってきた。
後はもう、無心で切り捨てていくだけだ。




