7-1 新聞部ってどんなところ?
「太野 礼阿か?」
「瓜生先輩?」
すらりとしたスタイルに、艶やかな黒髪。左目の下にある涙ぼくろ。驚くほどあの頃のままだった。七十年の月日を忘れさせるかのように。
エンマ様は机に顔を向けたまま、無言で視線だけを上げた。
「え、なに。このイケメン。癪に障る」
「焼き芋の生前の知り合いですか?」
司命と司録がうさんくさそうな声を出す。
「高校のひとつ上の先輩で、新聞部の部長です。わたしに取材のイロハを教えてくださった、大切な人——」
「太野! ごめん!」
わたしに説明をする暇を与えず、瓜生先輩が膝をついた。額を床にこすりつけている。
「おれがあの日、新校舎の取材を割り振らなければ、おまえは事故にあわなかった。死ぬこともなかったのに……」
土下座をする瓜生先輩の肩が震えている。思いがけないことだった。
「まったくもって瓜生先輩のせいじゃないですよ。運が悪かったんです」
「おまえはまたそうやって、けろっとして、自分のことをおざなりにして——」
「大丈夫ですよ。あれから取材も続けていますし」
双子はひそひそ声で会議をしていた。
「いきなり出てきて、何様ですかね」
「土下座まで爽やかだし」
「ぼくたちより背も高いですし」
「髪も黒いし」
すべて丸聞こえだ。
瓜生先輩が顔を上げ、エンマ様、司命、司録を順番ににらみつける。
「なんなんだ、おまえら。太野を閉じ込めているのか? こんな辛気臭い、換気も行き届いていないような霧の城に。鬼のようなやつらだな――」
先輩、言いすぎです。
司命が勢いよく立ち上がった。確かに身長では負けているが、台座の上にいるのでごまかされている。
「れーちゃんのことを、さも昔から知ってます、みたいなツラをしやがって」
「昔から知っているに決まっているだろ!」
瓜生先輩が立ち上がった。司録も立ち上がる。
「知り合い歴でいえば、ぼくらの方が長いですよ?」
「歴で張り合うな!」
「おまえなんかと勝負していませんが?」
「しているだろ、絶対に!」
司録が指先で空を切った。飛んできた帳面を読み上げる。
「瓜生 姫也。大学卒業後、大手出版社に就職。数々の実用書をヒットさせ、編集長に就任。業界内での評価は極めて高く、後進の育成にも貢献。家族に見守られ、百十歳で老衰死」
「完璧じゃないか、ちくしょう!」
司命がいまいましげに悪態をついた。
……そうか、瓜生先輩は編集長になったんだ。きっと高校時代のように原稿を大切に抱えて、人々の役に立つ書籍を世に届け続けたのだろう。先輩らしい。本当によかった。
「百十歳? それにしては、随分お若い容姿でいらっしゃること。精神年齢がよほど低いのでございましょうねえ」
司命が意地悪に茶化すと、瓜生先輩は食いしばった歯の間から漏らすように言った。
「……おれの時間は、あの頃で止まったままだから」
わたしのことを、ひたと見つめている。
???
「えー。れーちゃんと過ごした頃の思い出が忘れられないってこと?」
「ありえないでしょう。だって、この焼き芋娘ですよ?」
双子は顔を見合わせ、あっはっはと大笑いする。
瓜生先輩が鋭くにらみつけた。
「本当に失礼なやつらだな。太野は学校中の人気者だったぞ。いつも他人を重んじ、言葉選びが絶妙で、空気も読めて、笑顔が、か、かわいくて——」
瓜生先輩の視線が泳ぐ。わずかに頬が赤くなった。
?????
「と、とにかく、おまえたちが笑うような女子じゃない。おれは記者だから、嘘はつかないぞ」
……話の流れはよくわからないが、先輩はわたしをかばってくれているらしい。新聞部の部長としても、いつもこんなふうに前に出て、後輩の失敗を引き受けてくれた。原稿の締切に追われて泣きそうになったときも、取材で失敗して落ち込んだときも。最後は、先輩がなんとかしてくれた。
ああ、なつかしいなあ。もう少しだけ話をしていたい。でも、だめだよね。ここはそういう場所じゃない。人間は例外なく、死後三十五日目に裁かれる。それが冥府の決まりだ。
ふと視線に気づく。エンマ様がわたしを振り返っていた。わたしが今、どんな気持ちで瓜生先輩を見ていたのか、すべて見抜くような眼差しだった。
ええい、どうせバレているなら、頼んでみるか。
「エンマ様、瓜生先輩と話をさせてもらえませんか」
「許さない」
即答だった。やっぱり。
「お願いします。生まれ変わったら、どうせここでの記憶も消えるのだから……」
「消えるものを、むやみに増やすな」
何、その言い方。こんなの嫌がらせだ。〝何でも叶えてやる〟なんて嘘ばっかり。いざ頼み事をしてみれば、この通りだ。
ここ数日のいら立ちが、ふつふつと沸き上がってきた。
「思い出は消えません。今のわたしがあるのは、瓜生先輩のおかげなんです」
わたしは立ち上がった。台座を降り、一直線に瓜生先輩の元へ向かう。ぐいっと腕をつかんだ。
「え、太野?」
問いかける声を無視し、霧を割って広間をずんずんと縦断する。
「おいおい、駆け落ちか?」
司命の声は楽しそうだ。
「どう責任を取るつもりですか、焼き芋!」
司録の声はしっかり怒っている。
「待て」
エンマ様に呼ばれた。ぴたりと足が止まる。振り返らないまま、わたしは息を殺した。
「それが、おまえの本当の望みか」
静かな問いだった。
おかしい。エンマ様が怒るときには、いつも空気が凍りつく。今はその圧がない。少し弱々しいような気配に、違和感を感じた。
でも振り返らない。振り返ったらきっと、あきらめてしまう。
「明日の朝一番に裁きますから!」
半ば叫びながら、わたしは廊下に飛び出した。ひやりとした空気に包まれる。手の中にある温もりに気づき、はっと手を放した。
瓜生先輩はぽかんとした顔でわたしを見ていた。しかしすぐに、くすっと笑う。
「太野は相変わらずだな」
そう言って、どこか嬉しそうに目を細めた。
食堂に行くわけにはいかない。双子に連れ戻されてしまうだろう。隠れる場所もなく、自分の部屋へ案内することにした。
「すみません……散らかっていますが」
扉を開けながら、先に断っておいた。ツクヨミ様の記事の書き損じの和紙が、机や床に散らばっているのだ。
「いいよ。新聞部の部室も原稿だらけで、こんな感じだったろ」
瓜生先輩は部屋の中をひと通り見回し、おかしそうに笑った。
椅子を勧めると、先輩は首を振り、かわりにわたしを座らせた。机にもたれかかりながら立ち、手近な和紙を一枚取り上げる。文字を目で追ううちに、その横顔が和らいでいく。
そういえば、高校時代の先輩は、男子問わず好かれていたな。運動部の生徒が幅を利かせる中、〝文化部の星〟とすら呼ばれていたっけ。取材先にまで女子生徒がついてきて、カメラをかまえる姿にキャーキャーと騒ぐ。あれは邪魔だったなあ。
「太野」
原稿を手にほほ笑んだまま、先輩がわたしを見下ろす。
「おまえは、今の暮らしに満足してるのか?」
「はい。毎日、死者たちを取材して、刺激でいっぱいです」
「……そっか」
小さくうなずく。
「その仕事だって、おれと一緒にいれば、もっと楽しいのに」
軽く笑いながら、和紙を指先で揺らした。
わたしは曖昧な笑顔を返す。
「太野、あいつらとコミュニケーションが取れていないだろう。少し話しただけでわかったよ」
「確かに、言葉ではコミュニケーションが取れていませんが……言葉以外にも思いを通わせる手段はあるのだと、冥府に来て気づきました」
「おれたちは記者だ。言葉で他者と通じる」
瓜生先輩が、和紙の端をぎゅっと握りしめた。
「こんなの、まともな職場じゃない。おれならもっと太野を大切にしてやれる」
キラキラ瓜生先輩です!
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