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第5話 浅羽静奈も俺の後輩になった

 俺のアルバイト先は、家からそれほど遠くないコンビニ「LAWDON」。


 そう、俺はそこで店員のアルバイトをしている、結構楽な仕事なんだよな。


 なぜオタクがアルバイトをするのかって……世間のイメージにあるような『車も家も持っていて、好感度MAXの妹がいる』ようなオタクばかりじゃない。


 俺はただの平凡で貧乏なオタクに過ぎないのだ。


 だから、アルバイトは手軽にお金を得るための数少ない手段となっている。




「いらっしゃいませ……あ、星野先輩!」


「こんばんは、静奈(しずな)


 コンビニに入ると、挨拶をしてきたのは一年間一緒に働いているアルバイト仲間の浅羽静奈(あさばしずな)だった。


 静奈はとてもおしとやかで大人しい女の子だ。礼儀正しく、親しみやすい性格でとても話しやすい。


 さらに、静奈はルックスもかなり良い。黒髪のボブカットに白いカチューシャをつけており、顔立ちも整っていて、色白の肌には一切の荒れが見当たらない。スタイルに関しても絶対に花宮に引けを取らないだろう。


 全体的には花宮みたいな学園のアイドル級の美人ってほどじゃないけど、それでも普通に可愛い部類だと思う。




 そうだ、静奈は前に話した俺のゲームの原画を担当してくれた後輩だ。


 絵の才能があるから、個人の依頼を受けてお金を稼ぐこともできるはずなのに、静奈は自分の絵の才能にあまり自信がなく、コンビニのアルバイトの方が彼女にとっては現実的だと言っていた。


 イラストレーターの競争は、俺が想像するよりもはるかに激しいようだ……。


 俺は店の小さな倉庫の隅にカバンを置き、自分ではちょっとダサいと思っている制服と帽子に着替え、少し身だしなみを整えてから仕事を始めた。


「今日は店にお客さん少ないね、静奈」


 店の中が妙に静かだったので、退屈しのぎに静奈とだらだら話し始めたんだ。


「うん、私がシフトに入ってから今まで、十数人しかお客さん来てないんですよ」


「そうなんだ……そういえば静奈は俺より一つ年下だよね」


「そうですよ。先輩、記憶力悪いですね。よく私の年齢のこと聞いてくるのに……」


「ごめんごめん、じゃあ高校生になったんだよね。どこの学校に受かったの?」


「あの……実は……」


「ん?」


 どうして急にもじもじし始めたんだろう。静奈は俺に答えるのをためらっているようだ。


 もしかして受験に失敗して、痛いところを突いてしまったのだろうか。


 しかし、その後に見せてくれた笑顔で俺の不安は吹き飛んだ。




「実は……私も冬ノ原学園に受かったんです。だから、これからは先輩の本当の後輩になります」


「それはすごいね!冬ノ原学園はこっちの地域でも進学率が結構高い学校だからね」


「えへへ……先輩、これからもよろしくお願いします」


 まさか静奈も冬ノ原学園に受かっていたとは。ここ最近校内で全然見かけなかったけど、いつか機会があったら、彼女に挨拶しに行こう。


 あ、でもそんなことしたら静奈のクラスメイトに誤解されないだろうか……




「そうだ、今日先輩が来るって分かってたから、クッキーを作ってきたんです。食べてみますか?」


「いいね、静奈の作ったクッキーか……なんか懐かしいな……」


「じゃあ先輩、ちょっと待っててくださいね。今カバンから取ってきますから」


 言い忘れていたが、静奈は料理の腕前も素晴らしい。以前運良く食べさせてもらったことがあるが、特に和食とスイーツは、外の店で食べるよりずっと美味しいと個人的には思っている。


 どう見ても良妻賢母タイプの女の子じゃないか!将来彼女をお嫁さんにできる男は、本当に幸せ者だろう。


「どうぞ」


 しばらくして、静奈は可愛らしい小さな箱を持って俺の前に来た。


 今は仕事中だけど、お客さんがいない今のうちに少しサボっても大きな問題はないだろう……


 箱を開けると、空中に瞬く間にクッキーの香りが広がった。その中にはチョコレート、抹茶、そしてバニラの香りも混ざっていた。


 ……いろんな味があるんだな。


「しばらくクッキー作ってなかったから、自分で味見してなくて、どんな味かちょっと不安なんですけど……」


 彼女、クッキーの味が心配みたいだよな……このクッキーの見た目と香りを嗅ぐ限り、絶対に安心できるレベルだ。




「じゃあ、まず一つもらうよ」


 俺はチョコレートクッキーを口に運んだ。チョコの甘い味わいが口の中に瞬時に広がり、バターの濃厚な香りも鼻腔全体を満たした。


 このクッキーの味は絶品と言っても過言ではない。


「どうですか?」


「相変わらず美味しい」


「それなら安心しました。自分のクッキー作りの腕前、落ちてないか心配だったので……」


「そんなわけないよ。静奈の作る料理はいつも美味しいじゃないか。君が作ったお寿司がちょっと恋しくなってきたよ」


「先輩だけが、いつもこうして無条件に褒めてくださいますよね……最近、妹に腕前が落ちたって言われてしまって、ちょっと自分に自信がなくなっていました」


 静奈はそう言うと、苦笑いを浮かべた。


 でも、俺が彼女を褒めるのはお世辞でも何でもなく、心から彼女の料理の腕を認めているからだ。




蕾奈(レイナ)か?あの子、本当に贅沢な悩みを持ってるんだな……」


 静奈がその話題を出して思い出した。彼女の家には小学一年生の妹がいる。名前は浅羽蕾奈(あさばレイナ)


 蕾奈は静奈とは違い、とても元気なタイプの子だ。


 蕾奈もすごく可愛い子で、一緒に過ごすのはとても楽しい。俺には弟や妹がいないから、以前蕾奈と遊んだ時はすごく新鮮だった。


 それにしても、静奈は本当に自分の妹が好きなんだな……蕾奈の話をするといつもニコニコしている。


「また新しいレシピを研究しなきゃ……本当に頭が痛いです。蕾奈、最近のおかずに飽きちゃったみたいで……あ、いらっしゃいませ」


「いらっしゃいませ」


 店にたくさんのお客さんが入ってきたため、俺たちの会話はそこで途切れることとなった。


 ※  ※  ※


 なんだか、今夜は前よりもずっと寒い。もう春だっていうのに。


 少し前まで夏休みだったのに、最近急に気温が下がり、少し不意を突かれた気分だ。


 天気予報によると、寒波が東京都全体を覆っているらしい……


 コンビニのドアを出た瞬間、体が凍りつくかと思った。




「先輩、大丈夫ですか……」


「だだだ大丈夫、まだ耐えられる」


 この返答、どう見ても大丈夫そうじゃないな!歯がガチガチ鳴ってるし。


「もう、先輩はいつも強がってばかりです」


 静奈は立ち止まり、カバンの中で何かを探し始めた。


「先輩、中に服着てますか?」


「着てるよ、でも薄いの一着だけど……」


「良かった。これ、貼ってあげますね」


「え……ちょっと待って静奈、まだ心の準備が!」




 静奈はそっと俺の制服をめくり、四角い物体を俺の腹部に貼り付けた。


「よし、これで寒くなくなりますよ」


「これは?」


「カイロです。寒い時にすごく便利なんですよ。すぐに暖かくなりますから」


 カイロか……こんな便利なもの、今まで使ったことなかったな。やっぱり静奈は気が利く。こんなものを持ち歩いているなんて。


 ただ、静奈がずっと俺を見つめているのが気になる……もしかして何か悩みでもあるのだろうか?


「先輩、痩せすぎですよ……普段、きちんとお食事をされているのですか……?」


 もしかして、さっきカイロを貼ってくれた時に、こっそり俺の体を触ったのか!


 自分のスタイルがひどいのは認める。ろくに筋肉なんかついてないのは認めるけど……でも、「痩せすぎ」って言われるほどじゃないはずだ。


「家では面倒くさがりだから、あんまり料理したくなくてね、あはは……」


 実は、別にサボってるわけじゃなくて、そもそも料理なんて作れないんだ。


「それじゃダメですよ!先輩は毎晩遅くまでゲーム作ってるんでしょ?体をちゃんと休めないと、仕事中に倒れちゃいますよ!」


「そこまで危険じゃないでしょ!」


 静奈はすっかりお母さんのような態度で俺に説教をしている。普段の彼女は人と接する時、こんなに強気に出ることはないのに。


 でも倒れるのはさすがに怖すぎる。コンビニの食べ物でも多少はエネルギーを補給できるし、それに夜食を食べる習慣もあるし。


 あ、もし静奈に夜食を食べてるって言ったら、間違いなく「また夜食食べてるの」って怒られるな。




「あの……いつか時間がある時、先輩のお家に行ってもいいですか?」


「え、俺の家?」


 静奈は以前、俺の家に何度か来たことがある……でも、毎回掃除や料理を手伝ってくれるだけだから、彼女を俺の家に呼ぶのは少し気が引けていた。


 家主としてもてなすどころか、逆にお客さんに負担をかけてしまうなんて、俺もそんなことは望んでいない。


 でも……静奈が「家に行きたい」と言った時、彼女は顔を赤らめることもなく平然としていた。普段あんなに恥ずかしがり屋なのに、俺の前でこんな大胆なことを言えるなんて……。


 もしこれが花宮だったら……。


 ん?どうして急に花宮のことを思い出したんだろう。


 ダメだ!女の子と話している時に別の女の子のことを考えるなんて天罰が下る!


「先輩……ダメですか……?」


 どうやら静奈はとても切実に答えを求めているらしく、体が俺の目の前まで近づいていた。


 そんな目で見つめられたって、さすがにそのお願いには応じるわけにはいかないんだよな……


「じゃあ、もう一歩譲って、週末に蕾奈も連れてくるならどうですか?」


 それって譲歩になってないだろ!蕾奈のことは好きだけど、連れてきたら君の負担がさらに増えるだけじゃないか!


「はぁ……君には敵わないな。週末、迷惑かけちゃうけどお願いしてもいいかな?」


「はい、先輩さえ時間が空いていれば。私は毎日暇ですから」


 深夜の時間帯を除けば、実は俺も毎日結構暇なんだよな。


「それに、私が先輩の手伝いをしたいだけですから、全然迷惑だなんて思ってません。先輩、どうか気にしないでください」


 静奈、君にそう言われると逆に気になっちゃうよ……。


「早く休んでね、先輩。私も帰って蕾奈の世話をしないと。また学校で会いましょう」


「うん、静奈も気を付けてね」




 彼女の遠ざかる背中を見つめながら、俺は深くため息をついた。


 静奈……本当に世話焼きだな……


 世話焼きな後輩がいるのって、果たして良いことなのか悪いことなのか。


 普通の人なら間違いなく良いことだと思うだろう。涼が知ったら「なんて贅沢な悩みだ」とでも言うだろうな。


 静奈も冬ノ原学園に受かったし……これからは彼女と関わる機会ももっと増えるだろう……


 カイロの効果が出てきたようで、腹部から発生した熱が徐々に全身を温めていった。


 もしこのカイロがなかったら、今日はお金を払ってタクシーで帰るしかなかったな。


 家に帰ったら何をしようか……


 今日は……少し部屋の掃除をして、片付けでもしようかな。


 早めに終わらせておけば、週末に静奈が来た時の負担も減らせるし……


 うん、そうしよう。

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