真夜中の焼きサンドと野菜のスープ
紺色の髪に、赤い切れ長の瞳。そのコントラストと整った顔立ちで謎めいた雰囲気を醸し出す青年の名は、ルイ・デリシュー伯爵。
領地では様々な農産物を栽培しており、どれもが品質が良いと王都でも評判だ。領民の仕事に、そして生活に不自由がないように領主として果たす責務をコツコツと果たしていく毎日を送っている。
その実直な姿は使用人や領民たちからも高く評価され、慕われており……ということはさておき。
ルイには貴族らしからぬ『趣味』があった。
それは。
「……もう、こんな時間か」
ルイは壁の時計を見上げ、読んでいた本に栞を挟んで静かに閉じた。
このまま寝ても良いが……小腹が空いた。
腹を摩りながら立ち上がり、灯りを持って廊下へと出る。
人気も灯りもない長い廊下は少々恐ろしさを感じそうなものだが、自宅なので慣れているルイは手元の灯りを頼りに迷いのない足取りで歩いていく。
辿り着いたのは、厨房。
そっと出入口から中を伺うが、中もまた真っ暗だ。
灯りを厨房の元となるそれに移し替えれば、辺りはたちまちに光に満たされた。調理道具は全てきちんと整理され、ぴかぴかに磨き上げられている。何時でも使えます、と言わんばかりだ。
「さて、と……」
食料のストック棚をそっと開く。
「食パンに、チーズにハム……ブイヨンと、使いかけの人参と玉ねぎがあるな」
よしよし、とルイは口元を緩めた。
そして寝間着の袖を捲りあげてバンドでしっかりと止め、まずは人参と玉ねぎを常備してある水で洗い、包丁を取り出す。
「~♪」
鼻歌を歌いながら、しゅりしゅりと人参の皮を包丁で剥いていくルイ。
彼の趣味。
それは料理だった。
もちろん正規の料理人を雇っているため、ルイ自身が料理を作る必要はない。
が、幼い頃に厨房を覗いて、包丁を自在に操っている料理人がすごくかっこよく見えたため、「わたしもつかってみたい!」となるのは当然といえよう。
その料理人本人……今は料理長になっている……や、両親は当然困惑したが「本人が興味を持ったことだし、尚且つ身に付けておいて損はないから」という結論に至ったため、ルイは料理を習うことが出来た。もちろん、貴族教育は怠るな、と釘を刺されはしたが。
なので本職には及ばないものの、ちょっとした軽食くらいなら自分で作ってしまえるくらいの腕は持っている。
という回想を他所に、ルイはとんとん、と包丁を軽やかに動かして、人参と玉ねぎをスライスし、食べやすい大きさに手際よく切っていった。
火を起こし、油を敷いた鍋を置き、その中に玉ねぎと人参を放り込む。じゅううっ、と良い音が鳴るのに目を細め、へらでよく炒めていく。玉ねぎが透明になって柔らかくなったところで水を入れ、ブイヨン、塩胡椒を入れてあとは煮込むだけだ。
次は食パンにチーズとハムを乗せ、もう一枚の食パンで挟む。四等分にしたら、今度はバターを溶かしたフライパンへ。じゅわじゅわとバターが弾ける音と芳しい香りにわくわくと胸を躍らせながら、ある程度焼いたところでひっくり返せば、こんがりとしたきつね色になっていた。もうしばらく焼いてから、お皿へと適当に盛り付ける。
そしてくつくつと音をたてていたスープを掻き混ぜれば、ふわり、とよく煮込まれた具材が躍った。火を消して、スープ皿へと掬い上げる。
出来上がったサンドイッチとスープは、ほかほかと湯気をたてていた。
「いただきます」
きちんと手を合わせて、まずはサンドイッチを手に持ち、一口。
さくっ、と良い音が響いた瞬間、まず香ばしさが広がった。そしてほんのりとコクのあるバターの香りが鼻へ抜ける。
そして柔らかくなったチーズがとろりと溢れ、塩気のあるハムと程よく混ざり合う。まろやかでクリーミーなチーズ、程良い旨味と風味のハムの対比が心地良く口腔内を満たしていった。噛むごとに、パンがさくさくと音をたて、そしてチーズのとろみとハムの噛み応えが一体となって、シンプルながら満足のある味わいだ。
次に黄金色のスープをスプーンで口へ運ぶ。舌の上で柔らかく煮えた玉ねぎが甘くとろけ、人参もまたほんの少し歯をたてるだけで簡単に解け、優しい甘さを残した。野菜の柔らかな甘みをじっくりと味わった後に、こくり、と飲み込めば、身体の芯から温まる心地がして、ほう、と息が漏れる。
サンドイッチと一緒に口に運べば、スープの塩気とチーズとハムの旨味、そしてスープの染みこんだパンの味が混ざり合い、また違った美味しさを醸し出すのが堪らない。
しばらくの後、サンドイッチはパン屑一つ、スープは一滴も残さずに食べ終えた。
ごちそうさま、と手を合わせてから、食器を洗って元の位置に戻す。火の後始末を終えたことを確認し、厨房の灯りを落とす。
廊下を歩きながら、ルイは満たされた腹をそっと撫でた。
よく眠れそうだ、と。
(終)




