第43話 奴隷港
「何も見えない!まっ平だ!!」
内海よりも澄んで真っ青な世界に感激したクラウスは帆柱を登って高い所からさらに遠い遠い世界を見渡した。
「すげえや、ほら。お前達も来い!」
従者達も呼び、皆で檣楼、監視用のやぐらのような場所から遥か遠くへ大声で叫んだ。
「このままずっと西の海の彼方に行ってみたいなあ」
「半日もすれば北上しますよ」
暗礁を避けてしばらく西へ移動してからは西岸諸国を訪問する為に北上する。
「分かってるよ!」
レドヴィル達も感激していたのでもう無粋な事は言わず、担当の船員がそろそろ、と言いに来るまで皆で海をみつめていた。
◇◆◇
「海はもっと自由であるべきだ」
北上を開始してからクラウスはアフドにそう漏らした。
「あの海を見ても我々西方人は海の向こうのお前の故郷を襲ってお前達を連れて来た。いつか、お前は俺が解放する。解放の機運が生まれた時、王自ら率先して手本を示す事で皆にも促す。その時まで待っていてくれるか?」
「はい!」
平民と変わらない暮らしを送っているのでアフドには特に不都合は無かった。
「でもさ、二十年で解放される契約だろ?殿下が王になるのとどっちが早いかな」
「茶々を入れるな!」
目的地のウェルシュ港につくと彼らはさっそく世界の違いをまざまざと見せつけられた。
これが主要港かと思うくらいに不衛生でスラムのようだった。
鎖に繋がれた屈強な男達、泣き叫ぶ子供、諦めきった女性が檻の中へと別々に入れられていく。
「俺が来ると知っていてもこれか!」
努力目標とはいえ西方候のお達しを全く守るつもりは無さそうだ。
不衛生な環境、奴隷は鞭で打たれ、鎖で結ばれて家族は引き離されている。
男性、女性、子供、需要に合わせて別々にされていく。
接弦する前に、檣楼に登り市街を見渡すと火葬場が有った。
そこへ奴隷の遺体をゴミのように投げ込んでいる。
奴隷船の中で死んだ者は海に捨て、到着してから死んだ者は港の近くの海を死体で汚さないように燃やすのだ。
怒りに駆られて、甲板まで飛び降り接弦を待つ。
そんなクラウスに今回の船を手配してくれた西方商工会の会頭が話しかけて来た。
「義憤に駆られるのは分かりますが、無暗に文句はつけないで下さいよ。出迎えの市長が来ている筈です」
「ええ・・・分かっています。父に迷惑はかけません」
とはいえ、会頭に言われるまでは文句をつけるところだった。
「アスコットさん」
背中を向けたまま静かに話しかける。
「なんでしょう」
「西方候の権威がこうも侮られているとは思いませんでした。貴方は知っていたんでしょう?父を軽んじているのですか?」
背後のアスコットはさすが大国の王子と心の中で敬服していた。
まだ若いが言葉に圧力を感じる。
「私は世界中飛び回っているのですよ。ここへ来たのは十年振りくらいです。昔より悪化しているように感じます。拝金主義者が世に蔓延ったせいでしょう」
「『感じる』?・・・ではここと東岸沿岸都市の経済成長、市民の支持率を十年分、比較して貰えますか?これでは団結して帝国を追い越すどころか、西方市民が分裂してしまう。貴方は父の経済顧問で同盟者でしょう?情報工作も任されている筈です」
「承知しました」
「帰国した時、すぐに父に報告出来るようにお願いします」
「承知しました」
会頭を下がらせて従者達を呼ぶ。
「俺が市長と会っている間に、市街の様子を調べて来てくれ」
「様子ってなんです?」
「帝国大法典、万国法に違反していないか。統治能力無しと判断されれば帝国に直轄領を作られる。アスコットが出してくる情報が信用出来るかどうかも分からないし、父をリブテイン王のようにしたくはない」
「了解です」
西方候として帝国や東方候の事ばかり気にしていて足元が見えなくなっているのかもしれない、とクラウスは考え始めた。
「じゃあ、任せたぞ」
「はい」
◇◆◇
「市長、少し衛生状態が悪いようですね」
クラウスは開口一番臭そうに顔をしかめながら市長に話しかけた。
「失礼。風の都合で船団が予定より早く到着したそうで、こちらはごった返しているようです。普段はもっと清潔にしているんですよ。さあ、こちらへ。宿舎にご案内します」
何でもない事のようにいわれ馬車へと案内される。
乗りこんでから話を再開する。
「遺体が山積みのようですが、あんなので利益が出るんですか?」
「さて、私が売買しているわけではないので。税金さえ納めてくれれば構いません。ゴミ処理施設に投資もしてくれてますし」
「そうですか、何か困った事があれば父にも伝えますが」
「あー、最近ハンゼ法というのが施行されまして帝国がいうには漂着船の貨物は所有者に返却しなければならないそうです。今までは市が没収していたんですが、処理費用ばかりかかって回収したのに後から没収されてしまうんですよ。何とかなりませんかねえ」
「海運が盛んになってきて事故も増え、皆助け合わねばリスクが大きすぎるので仕方ないと思います。とはいえ、いくらか還元されないか聞いてみます」
「お願いしますよお。奴隷購入で外国船団も来るようになったのはいいものの、その船が暗礁を回避するのに失敗して流れ着いて脱走した奴隷が大暴れする事件が増えたんですよ」
突然数百人の暴徒が発生するので市の軍事力では苦慮するだろう、とその点は理解した。
◇◆◇
宿舎に着き、夜に従者達が戻ってきたがアフド以外はぼーっとしている。
「どうした?疲れたのか?」
「喫茶店に行って新聞読んでるうちになんか皆ぼーっとして疲れた感じになっちゃったんです」
「あー」「すみません」「もう寝ていい?」
いつも頭脳明晰なカランまでぐったりしていた。
「変なもん飲み食いしたんじゃないだろうな?」
「皆、同じもの食べましたよ」
どういう事なんだろう?とクラウスとアフドは首を傾げた。
一晩経てばいつも通りだったので船旅の疲れだろうと思い、予定通り各国の訪問を行った。しかし何処の港町でも同じような状況が何度も発生したので船医に相談した。
「ああ、最果て諸島から持ち込まれたアムルーラのせいでしょうね。果実を食べると酒を飲んで酔っぱらった時のようになり、葉を刻んでパイプに詰めて火をつけて吸うと気分が落ち着くので流行っているんです。原産地出身のアフド君には効果が薄いんでしょうね」
医薬品として注目されていて船医も知っていた。
「ダラダラ働いてる奴からは共通して同じ匂いがした。先生はこれ、大丈夫なやつだと思いますか?」
「そういわれると気になりますね。船員にも数人は似たような症状はありましたが」
ガタイの大きな船員達とクラウスの従者達では耐性に差があるかもしれない。
「他の国はともかくうちの国で流行ると困ります。出来るだけ急いで船団長にも報告して下さい」
「わかりました」
各国訪問に一ヶ月以上かかったが、クラウスは多くの収穫を得た。
市民生活の東西経済格差だけでなく衛生、健康状態にも大きな差があった。
船団長とアスコットの指示で道中の西方商工会所属の船長などからも聞き取り調査を行い、船医のいう通り最果ての島々から奴隷と共に船員達が持ち込んで流行っている煙草の一種だが、西方人にとっては習慣性の高い危険な薬物だと結論づけられた。
帰国して数か月ぶりに会いに行ったラクナマリアからも同じ甘い匂いがした。




