第42話 演習
夏季休暇が始まり、クラウスは船にのって西方諸国歴訪の旅に出かけた。
途中、式典で知り合った同年代の王子達と共に西方圏と南方圏の間にあるアル・カサル海峡までやってきた。そこそこ広い海峡だ。
「東方のヴェッタハーン運河と違ってアル・カサル海峡は多くの船が同時に通航できる」
「だが、大砲の飛距離の延長に伴って戦時は安全に通航できない」
海峡の両岸は自由都市があり、帝国海軍基地がある。
「沿岸砲をぎりぎり躱して航行できませんか?」
「片側だけでも落せればね。だが風や潮の流れがあるから僕が海軍司令官なら両岸落さないと接近はしない」
「向こうにみえる港町はうちの国の最南端だが、帝国軍基地までの間はみての通り断崖で陸路でも通行は難しい」
帝国の大魔術師達は魔術による地形改変で要塞をさらに鉄壁にしていた。
「西側は大分通りやすいが道は馬車一台分の広さしかない」
「となると補給は海路に頼っているわけですね」
ジェレミー・ヴァンダービルト、ロイス・ファーズマン・バラナ。
クラウスはドナとメテオラの兄達と共にもしこの海峡を攻略するならどうするかを話し合っていた。
「そう。だから陸兵はあまり多くない」
「自由都市の傭兵を買収したり、テロを起こせば沿岸砲を攻略できませんか?」
「ダメージは与えられると思うけど、逃げ場がない環境で買収に応じる傭兵がいるかな?」
「ああ、それなら総督を買収してこちらの子飼いの傭兵団か、ガドエレ家の傭兵団を送り込む、とか」
西方商工会はいくつか傭兵団も運営している。
「いい案かもしれないけど、勝機が無ければ傭兵団も乗ってこないだろう。いくら子飼いでも」
「やはり艦隊を別の場所に引きずり込んで撃破するのが前提ですね」
「ラキシタ家は陸軍国家だったから帝国海軍が全力をあげて出撃する必要が無かった。海軍に力をいれておけばあと十年は戦えたろうに自慢の騎士達は帝都を巡る会戦で銃兵によってほぼ全滅したらしい」
「スパーニアやフランデアンも戦争で魔導騎士を半ば失ったらしいですね」
「ああ。昔は歩兵から見たら移動要塞みたいだった魔導騎士も現代じゃ攻略手段はいくらでもあるって事だ」
西方諸国は人口が少ないのでより効率的な火器の発明に力を注いでいて、それらをスパーニアに輸出してフランデアンを苦しめた過去がある。
「あの要塞内にも相当数の帝国騎士がいると思うが火力を生かせる平原での会戦ならともかく限定的な環境だとまだまだ脅威だな」
「火器より魔導装甲の魔力を中和する薬剤のようなものを手榴弾に入れて投擲する戦術を開発中だよ。要塞内の戦闘ならガスもいいかもしれない」
ロイスは発明家として既に名前が売れていて、帝都への留学経験もある。
「お二人がこんなに熱心に帝国打倒を考えているとは思いませんでした」
「これは『演習』だからね。この地域でもっとも強い相手を仮想敵とするのは当然じゃないか」
そんな名目で王子と軍人達は演習を行っている。
「帝国海軍と協力して海賊を捜索して追い込む演習もやっているけどね」
「去年の被害も過去最悪だったからねえ」
いくらかは西方商工会の私掠船だ。
帝国が海軍力を制限するので海賊被害が収まらないと帝国政府に陳情し、武装商船を建造している。
マッチポンプで軍事力を拡大していた。
◇◆◇
海峡を通過する前に帝国海軍の臨検を受ける事になり、巡視船が来るまでの間しばらく彼らは雑談していた。
「留学中虐められたりしませんでした?」
クラウスとしては帝国人とどう接していくかが気になるところだった。
「今は東方圏の王侯貴族が数百人在学してるからそれほどでもないよ」
「私みたいなのはさすがに珍しいが世界中から人が集まっているし意識するほどの事は滅多にないと思う。今の帝都は世界中から色んな人が集まる分、外国の文化を尊重すべしという風潮が昔より大分強くなったらしい」
ジェレミーは蒼い顔で顔面にもかなり毛が生えているので西方人でも珍しく、帝都でも同様だった。
「こいつ、獣人扱いされるんじゃないかってびくびくしてたけどね」
「実際何度か有った」
「気の毒に・・・ところで獣人や奴隷を解放しようと考えた事はありませんか?」
「ガドエレ家は獣人との講和を考えているんだったね。まあ君はドラブフォルト陛下がそうするつもりなら反対はしないよ。奴隷解放にいつても僕らは構わないが、西岸諸国は奴隷売買で利益を得ているから反対するだろうね」
「そうですか・・・」
奴隷売買を止めるメリットを提示できないクラウスには現時点でどうしようもなかった。
国内であれば奴隷を維持、管理する方がコストが高くつくという方向に法規制を整備出来るが他国にそこまでは強制できない。利益優先の平民の価値観の変更も必要だ。
◇◆◇
「今回は皆さんと航海を共にでき、光栄でした」
「こちらこそ良い旅路を」
事前に話を通しておいたので臨検は形式的なもので帝国軍はすぐに去って水先案内人だけが残った。
王子達はここで分かれて自国に戻る。
「さて、初めての外海だ!」
クラウスが乗る船は海峡を通過し、陸地が全く見えない大海原へと帆を張った。




