1-5 ここに残る?
「彼の向かう先は、衆合地獄。
殺生に手を染め、不貞行為を働いた者の行く末です」
「臼の中に入れられて、
上から潰されたりするんだよな。
餅つきみたいに。あはは」
司録と司命の余計な解説が、さらに神経を逆撫でする。
「笑い事じゃない」
苛立ちをみせると、追い打ちをかけられた。
「えー、想像しやすいかなと思って。
ほら。ぺったん、ぺったん」
「そんな幼稚な擬音では伝わりません。
形がなくなるまで潰され、再形成され、
再び潰されるのをくり返す、と表現するのが適切です」
「余計に怖いじゃん。あはは」
司録はつんつん、
司命はにやにやしているが、
どちらもわたしを脅かそうとしているのは明白だ。
「地獄では、どれほど悲鳴を上げても、
決して逃げることはできません」
「なーに言ってんだよ、司録。
文字通り、喉が潰れるから、悲鳴も上げられないだろ」
もおおお、この双子は黙れないの!?
「見事だな」
閻魔大王がつぶやいた。
わたしには、それが
誰に向けられた言葉なのかも理解できなかった。
頭がうまく働かない。
「今おまえが目の当たりにした光景は、
日常茶飯事だ。
それでもおまえは、ここに残ることを望むか」
帳面を司録に戻しながら、
閻魔大王が突き放すような声で言う。
——ああ、雇う前に、それを見せたかったのね。
実際、わたしは全身で震えていた。
天野さんの悲鳴が耳の奥にこびりついて消えない。
ついさっきまで、階段で他愛ない世間話をした人だ。
家族の自慢をし、照れ笑いをしていた。
助けを求め、最後に崩れ落ちた、あの泣き声。
吐き気がこみ上げ、喉がひりつく。
「あのクズは地獄から逃げられない。
だが、おまえはここから逃げられるぞ」
司命がささやくように言った。
「その通り。
見て見ぬふりをするのは、
人間どもの得意技でしょう」
司録は冷たい目でわたしを見下ろしている。
そう。
〝悪いことをした〟などという姑息な嘘を詫び、
さっさと転生する。
そうすれば、すべてを忘れられる。
恐怖も、わくわくも、
二十三年間生きた証も、
何もかも——。
だめだ、すぐに決断なんてできない。
「わたしにできることなんて、
あるのでしょうか」
弱々しく目をしばたかせる。
すると閻魔大王は、
あまりにも当然のことを答えるように言った。
「たった今、罪人の本音を聞き出しただろう」
わたしはがっくりとうなだれた。
首を横に振る。
「聞き出したというか……
わたしはそんなつもりじゃ……」
助けたかっただけだ。
信じたかっただけだ。
それなのに、あんな結果になってしまった。
閻魔大王は顔色ひとつ変えない。
「この仕事に必要なのは〝裁く力〟と思われがちだが、
真に試されるのは〝聞く力〟だ。
聞けぬ者に、裁く資格はない」
「でも、わざわざ聞き出さなくたって、
事実はすべてその帳面に書いてあるのでは」
おとなしく、うなずけばよいものを。
納得がいくまで問い詰めてしまうのもまた、
記者の性かもしれない。
閻魔大王は机に視線を落とした。
そこにあるのは、わたしの帳面だ。
「おれが触れたいのは、
事実の奥にある心の部分だ」
指先が表紙の上を這い、真ん中あたりで止まる。
わたしはまだ意味をつかめなかった。
閻魔大王は続ける。
「司録が管理する帳面に記されているのは、
起きた事象のみだ。
そこに至るまでの思いも言葉もない」
司録がぎくりと肩をすくめる。
「司命が管理するのは、
生と死の線引きだ。
言うまでもなく、かなり大雑把だ」
司命が唇をへの字に曲げる。
わたしは、ぼんやりと気づいた。
死者の主張を受け止め、解き明かし、
人生の総決算をつける。
最強にして最凶の取材者。
閻魔大王は、同じ聞き手として、
この上ない大先輩なのだ。
「おまえの力が、
誰かを救うこともあるかもしれない」
煙水晶の瞳が、
まっすぐにわたしを映している。
「この地に留まり、裁きに手を貸すか」
最終確認だ。
耳の奥で、鼓動が、どくん、と大きく鳴る。
息を吸う音すら目立ちそうな静寂だ。
地獄は怖い。
閻魔大王はそれ以上だ。
情がなく、命を一行で片付けてしまう冷血漢。
恐怖と好奇心がせめぎ合う。
それでも——
最後にわたしを前へ押し出したのは、
記者として生きてきた情熱だった。
一度、作業着を強く握りしめてから、そっとほどく。
覚悟は決まった。
「お世話になります」
精一杯胸を張り、答える。
閻魔大王は一呼吸置いた。
その沈黙で場を完全に支配してから、筆を取る。
「ならば、人間たちの最後の訴えに耳を傾け、
その人生の証人となれ」
宣告が響き渡り、
筆先がわたしの帳面の表紙上を動く。
「以上」
そこには〝冥府〟と記されていた。
霧と闇に包まれた城の名。
そしてわたしが、
これから身を置くことになる場所の名だ。
ありがとうございます、と深々と頭を下げた。
司録はあきれ果て、
わたしたちを交互に見比べている。
「本気でいらっしゃいますか。
どこの馬の骨ともわからない女を雇うとは」
一方の司命は、
楽しそうに口角を吊り上げていた。
「まあまあ、決まったことだから。
退屈しのぎにもなるし」
それが歓迎の笑みでないことは、
すぐにわかった。
「人間なんて。どうせすぐに仕事が嫌になりますよ。
悪事をしたにせよ、していないにせよ、
あっという間に白状するでしょう」
司録がため息をつきながら指を動かすと、
わたしの帳面が浮かび上がり、
本棚のどこかへ戻っていった。
「ま、せいぜい冥界では長生きしろよ」
司命にひらひらと手を振られる。
なんて意地悪な少年たち!
むかっ腹を立て、
「あんたたちも、いつか絶対に取材してやるからね」と
啖呵を切る。
その間、閻魔大王は何も言わなかった。
玉座に深く掛け直し、再び陰の中へと沈んでいる。
表情はもはや読み取れない。
やがて短い声が落ちた。
「次」
広間から階段にかけて、一気に張り詰める。
わたしも双子もびくっと背筋を伸ばした。
控えていた次の死者がやってくる。
「あのう、まだアルバイト募集は続いていますか?
もしよろしければ、わたくしも……」
男がおずおずと挙手をした。
「名前」
閻魔大王は耳を貸さない。
コミュニケーションが成り立っていない。
「おまえのような凡人を、
エンマ様がスカウトするはずがないでしょう」
司録が鼻を鳴らした。
「待たせたな、
おまえの薄汚い人生を大暴露してやるよ——」
司命の高笑いに、男の悲鳴が重なる。
ああ、これじゃあ〝業務改善命令〟も当然ね。
わたしが何とかしなくちゃ!
エンマ様と礼阿は、ある意味、同業者でした。
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