6-7 冥府vs月読命、強いのはどっち?
司録の折り鶴の群れが、行く手に広がった。ツクヨミ様が袖を払い、いくつもの三日月の刃が漂う。両者が激しくぶつかり合った。
和紙の壁は、万華鏡のように構造が組み替わり続ける。時折できる隙間は、司録が意図的に作り出す〝通路〟だ。そこへ司命が、ツクヨミ様めがけて炎を走らせる。見事な連携で、司命が攻め、司録が守りを担っている。
「いいねえ!」
司命が高らかに笑った。熱にあおられ、髪が逆立っている。
「本来、戦闘のために使う力ではありませんが」
折り鶴を完璧に制御しながら、司録が苦々しい表情で言った。
「存在を肯定するための力だろ。生きているってことをさ!」
司命が炎をぐっと握りしめた。指の間から火の粉が舞い踊る。
「……息ぴったりというわけだね」
ツクヨミ様が、ぼんやりとした顔のまま、司録を指差した。
「でもおまえの折り鶴は、数に限りがあるだろう? すでに大半が死んでいるけれど、この先どうするつもり?」
自陣の先頭で、一羽、また一羽と、折り鶴が刃に切り刻まれていく。紙片が花吹雪のように水面に散り落ちる。
「それもそうだな。どうするつもりなんだ?」
司命が、素直に司録を振り返る。
司録はイライラとこめかみを押さえながら答えた。
「どうするもこうするも、その前に司命が片をつけるのですよ」
「司録が守りに回っているうちは無理だよ。二人で攻めに出ないと」
「無茶を言わないでください!」
「これはさすがに無茶か」
そして同時にわたしを振り返る。
「「どうしよう?」」
この丸投げの問いに、わたしは首をぶんぶんと横に振った。
「わたし、戦術のプロじゃないので」
「将軍とか軍師とかを取材したことないの?」
「この時代に、そんな人たちは存在しません」
「えー。じゃあ、それっぽい人は?」
それっぽい人。ざっくりしすぎ。
眉根を寄せて考え込んだ。生前に取材した相手の顔が、脳内に高速で浮かび上がる。戦う人。指揮する人。全体を見て判断する人。
ある人物の顔で止まった。取材したことがある。こんなふうに炎や刃が飛び交う戦場ではないが——あれも確かに戦場だ。
「……学校新聞の取材で、将棋の棋士を取材したことがあるのだけれど」
「お、きたきた」
双子がにやりと笑う。
「将棋は、いきなり王将を取りに行くゲームではないの。王将は一番大事だけれど、一番遠い駒。だから棋士は、王将じゃなくて、王将の〝利き〟を取りに行く」
「利き?」
「駒が動ける範囲、影響を及ぼせる場所のことだよ。そこを一つずつ削って、機能と逃げ道を奪う。そうすると、どれだけ有利な駒でも身動きを取れなくなる」
水面の向こうで、月光をそのまま織り込んだような衣が輝いている。
「王将を取る必要はない。機能さえ封じてしまえば、こちらの勝ちだよ!」
双子は顔を見合わせた。黒い瞳同士が交わり、会話がなくとも何かが通じ合ったようだ。
「やっぱり、二人がかりで攻める!」
司命があっけらかんと宣言する。
「仕方ありませんね。残りの折り鶴を全投入します」
司録が両腕を伸ばす。
「結局は力技? 将棋の話はどこへ行ったの?」
アドバイスを完全に無視されたわたしは、あっ気に取られて叫んだ。
「仲がいいのか、悪いのか」
ツクヨミ様がゆっくりと首をかしげる。
「いくぞ、司録!」
「全速前進で突っ込みますよ、司命!」
二人が水面を蹴り、駆け出す。炎と折り鶴が競うように前に飛び出した。
ツクヨミ様が袖を払い、三日月の刃がひらめく。それを避けようとした折り鶴が炎に触れ、燃え上がり、灰となってはらはらと落ちていく。
「共闘するには相性の悪い能力だね。残り少ない武器を無駄にして……まったく、ばっちいなあ」
言葉とは裏腹に、ツクヨミ様はどこか楽しげだった。ふわふわと笑い声を立てながら、刃を容赦なく放つ。折り鶴は裂かれ、燃やされ、壊滅的だ。抑え切れなかった刃が双子をかすめ、血が噴き出す。だめだ、双子の戦術では負ける——
しかしそのとき、湖の水流が変わったことに気づいた。水面を白い影が滑っている。これまでに切り刻まれた折り鶴の残骸。燃え残った和紙の破片が、流れに乗るように、ひとつに集まり始める。それは花いかだのように、しかし目にも留まらぬ速さで移動していく。
ツクヨミ様は気づかない。燃え盛る折り鶴の群れを、まるで見世物のように見上げている。花いかだはその足元へ流れ着き——ツクヨミ様が目を向けるよりも早く、弾けた。
おびただしい数の和紙の花びらが、一斉に舞い上がる。細く長く連なりながら、鎖のように絡みつく。
「――っ」
逃げ道を奪うように、ツクヨミ様の手首を締め上げた。左右同時に引き上げる。ツクヨミ様の体が宙に浮く。両腕を上げたまま、吊り上げられる。
ツクヨミ様はわめき、ばたばたともがいた。爪先が水面を掻くが、袖を振るうことはできない。〝利き〟を封じ込めた!
「ぼくの武器を、折り鶴だけだと勘違いしたのが間違いでしたね」
司録が堂々と一歩前に出る。
「そうだそうだ」
司命がすかさず合いの手を入れた。
「ぼくは司録。地獄の手前で帳面を司る者です」
「そうだそうだ」
「どんなに細切れにされようと、紙は指示に従います」
「そうだそうだ」
司録がじろりと振り返った。
「ぼくのセリフが台無しなのですが」
「だって、誇らしくてさ。うちの猫ちゃんはすごいんだぞ!」
司命が手を伸ばし、司録のあごの下をこちょこちょと掻く。
司録はシャーッと息を荒げ、髪を逆立てた。
「えー。ここが気持ちいいんだろ」
「昔の話はやめなさい!」
司録が、司命の手をぱしっと払いのける。その光景を眺めながら、わたしはへなへなと水面に座り込んだ。思わず笑顔になる。彼らはやっぱり双子だ。会話もなく瞬時に立てた作戦で、はったりをかけ、お互いの能力を活かし、ツクヨミノミコトとの大一番に勝利した。
波紋が鎮まり始め、その上を双子が並んで歩いてくる。血と汗にまみれているのが、支え合い、足取りはしっかりしている。
司命に声をかけられた。
「ありがとな、れーちゃん」
「わたしは何もしていないよ……」
「冥府の三人で勝ったのですよ」
司録が当たり前のように訂正し、つけ加えた。
「ぼくたちは生きています」
その言葉が心にしみ渡る。わたしは肩を震わせ、二人に向けて言った。
「守ってくれてありがとう」
司命に目を向ける。司命は幼い子どものような表情で、きょとんとした。そしてすぐに、ふっと笑う。
「どういたしまして」
軽い雰囲気で言われた。
二人に両手を引かれ、立ち上がる。そろってツクヨミ様を振り返った。和紙に縛られ、ぶらんぶらんと左右に揺れている。
「——で。神様相手に、何を揉めているのです? 場合によっては、三日月でめった刺しされるよりも重い罰を受けることになりそうですが」
司録がいつものきびきびとした口調に戻った。わたしたちを咎めるような、棘すら含まれている。
「えーと、これは正当防衛で……」
司命が、片手をひらひらさせながら言い訳を始める。
「却下です。聞く価値もなさそうだ」
司録が言い放ち、そのままわたしに視線を移した。
「焼き芋も焼き芋です」
「え、わたし?」
「勢いに流される、その性格。巻き込まれてばかりだ。司命と同じ側に分類されるのは、不本意でしょう?」
「どういう意味だよ」
司命がふくれっ面になる。
「わたしはわたしの意思で来たんだよ。取り急ぎ、この湖に沈んでいる鶴と亀を救出する方法はない?」
わたしはすがる思いでたずねた。知識豊富な司録なら、何か思いつくかもしれない。
司命があきれ声で割り込んだ。
「れーちゃん、まだあいつの望みを叶えてやるつもりか? もういいだろ。袖ごと腕を引きちぎるぞ、とかなんとか脅せば——」
「物騒だなあ。確かに、司命と同じ側にはなりたくないかも」
ほんのりと皮肉を混ぜて言い返すと、司命は、ふんと鼻を鳴らした。
司録が怪訝そうに眉をひそめる。
「鶴と亀が……なんですって?」
「ほら、あそこ」
わたしが指差す。月光が揺らぐ湖の奥で、鶴と亀が静かに沈んでいる。司録は目を細め、その姿を見据えた。
「司録は折り鶴を操るじゃない。だったら鶴にも詳しくないの?」
「ぼくは鳥類研究家ではありませんよ。鶴を折れるのも、猫だった頃に町を歩き回っていたから、子どもの遊びに詳しいだけで……」
不意に司録の言葉が止まった。どこか遠くをなつかしむような目になり――
「にゃ~にゃにゃ、にゃ~にゃにゃ、にゃ~にゃっにゃ~♪」
ふんふんと鼻を鳴らしながら、流暢なメロディーを口ずさみ始めた。
「ど、どうしたの?」
わたしはあたふたとたずねた。
「戦い疲れて、退化しちゃいまちたか? 語尾に〝にゃ〟とかつけちゃう感じ?」
司命がにやにやしながら顔をのぞき込む。
司録はぎろりとにらみ返した。
「この歌に覚えがあります。町で子どもたちが歌っていました。鶴と亀に……関係があるような気がするのですが」
自信なさげに口ごもる。
司命が、ぽん、と手を打った。
「つ~ると、か~めが、す~べった~♪」
先ほどの司録の音階に、歌詞を乗せて歌う。そのまま最後まで。
「後ろの正面、だあれ?」
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