1-3 あの世にも労働基準法?
手帳を閉じ、これ見よがしに息をついた。
「話してくださりありがとうございます。
なんだか、あなたになら、
わたしの罪について話せるような気がしてきました」
双子も死者たちも、お、と色めき立つ。
わたしはたっぷりと間を取った。
「でも……まだ足りません。
簡単に明かせることではないのです」
「はあー。もう面倒だから始末しましょ。
どうせ凡人だし」
司命が机に肘をつき、大きなため息を吐いた。
「我々を著しく苛立たせた罪、ということで、
地獄送りでよいのではないでしょうか」
司録が大真面目な顔で同意する。
焦ったわたしが
「ちょ、ちょっと待って」と口ごもっていると、
閻魔大王が静かに言った。
「確かな根拠もなしに、
地獄へ落とすことは許されない」
淀みのない声色だ。
「かと言って、
本人が悪事を働いたと主張する以上、
それを無視して他の道を与えることもできない」
閻魔大王は、わたしの帳面を閉じた。
「太野 礼阿。
おまえは他人の詮索が得意なようだ」
「面白いからです。
少なくともわたしの人生よりは——」
あれ?
双子に〝つまらない〟と言われ、
腹を立てていたはずなのに。
わたし自身も、
自分をつまらない人物だと感じていたのか。
死ぬと同時にそれに気づくなんて、
なんだか惨めだな。
閻魔大王はとうとうと続けた。
「おまえは己よりも他者に関心を持つ。
並みのことではない。
それは〝聞く力〟の源だ」
「記者なら当然のことです」
「おまえは変わり者だ」
はっきりと指摘され、
わたしは、はあ、と気の抜けた返事をした。
「変わり者だが……使えるかもしれない」
閻魔大王の言葉に、双子が息をのむ。
「エンマ様、ま、まさか?」
双子が揃って声を上ずらせる。
「太野礼阿。
ここで働く気はあるか」
唐突に、願ってもいない提案が降ってきた。
「へ?」
我ながら間抜けな声。
人格や意識を保ったまま、留まる。
そんな選択肢があるの?
興奮しながらも、慎重にたずねた。
「えっと……どのような業務内容でしょうか。
掃除か、雑用か、
それともさっき消えた鬼のかわりですか」
閻魔大王の瞳を真正面から受け止めると、
底なしの湖をのぞき込んだような感覚に陥る。
引き返せなくなる。
長く見てはいけない。
怖くなり、急いでまばたきをした。
「掃除も雑用も必要ない」
事務的で冷淡な声だ。
「おまえは、裁きに役立つ能力を有している。
この冥府で、死者との対話の手伝いをする気はあるか」
途端に双子が、怒れるヒヨコの群れのごとく、
ぴいぴいと反論し始めた。
「いけませんよ、エンマ様!
こんな厚かましくて品のない、
焼き芋娘を引き入れるなんて」
司録が叫ぶ。
誰が焼き芋娘よ。
司命が、はっと思い当たったように口を押さえた。
「エンマ様、もしかして、
先刻の〝業務改善命令〟を
気にしていらっしゃるのですか?」
「……業務改善命令?」
わたしの眉がぴくりと動く。
今、聞き捨てならない単語が出たような。
きな臭くなってきたぞ。
「詳しくお聞かせいただいても?」
にこりと微笑む。取材用の笑顔だ。
閻魔大王は仏頂面でそっぽを向く。
かわりに億劫そうな声を出したのは、司命だ。
簡潔な一言だった。
「怖いんだってさ」
「ん?」
「エンマ様が怖すぎるって!
死者どもからクレームが入るんだよ。
昔ならナメるなと笑い飛ばすところだが、
今はパワハラ、モラハラ扱いに怯える時代だろ?」
ええっ、そういうこと——?
続く司録の表情にも、
はっきりと苦々しさが浮かんでいた。
「そこで、死者たちを丁重に扱えとの命が、
高天原の神々から下ったわけです。
地獄の門番が愛嬌を振りまいてどうするんだ、
という話ですがね」
さらっと出てきたけれど、神様って本当にいるんだ。
うっ、またもや、胸が苦しくなるほどの好奇心が。
「ところが、石頭——
いや、厳格なエンマ様にはそれができない。
当然だよな。
これは裁きであり、接客ではないのだから」
わたしも、双子の不平には概ね同意した。
何をしても叩かれる世の中になったものだ。
もっとも、クレームの一端は
双子にもあるのではないかという疑念が
頭をよぎらなかったわけではないが。
気を取り直し、閻魔大王に視線を戻す。
「それで、わたしに何をしろと?」
ひょっとして、という期待が膨らんだ。
高揚感を見て取ったのか、
閻魔大王はあきれたように口をつぐむ。
しかし沈黙は長くは続かなかった。
「死者たちの言い分を丁寧に聞き取り、
怖がらせずに対話できる者が必要だ。
裁きの手伝いを——
おまえらしく表現するならば、
死者たちの取材をしてほしい」
ペンについている鶴と亀のマスコットが、
胸の中で踊り始めた。
閻魔大王の補佐だって?
これほど奇妙な話、滅多に転がっているものではない。
一日に何人もの話を聞ける。
これまでのキャリアも活かせる。
口元が勝手に緩んだ。
そんな高鳴りを遮るように、
閻魔大王が低い声を落とした。
「留まるかどうかは、おまえ自身が判断しろ。
ただし条件がある。
決めるのは、
ここで起きることをその目で確かめてからだ」
「わかりました、わかりました」
適当に相槌を打つ。
閻魔大王の意図はわからないが、
心は決まっていた。
何を見せたいのか知らないけれど、
こうなった以上、
わたしを追い出すのは簡単じゃないからね。
言い出しっぺはそっちなんだから……
しかし、裁きの間で働くという件について、
わたしは少々、のんきすぎたのかもしれない。
「次」
有無を言わせぬ圧。
閻魔大王の一言で空気が切り替わる。
わたしは広間の中心に立ったまま、振り返った。
階段に控えていた死者が、慌てて進み出た。
取材力を買われ、スカウトされた礼阿。
あなたなら受けますか?
それとも次の人生に進みますか?




