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第2話 放課後の想定外(1)

「チッ、また赤点か……」


 もうすぐ放課後という時間、俺は憂鬱な気分で手元のテスト用紙を見つめ、首を傾げながら自分の髪を引っ掻き回していた。


 この点数は予想の範囲内だったとはいえ、『不合格』という大きな三文字が答案用紙に堂々と書かれているのを見ると、やっぱり気分のいいものではない。


「見せて……うわ、やっぱり……」


 前の席に座っていた涼が振り返り、あっさりと俺の成績を見た。その強烈な三文字を目にして、彼も一瞬で言葉を失った。


「……仕方ない、一夜漬けじゃこんな点数になるのが当たり前だ。むしろ、今回のテストに受かるなんてこれっぽっちも思ってなかったし」


「自分を慰めるのが上手いな。これやるよ。俺はちょっと用事があるから先に帰るわ。あんまり落ち込むなよ~」


 そう言うと、彼はどこからか缶コーヒーを取り出して俺の机に置き、そのまま教室を出て行った。


 慰めようと思ってわざわざコーヒーを買ってくれたのか。しかも俺がいつも買っている銘柄だ。あいつ……




『カシュッ』という蓋を開ける音とともに、俺は缶コーヒーを一気に飲み干す、気分も一気にスッキリした。


 軽く息を吐いた後、俺は鞄から携帯ゲーム機を取り出そうとする。始業テストで失敗した苛立ちを、この方法で忘れよう。


 どうせ教室には誰もいないし、急いで帰る必要もない。ここで少しゲームをしていくのも悪くない……だろ?


 教室に誰もいないと思っていたその時、あの生徒会長の後ろ姿が俺の視界に入ってきた。


 分厚い書類の束が小山のように彼女の机の上に積まれている。どうやら書類を整理しているようで、俺の存在には気づいていないらしい。こうして見ると、生徒会長って本当に大変なんだな。


 でも……学校に専用の生徒会室はないのか?それとも、あそこにいるのが好きじゃないとか?


 まあ、そんなことは俺が心配することじゃない。


 ただ、女の子があんなに分厚い書類の束を整理してるのを見ると、無意識に『手伝ってあげたい』って思っちゃうよな。特に……今、二人きりだし。




 今の状況は、まるで美少女ゲームで目の前に『二つの選択肢』が現れたかのようだ。


 ……しかも、今の状況は明らかに重要な選択肢!もし成功すれば、好感度が上がったりするかもしれない。


 この生徒会長と関わってもろくなことにならないとわかっているのに、なぜ今こんな妄想を脳内で繰り広げているんだ。


 止まれ、俺の頭!


 葛藤しているうちに、今朝の涼との賭けを思い出した。


 あ、ダメだダメだ。涼と賭けしたんだった。もし花宮と関わっちまったら、あいつに飯おごらなきゃならねえ。危うく罠に引っかかるとこだった!


 ひょっとしたら、涼が暗い隅っこでこっそり監視してて、俺が声かけようとした瞬間に飛び出してきて、『ほーら見ろこのエロガッパ、我慢できなかったか? さっさと飯おごれよ』とか小馬鹿にした笑顔で言ってくるかもしれない。


 ふぅ、行動に移さなくてよかった。 やっぱりゲームを続けよう。


 だが、携帯ゲーム機を取り出す前に、細くて白い手が俺の手首を押さえた。


 はっとして顔を上げると、あの生徒会長が俺を見下ろしていた。その端整で綺麗な顔にはほんのり赤みが差してる。




「あなた、星野くんだよね?」


「あ……どうしたの……」


「えっと……」




 まさか、花宮との初めての会話はこんなにも早く来るとは。


 彼女は俺の手首を押さえていた手を離し、視線を横に逸らした。


 あれれ?この生徒会長、想像していたよりも……恥ずかしがり屋?


 記憶が混乱しているのか……俺の印象では、彼女はもっと厳格で真面目なタイプだったはずなのに……


「星野くん、今回の始業テスト、赤点だったでしょ?」


 たぶん、見間違いかな……


 数秒の沈黙の後、花宮はやけに真剣な顔で俺をじっと見つめてきた。


『なんで俺の成績を知ってるの』と口から出そうになったが、よく考えれば、彼女の権限ならクラス全員の成績を簡単に把握できるはずだった。


 成績が悪いからって、まさか生徒会長が直々にやって来るとは。意外とお節介なんだな。


「ああ、そうだよ」


 俺はわざと無関心を装い、ちょっと見下したような態度で、わざとらしく足を組んだ。


「……花宮さん、俺の成績のことであなたに気を使ってもらう必要はないと思うけど」


 俺は回りくどい言い方をするタイプの男ではないので、自分の本心を単刀直入に花宮に伝えた。


「お、お前……」


 彼女は眉をひそめ、色白の顔を先ほどよりもさらに赤く染めた。


 花宮がバンッと勢いよく机を叩いた。足を組んでいた俺はその行動に驚き、その後彼女は俺の顔の前に顔を近づけてきた。


 二人の距離はほんのわずかで、これによって俺は花宮紗由をさらに至近距離で観察する機会を得た。




 白いの長髪からはシャンプーの心安らぐ香りが漂い、細長いまつ毛の下にはサファイアのように明るい瞳がはめ込まれている。


 そして白くて滑らかな肌と、精巧で可愛らしい薄紅色の唇。そのどれもが、花宮紗由の普通の女の子を遥かに凌ぐほどの絶世の美貌を証明していた。


 これだけ追求者が多いのも無理はない。花宮紗由は正真正銘の美人だ。


 しかも今、怒ってる顔でさえ妙に可愛い。何に対して怒っているのかはわからないけど……


「はぁ……才能を別の所に使っちゃってるみたいね……」


「なんか言った?」


「なんでもない!あなた、今暇そうだから、ちょっと手伝って」


 えっ? 生徒会の他のやつら、まさかもうさっさと帰ったのかよ? あいつら普段いったい何やってんだ!


「俺、何すればいい?」


「簡単よ。私が書類を渡すから、あなたはただハンコを押すだけでいいの」


「へぇ……それなら確かに簡単だね。いやいや、なんで俺が手伝わなきゃいけないの!」


「だって、すごく暇そうだから」


 それだけの理由?まあ、確かにすごく暇なのは認めるし、この時間に教室にいるべきじゃないのも事実だ。もし助けを求めるとしたら、確かに俺しかいない。


 仕方ない。こんな美少女から自ら助けを求められたら、断れるわけがない。さっき『お説教』されたばかりだけど。




 俺は花宮の後について彼女の席に向かった。遠くからじゃよく見えなかったけど、近くで見ると、この生徒書類の束、めちゃくちゃ分厚くてびっくりだ。


 いくらできる生徒会長でも、一人でこれを全部終わらせるとなると、夜遅くまでかかるよなあ。


「あなたはそこに座っていてくれればいいから。」


「ああ、ありがとう」


 彼女が『どうぞ』と手で合図したので、俺は彼女の隣に座った。


「はい、持って。これハンコね」


「お……」


「それで、この位置にハンコを押すの。わかった?星野くん?」


「うんうん……」


 今の俺はまるで言いなりのロボットのようで、彼女が何か言うたびに頷いて『うんうん』と返事をした。


 こうして、俺たち二人は無言の連携で任務をこなしていった。幸い複雑な仕事ではなかったので、まあ順調だった。


 はぁ……本来ならこの時間はゲームをしているはずだったのに、なんで急に手伝いなんてしてるんだろう。


 それに、涼との賭けも……


 あいつ、どこかの隅っこでこの過程を全部盗み見してないだろうな……まさかな……




「どうしたの?ずっと後ろのドアの方をチラチラ見て……」


「なんでもないなんでもない。それにしても、生徒会の仕事って本当に多いんだね」


「今日が特別多いだけよ。だって始業の日だし、全校生徒の資料を整理しなきゃいけないの。ここにあるのはほんの一部で、家に帰ってからこれ全部を表にまとめなきゃいけないんだから」


「うわぁ、聞いてるだけで面倒くさそう。それ全部一人でやってるの?生徒会に手伝ってくれる人はいないの?」


 その言葉を聞いて、花宮は紙を渡す手を止めた。


「大きなお世話……」


「え?」


()――()――()――()!まずは手元の仕事を終わらせる!星野くん!」


「はいはい~」


 まさか生徒会、彼女一人だけ? ……いやいや、そんなわけないか。


 まあいい、とりあえず今の仕事を片付けよう。あんまり深く聞きすぎてもロクなことにならないし……




 そう考えていると、花宮が資料を渡す手をピタリと止めた。


「まさか彼女もここに来るなんて……」


「どうしたの、花宮さん?」


「……あ、ちょっとぼーっとしてただけ……はい、お願いします。」


 彼女がサインを終えてから、その資料を私に差し出した。




 大体一時間くらい経って、ようやく手元の仕事が終わった。その頃には外の夕暮れはとっくに暗い色に染まっていた。


 疲れた……ただハンコを押しただけなのに、一年分の運動をしたような気分だ。


「……お疲れ様。手伝ってくれてありがとう、星野くん」


「ふぅ、まさか始業の日に生徒会長に捕まって労働させられるとは思わなかったよ……」


「あなた……本当に使えないわね……」


 非常に使えなくて申し訳ありませんでした……


 しかし、目の前の作業が終わっても、花宮は帰る気配を見せない。彼女はずっと自分の鞄を見つめていて、まるで中に人に言えない秘密でもあるかのようだ。


 そして、彼女は横を向いて俺の方を見つめ、不意に先ほどの成績の話を持ち出した。


「あの……星野くん、あなたの成績がどれほどひどいか分かっているの?」


「ぜひ詳しく聞かせてくれ。」


「クラスで始業テストの合計点が赤点だったのはあなた一人だけよ。このままじゃ無事に卒業できないわよ」


 その言葉を聞いて、さすがの俺も事の重大さに気づいた。


 でも……なんで花宮はこんなお節介を焼くんだ?そこが理解できない。


「そこまで俺の心配をしてくれるの?花宮さん」


「どどどど……どこが心配してるのよバカ!私はクラスのためを思って言ってるの!生徒会長として、自分のクラスの生徒が無事に卒業できないのを見たくないだけ!」


 花宮の反応は、俺が想像していたよりもはるかに強烈だった。


 これまで彼女の性格なんてまったく知らなかったけど、想像していたあの冷たくて近寄りがたいイメージとはまるで違う。


 今の花宮は、完全にただの普通の女の子だった。生徒会長のオーラなんてゼロ。ちょっとからかってやっただけで、顔の赤みがもう耳の根元まで広がってる。




 可愛い……


 このほんのり頬を膨らませた表情、反則すぎるだろ! 今まで美少女ゲームの中でしか、こんな可愛い表情は見たことなかったのに……


 あ、ダメだダメだ。気にする方向が間違ってる!


 これ以上からかうのはやめた。そういう手段は、親友――つまり加藤涼にしか使い慣れてないからな。


 目の前の生徒会長を怒らせたら、たぶん、ろくな結果にならないだろう。




「はいはいわかりましたよ、生徒会長様。真面目に勉強すればいいんでしょ?」


「あなた……本当に真面目に勉強する気あるの……」


「たぶん」


 俺の答えはもちろん花宮を満足させられない。


「たぶんって……その答え、全然当てにならないじゃない!もう……」


 花宮はその場に立ち尽くして考え込むように、時折「()()()」と声を漏らした。


 俺は苦笑いをした。どうやら目の前の生徒会長は、もう俺に対してお手上げ状態らしい。


 もう少し時間を稼げば、自由にしてくれるかもしれない。


 今の状況は、まだ自分の計画通りに進んでいる。


「俺はもう鞄の整理をするよ、遅いし帰らないと。花宮さんも早く帰った方がいいよ~」


 俺は自分の席に戻り、整理しながらも時折花宮の一挙手一投足に注意を払っていた。


 どうやら花宮は、これ以上俺に説教するのを諦めたみたいだな……


 鞄を背負って帰ろうとした矢先、再び顔を上げると、鞄を提げた花宮が俺の視界に入ってきた。


「どうしたの?」


 花宮は答えず、ただ静かに俺の前に立ち、視線を少しずつ下へ逸らしていった。


 先ほどの強気な感じはどこにもなくて、今彼女から感じられるのは緊張だけだ。その緊張の理由が俺にはわからない。




「あの……」


 どういうことだ?なんか雰囲気がおかしいぞ……


 花宮は自分の手を何度もこすり合わせていた。まるで緊張を和らげようとしているかのように。


 この動き、どう見てもアニメで女の子が男の子に告白するシーンみたいじゃないか……


 いやいや、絶対に考えすぎだ。星野翔太!相手は生徒会長だぞ!どうして俺みたいな人間を好きになるわけがない……


 でもでも……こいつなんでこんなに緊張してるんだよ。こっちまで少し緊張してきたじゃないか……


 俺は生唾を飲み込んだ。これが緊張なのか期待なのか、自分でもわからない……


 彼女は何か重大な決断を下すかのように、ギュッと手を握りしめ、力強い眼差しで俺を見つめてきた。


 もしかして……ついに俺のモテ期が……




「私——」


 彼女はいったい何を言うんだろう……


 俺はただ、彼女の綺麗な瞳を見つめ続け、次の言葉を待っていた。




「——私があなたを指導する!」


「おー……えっ!!!?」

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