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第3話 放課後の想定外(2)

 事態が急にこんな風に変わり、さっきまであんなに冷静だった俺ですら混乱した。


 彼女は再び俺に近づいてきた。今度は俺が立っていたため、花宮は一生懸命背伸びをして、困惑している俺を見つめた。


 今の彼女の顔は熟れたリンゴのように赤く、肩も微かに震えていた。


「今……なんて言った?」


 今の俺、花宮の言ったこと、聞き間違えたんじゃないかってずっと思ってた。


「わ!た!し!が!あ!な!た!を!指!導!す!る!の!よく聞こえた!?星野くん!私、すごい決心をして今の言葉を言ったんだからね!同じ言葉を繰り返すのはすごく恥ずかしいんだから……」


 花宮の声はさっきよりも明らかに高くなっていて、一言一句、とてもはっきりと先ほどの言葉を繰り返した。


 これで確信した。自分は夢を見ているわけじゃない。


「待って待って待って、俺はもう小学生じゃないんだから、誰かに指導してもらう必要なんてないし……」


「でも、誰かが管理してないと、あなたどうせ授業中ゲームしかしないでしょ?」


「待って、俺がゲーム機を持ってきてること、なんで知ってるんだ……」


 くそっ、うまく隠していたつもりだった秘密が、まさか目の前の生徒会長にとっくに見破られていた。


 生徒会の情報網を甘く見ていたか……




「実は今日知ったばかりなの。授業中ずっと下を向いてるのを見れば、まともなことしてないってすぐにわかるわよ」


「そこまで観察してたのか……え?授業中ずっと俺のこと見てたの……痛っ!」


 また丸めた本で頭をはたかれた。今日俺の頭、結構殴られてる気がする。


 もちろん、花宮の力じゃただ優しく叩いてるだけだし、実際は全然痛くなかった。


「バカバカバカ!誰がずっとあなたのこと見てるのよ!ただ……そう!ただふと目に入っただけ!」


 花宮さん、なんでそんなに感情的になってるの。全然俺の目を見てないよ?


 そう言いたかったが、そんなことをしたら絶対に殴られるだろう。


 ……彼女を怒らせたら、生徒会長の権力を行使して俺を退学にすることだって不可能じゃない。


 ダメだ! 俺はまだこの学校で卒業したいんだよ! そんなの絶対にダメだ!




「もう……なんで私からわざわざあなたに話しかけようとしちゃったんだろう……」


 彼女の泣きそうな顔を見ると、俺が想像してた生徒会長とは全然違うなあ……


「わ、わかった……俺がバカだった。だから、尊敬する生徒会長様、一体どうやって俺を指導するつもりですか?」


 まさか放課後残って二人きりで指導する気じゃないだろうな。そんな雰囲気、絶対おかしいだろ!


 それに、俺は毎日放課後、さっさと家に帰って涼とゲームがしたいんだよ!こんなくだらない勉強に無駄な時間を使いたくない!


「むむむ……」




 その時、彼女が自分の鞄を手に提げていることに気づいた。そして、それを俺の隣の席にドンッと置いた。


 え?それってどういう意味……?




「今から私があなたの隣の席よ。これからよろしく……」


「え?隣の席!?」




 花宮が俺の隣に座りたい?


「ちょっと反応しなさいよ……バカ……」


 俺の頭は今、ぐるぐる回っている。花宮の『好意』、受け入れていいものかどうか、マジで悩んでる。


 この学校で、花宮紗由と隣の席になりたくない男子なんてほとんどいない。


 特に彼女が好きな奴にとっては、こんなチャンスはまさに天からの贈り物だ。


 でも、俺は花宮に干渉されたくない。自由に、誰にも縛られずに生きる——それが俺だから。


「断ってもいい?」


「じゃあゲーム機のこと……」


「すみません俺が悪かったです生徒会長、それだけは絶対にやめてください!お願いします!」


「そんなにビビらなくてもいいのに、()()()…… 」


 え、今、笑ったよな!


 俺が土下座する惨めな姿を見て笑うなんて、この女恐ろしい……


「学校には報告しないわよ。私、そこまで鬼じゃないし」


「ふぅ、助かった……」


 花宮のイメージが一気に大きくなった。人への印象が変わるのって、たった一瞬でいいんだな?


「実はね、星野くんにお願いしたいことがあるの」


「俺にお願い?」


 俺にこの生徒会長の助けになれることなんてあるのかよ……


 あ、さっきのハンコ押しは別な。あんなの、体がちゃんと動く奴なら誰でもできるだろ……


「そう。それに、あなたにしかできないことなの」


 彼女は俺に向かってにっこりと笑った。


「俺にしか?」


 これでさらにわけがわからなくなった。一体何が『俺』にしかできない重要なことなんだ……超能力でも持ってるわけじゃないのに。




「星野くん、去年、東京ゲーム制作コンテストで新人賞を獲ったんだって……?」


「そうだけど……って、ちょっと待って! なんでそんなこと知ってる!」


「まあ……そのこと、学校中で噂になってたわよ。不真面目で成績の悪いオタク男子が、東京ゲーム制作コンテストの新人賞を取ったって」


 クラスメイトの目には俺ってそんなイメージなのか……まあ間違ってはないけど……


「その後、生徒の書類を調べて、大体あなただって特定したの」


 花宮……その犯罪の容疑者を調べるみたいな言い方、本当に誤解を招くから……


 去年のことか……


 去年の東京ゲーム制作コンテストで、自分の初めての美少女ゲームの処女作で見事高校生部門の新人賞を受賞した。


 シナリオ、プログラミング、制作のほとんどは俺一人でこなし、音楽部分は高校に入って知り合ったばかりの涼に任せ、原画部分は一つ年下の後輩の女の子にお願いした。


 後輩と言っても、以前同じ中学校に通っていたわけではなく、ただのバイト仲間だ。


 そう考えると彼女ももう中学校を卒業したはずだ。今度会ったら、あの子がどこ高校に受かったか聞いてみるか。


 その作品は俺の処女作だったが、シナリオの構想自体は中学二年生の頃からすでに練っていた。


 俺は準備不足の戦いをするのが得意ではないので、事前の準備にはかなり時間をかけた。




 物語については、戦乙女ブリュンヒルデが神王オーディンによって人間界に落とされた後、高校に通う主人公と出会って恋に落ち、最後に再び神々に反逆し、二人がお互いを救い合うという物語。


 いやあ、今考えると本当に中二病だな……これは当時『ニーベルングの指環』を読んで得たインスピレーションだったが、まさかちゃんと美少女ゲームを作って新人賞が取れるなんてな。


 もちろん、これは俺が小さい頃から美少女ゲームが好きだったことと密接に関係している。


 小学生の頃からこういったアニメやゲームに触れ始め、徐々にこの種の文化を知っていくうちに、もう止まらなくなっちゃった。


 その反面、俺は自分の成績には全く無関心になり、時間はシナリオの構想やゲーム制作に費やされるようになった。


 どうせ卒業さえできれば、自分の状況はそれほど致命的ではないし。


 まあ、これが俗に言う『得るものがあれば失うものがある』ってやつだな……




「だから今回あなたに会いに来たのは、取引をしたいからなの」


「取引?」


「ええ。私があなたの隣の席になって勉強を教えるわ。でもその代わりに、私は……」


「……えっ?」




「私は……あなたの次のゲームのヒロインになりたい!」




 最後に彼女は俺に向かって深々とお辞儀をした。俺は彼女の今の行動に驚き呆れて見ていた。


 え?


 その瞬間、教室の空気がピタリと止まり、不気味なほど静まり返った。


 もしこのとき、窓の外の誰かがたまたま見てたら、きっと告白の現場だと勘違いするだろうな……


 しかし、その静寂はすぐに俺の声によって破られた。


「は!?」


 教室中に俺の驚きの声が響き渡り、花宮も明らかにビクッとした。


「なんでそんなに大声出すのよ、星野くん。私を驚かせて死なせる気?!」


「それはこっちのセリフだよ。突然俺のゲームのヒロインになりたいだなんて……」


 …… 色々なお願いを想像していたが、花宮からそんなお願いをされるとは夢にも思わなかった。


 俺のゲームのヒロインになるって、どういう意味だ……


「あのね……私、確かに変だよね……星野くん……何千人もの前で演説した時だって一度も緊張したことなかったのに、さっきの言葉を言った後は死ぬほど緊張してる……」


「見てわかるよ。さっき俺をバカって罵った時よりも顔が赤いし」


「バカ……そういうところだけは観察力鋭いんだから……」


 花宮は自分の髪をいじり、数分経っても顔の潮紅は引かなかった。


「あのさ……俺のゲームのヒロインになる話は一旦置いといて。花宮さん、本当に美少女ゲームやったことあるの……?」




 クラスのみんなから見れば、毎日真面目に勉強してる超自律的な優等生・花宮紗由。そんな彼女が美少女ゲームに興味を持つはずもなく、ましてやプレイするなんて考えられない。


 花宮がゲームしてる姿、まったく想像できない……


「あ、あるわよ…… ほ、ほらっ!」


 彼女は鞄を開け、中から二つのゲームを取り出した。


 パッケージにはそれぞれ違う雰囲気の美少女が描かれており、間違いなく美少女ゲームだ。


 それにこの二つのゲームは、どちらも業界では有名な作品で、俺が中学生の頃にはもう知ってた。


 でも……


「花宮さん、これ実はR18のゲームなんだけど、本当にやったことあるの?」


「えっえっ……R、R18って?」


 ヤバい、こいつゲームをやったことがないどころか、R18の意味すら知らないのか……


「別の言い方をすると、18歳未満禁止ってことはわかるよね。もし興味があるならパッケージの裏を見てみなよ」


 花宮が興味津々でパッケージの裏を見る。ことわざにも言うだろう、好奇心は猫を殺すって。彼女が裏を見終わったその瞬間、俺は悟った――


 ――また彼女に殴られる。




「バカバカ!なんでこんな卑猥なものが描いてあるのよ!!バカ!」


「……俺が悪かった、俺が悪かった。裏を見ろなんてそそのかすんじゃなかった。俺のせいです本当にごめんなさい!」


「うぅぅぅ……もし誰かに、私がこんなイケナイものを見たってバレたら……私、どうやって説明すればいいのよ……」


 花宮は両手で自分の顔を覆い、それからずっと何度もぶつぶつ言ってる。


 よーく見てみると、彼女の目じりに、なんか涙がにじんでる気がするんだけど……


 ……確かにやりすぎたな。


「わざわざゲームを二つも準備してくるなんて、準備万端だったんだね。でも、なんでそんなに俺のゲームのヒロインになりたいの?今までの俺のゲームに出てくるキャラ設定は、全部自分の想像で作ってきたんだけど」


「でも……」


 今の花宮はまるでいじめられた小動物のように、机に突っ伏して横を向いて俺を見つめていた。




「私……一度くらい反抗してみたいの」


「……反抗?」


「ええ、そう、反抗。星野くんにはなかなか理解しづらいよね」


 花宮の気持ちは次第に落ち着きを取り戻し、話す声も最初の状態に戻った。


 反抗か……


「もしかして、ご両親のこととか……?」


「……そんなに私のこと、気遣わなくてもいいから」


 彼女はわざとその質問を避けた。どうやら本当に、彼女のご両親が関係しているみたいだ。


 花宮は目を半開きにして机に突っ伏し、目の前の二つのゲームを見つめていた。思考が遠くへ飛んでいっているようだ。




 親か……


 俺が高校に入学して以来、両親は別の都市へ出稼ぎに行っていて、一年に数回しか会えない。


 会っても毎回少し挨拶を交わすだけで終わる。関係は特別良いとは言えないが、決して悪いわけではない。


 少なくとも、うちの親は仕事先の地元の土産をちょっと持ってきてくれるけどな……




「俺のゲームのヒロインになることが、反抗になるのか?」


「……多分ね」


 彼女は苦笑いし、机の上のゲームを手に取り、パッケージのヒロインを羨ましそうに見つめた。


「でも、今はまだ私の秘密は教えられない」


「そうか……」


 たぶん悲しい過去があるんだろうな、と心の中で思った。


「だからね……星野くん……」




 彼女は再び立ち上がり、俺の心を溶かすような、まるで美少女ゲームのヒロインのような笑顔を俺に向けた——


「——私、あなたのヒロインになってもいいかな?」


 もし今の状況が、桜が舞い散る木の下や、遊園地のまばゆい花火の下だったなら、俺は本当に彼女にときめいていただろう……それくらい、美少女ゲームのイラストと全く同じだった!




 俺も立ち上がって、腰に手を当てて、心のザワつきを必死に隠した。


「そこまで言われちゃ、断るわけにはいかないな。それに、これって俺たち両方にメリットがあるだろ?」


「本当……? 星野くん、私のこと…… 本当に手伝ってくれるの……」


「ああ……俺にできることはなんでもやるよ。今のところ、どこで役に立てるのかよくわかんないけど……でも生徒会長様のお願い、無視するわけにはいかないだろ」


「じゃあ、これからよろしくね、星野くん」


「あんまり厳しくしないでくださいよ、生徒会長様~」


「……『様』って付けないで、むむむ……」


「ごめん、冗談だよ、花宮さん」


「まあ、それでいいわ。じゃあ、先に帰るね、星野くん。また明日~」


 俺は花宮が去っていくのを見送り、その後大きく息を吐きながら椅子に座り込んだ。


 なんだか……花宮のことが少しわかったような気がする。他の人から見れば超優等生で美少女の彼女も、俺たちみたいな一般人と同じように長年抱えている悩みがあるのか……


 新学期の初日にこんなことが起きるとは……幸運というべきか、不運というべきか……他の人から見ればどう考えても幸運だろう。


 明日には絶対、他の男子から恨まれるだろうな。もちろん、女子からかもしれない。


 新聞部もたぶん、俺と彼女が隣の席になったことを学校のトップニュースとして大々的に宣伝するだろう。


 ただ、彼女を俺のゲームのヒロインにするために、一体何をすればいいんだろう。すごく悩むな……


 あ、そういえば……


「涼との賭け、負けたな。あいつに飯おごらなきゃ。くそっ」


 涼って野郎に飯をおごることを考えると、なんだかすごく嫌な気分だ。


 むしろ、宝くじに当たる確率の方が、花宮と隣の席になる確率より高いんじゃないか。もちろん俺の視点から見ての話だが。


「疲れた……明日、花宮にどんな顔して会えばいいんだろ……」




 本来なら決して交わるはずのなかった二人。こうして、俺と彼女の物語を始めた。

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