お誘い
あれからお恥ずかしいことに体調はすこぶる良い。やはり我慢のし過ぎは身体に良くはないなと学んだ。
結局ルーシュに手配をしてもらったため、俺は宿の予約の方法も外泊する際の城での手続きも理解していない。あの調子だと今度も自分がやると言い出しそうで、どう説得しようか頭を悩ませかけたが、すぐにその悩みは次回に持ちこそうと決めた。きっといくら悩んだところで良い案は出てこずに、ただひたすら困って終わるだけだろうから。
ただ、次こそは一ヶ月よりももう少し早いスパンでお願いしたい。二週間はわがままかもしれないがせめて三週間、いややっぱり二週間がいいな。そこまで考えて、はたと思う。
『次は』とナチュラルに考えたが、その時にはもう俺は城にいないことも十分にあり得る。関係が破綻した後もあまりに問題なくこれまでと同様の生活が進んでいっていたため、自然と地続きの未来を思い浮かべてしまった。
自然に、違和感なく、ルーシュとの生活を。俺は一体どうしたいのだろうか。
「アキさん、お疲れ様。そろそろ休憩とりなよ」
「! ああ」
ぼんやりとしていた俺に気づいたのか気づいていないのか、ルーシュが休憩を提案する。今日も今日とて仕事はやってくるものだから、朝から仕事を行なっていた。時計をちらりと見ると時刻は午後三時を示している。小休憩には良い時間だ。
提案に甘えて少し休憩でもしようかと腕を伸ばしたところで、愉快なリズムで執務室の扉をノックされる。
扉が近い俺が反応するよりも先に扉は開けられて、そこからヒョコと首が出てきた。
「やあ」
現れたのはにっこりと甘い笑顔を浮かべた美丈夫。まあ、この部屋の主の了解を得ずに扉を開けられる人物なんて限られているため、顔を出さずともなんとなく察しはついていた。
「オリヴァー様」
「やだな、どうしたの。様はやめてよ。呼び捨てでもいいくらいなんだけど」
ここは王城だ。この間みたいな閉鎖空間やあたりに人がいない場所ならまだしも、扉が半開きになっている以上いつどこで人に見られるか分からない。『さん』どころか呼び捨てで王弟を呼んでいるところをうっかり見られでもしたら、不敬罪で即刻処罰されそうだ。やんわりと断り、せめて前と同じく『さん』で勘弁してほしいことを伝えると、『そ?』なんてあっさりと逃がされる。
「兄様、何か用事が」
「ああ、いや。今日はルーシュに用事じゃなくて、アキ君をお茶に誘いに来ただけなんだよね。手空いてそう?」
「ちょうど休憩しようと思っていたところでしたが、また執務に戻るつもりだったので……。失礼ですがお時間はどれくらい」
「なるほど。じゃあ上司同士で話通しておこうか。ルーシュ、今日アキ君借りるね」
疑問系ではなく確定で言われた言葉にルーシュの眉間に皺が一本増える。オリヴァーさんの笑みの形は変わらない。
「……。それはいいのですが、僕も」
「おっ! 心が狭い男はモテないぞ」
「……」
ペンを持つルーシュの手に力が入る。
『僕も』と続けているが、ルーシュの机上にある書類に目をはしらせると、どう考えても五分や十分で終わるような量ではない。オリヴァーさんの言い方を考えると、きっと今日この後は執務に戻れないだろうと想像がつく。
俺は最悪それでも構わないが、ルーシュはそうもいかない。必ずしも今日中に処理しなければいけないものばかりではないと思うが、取捨選択をしたとしても一時間程度は少なくともかかりそうだ。
どうするのかと、様子を伺っているとルーシュは無言で書類を片付け始める。もしかして本日中のもの諸共諦めたのだろうか。
「仕事ができない男も相手にされないぞ」
「……、……」
ぴたりと手が止まったかと思えば、ゆっくりと執務机に崩れ落ちるルーシュ。唸りに近い声を出しながらオリヴァーさんに場所を尋ねて、答えを貰っている。
「終わったら、必ず、行きます」
「そうだね! あ、そうだそうだ。ついでにはい!」
「?」
扉に半身を隠した状態であったため見えなかった手から、バッサと音を立てて辞書くらいの多さの書類が出てくる。それはルーシュの手に真っ直ぐ渡され、渡された当の張本人は胡乱げな目で叔父さんを見上げた。
「騎士団関係の書類。ルーシュのサインがいるんだよね」
「……これはいつまで」
「明日の朝」
言外に今日中だと伝えて、有無を言わさない笑み。
すぐに『じゃあよろしくね』と一言軽やかに告げると、パチンと指を鳴らす音が聞こえた。




