庭園での近況報告会
そして瞬きをしたと思えば、景色は一変していた。
この世界に来ていくつも魔法を見せてもらったが、何度体験しても瞬間移動の魔法はすごいと思う。
閉塞された執務室ではなく、風が優しくそよぐ庭園に作られたガゼボに今俺は立っている。庭に面するように廊下もあるが、見渡しは良く、辺りに誰もいないことが分かった。
「ここは騎士団の所有する療養所だよ。今日は誰もいなくてね」
「だから静かなんですね」
「うん。ルーシュにもたっぷり仕事渡してきたし。つまり、人目を気にしなくていいってこと。さ、座って座って!」
勧められるがままに椅子に座ると、目の前の机には綺麗な陶器のカップ、机横にある大きなワゴンにティーセットが揃っていることに気づく。俺が来る直前に用意してくれたのだろう。ワゴン上のポットからは僅かに蒸気があがっている。
せめて最後の工程であるカップに注ぐことくらいはしようとしたが、客人だからと止められてしまった。
コポコポと注がれる紅茶をじっと見ていると、ほのかに甘い蜂蜜の匂いがしてくる。
「蜂蜜入った紅茶ですか?」
「ルーシュから君は紅茶はストレートで、砂糖いっぱい入れてるって聞いたから、甘い方が好きかと思って」
「それは……お、お恥ずかしい……」
最近人前ではしないようにしていたのに、まさかの筋からバレていた。婚約者だった時にルーシュと二人でお茶を飲んでいると、いつもバカバカ砂糖を入れていたのだ。目をまんまるにしているルーシュに対して『疲れている時はこれが一番効く』と言って、飲んでいた頃が懐かしい。
「そんなことないでしょ。俺も甘いの好きだし」
「そう、ですか」
オリヴァーさんと目があい、すぐに大きな声で『あ!』と言われてしまう。
「ごめん、他意はない! そう話してたって事実を言っただけ。君に何か求めてる訳でもなんでもないよ」
「あ! いえ、そんな。すみません気遣わせてしまって」
「ううん、言ったでしょ。俺は君の味方だよ」
そう言ってまた初めて会った日みたいな保護者の顔をされる。
もうそんな歳でもないのに、その顔をされると少し弱い。元々持っていた甘えたがりな本質がいまかいまかと顔を出したがって困る。頼ってしまってもいいんじゃないか、この人だったら何を言っても受け止めてくれるのではないかと、そう思ってしまう。
「それで? あの馬鹿から家の用意が出来た話くらいはされた?」
「全くですね」
「はは、全くね」
紅茶を口に運びながら、器用に笑うオリヴァーさん。少しだけ目を細めてじっと見つめられる。
「急かそうか?」
「今は大丈夫です」
「そっか」
心地良い空間のせいか、はたまた彼の雰囲気に当てられたからかいつもより素直に口が動いた。
「ルーシュのあの態度は嫌じゃない? 俺のせいなんだけど、アイツ焦ってあからさまにアキ君にアプローチするようになったでしょ。それも迷惑だったら言ってね」
「迷惑……」
「じゃなかったらいいんだよ。足掻かせとくから。君が健やかに暮らせてるんであれば何の問題もないよ」
『足掻かせとく』
そう言われた言葉が引っかかった。これはオリヴァーさんから見たルーシュの姿のことだ。文脈的にも何に対して足掻かせておくと言っているのかくらい理解している。
全てが偽りだと知ったと打ち明けたあの晩のことが随分前のことのように思えた。それからのルーシュの全ての行動が頭を過ぎる。
「……ルーシュって、やっぱり俺のこと好きなんじゃないのかって」
ポツリと頭で考えるより先に口から言葉が滑り落ちた。オリヴァーさんは何も言わずに黙って次の言葉を待ってくれている。
あの晩、真っ白な顔で縋ってきた姿。自分が送った服を着ているのを見て嬉しそうに笑う姿。パーティで側に立っていてくれたこと、泣いていた俺を庇ってくれたこと。苦しそうに抱きしめてくれた姿。他のひとには触れさせたくないと泣きそうになる姿。
自分のこれまでの経験が、ルーシュのその全ての行動はお前のことが好きだからだろと訴えている。
「そう思うことがあって。……でも、また嘘かもしれないとも」
そうなんじゃないかと思っている。それなのに、確信は得られない。その行動の背後にある本当の理由はないのかと考えてしまう。
言葉を途切れさせて困ったように笑うと、オリヴァーさんがパンと手を思いっきり叩いて、身体が跳ねた。
「君が元気に暮らしてるのであればいいんだよ。余り悩みすぎも良くない。そういうのはあの馬鹿がちゃんと責任を持って頭を悩ませてればいいだけだ。君は素直に、元気に、君が過ごしやすいように暮らしなさい。ほら、お菓子も食べた食べた」
「あ、ありがとうございます」
ワゴンからひょいひょいと二、三お菓子をとって、目の前に差し出される。
勧められた焼き菓子をもぐと食べると優しい甘さが口の中に広がった。余り人前で食べ物を食べることは良くない。だけどパーティーの日にあれだけ口に物を詰め込まれた以上、この人の前で今更マナーも何もないか。一つ、二つ口に入れてみるが特に何も言われずニコニコ見られている。
「そうだ! 俺、アキ君の世界の話聞きたかったんだよね!」
「ええ、ぜひ」
ルーシュが来られなかったら一個くらいお土産で持って帰ろうか。そんなことを考えながら食べていたら、不意に何気ない話題がふられる。
困った顔をしていたものだから気を遣わせてしまったかとも思ったが、オリヴァーさんの表情は至って楽しげで、どうやら本当に興味があったらしい。それにほっとしながら、元の世界の話を話し始める。
城の中には俺より年上の人なんてもちろん山程いるけど、こんな風に気軽に話してくれる人はなかなかいない。
それもあってついつい話に熱中してしまった。困ったことにこの王弟は聞き上手でもあったらしい。
◇◇◇
「あれ、もう夕陽が」
「ついつい話し込んじゃったね。そろそろ城まで送って行こうか」
「ありがとうございます。ふふ、ルーシュ間に合いませんでしたね」
「アイツ仕事出来るから内緒話してる間はと思って、念には念を……ってこなせるかなーって思った二倍くらいの量渡しちゃったからなあ」
ははは、と爽やかに笑っているが言っていることはえげつない。ガゼボに差し込んできたオレンジの陽かりを見て、会のお開きを悟った。
片付けをしようかと少し奥に避けられていたワゴンの方へ向かう。しゃがみながら、ワゴンの下段に空のポットを置けるか見ていた時、誰もいないと聞いていた廊下方向からカツカツと足音が聞こえた。
思わず目の位置までワゴンから顔を出して視線をそちらに向けると、ふわふわした長く明るいブラウンの髪をなびかせた美しい女性が立っている。はあはあと息は上がっていて慌ててここまで駆けつけたことが分かった。
「お、おじさま……!」
小さい桃色の唇から出てくるのは鈴を転がすような声。この声もその美しい姿も記憶に焼き付いている。
「……エルザ?」
(お知らせ)仕事等でなかなか着手できず、続きに関しては2024年12月中旬頃再開予定です。




