第41話 留学計画
新帝国歴1434年。まだ抵抗している城塞は残っているもののラキシタ家の乱も落ち着き、帝都の混乱も収拾されたとの報が伝わってきた。
そこでクラウスは帝都への留学を計画し始めた。
西方候になるには帝国貴族だけでなく世界中の王侯貴族とも知り合える環境に身を置いた方が良かった。帝国からの招待枠で従者を一人連れていけるのだが、全員平民、奴隷なので入学は出来ない。
「とはいえ全員連れていくつもりだ。皆、帝国共通語だけはしっかりやっておくように」
「うーい」
「はい」
「了解です」
「自分留守番でもいいですか」
マナールだけは留守番を希望した。
「強制はできないが、何故だ」
「そりゃ帝国人と関わりたくないからです」
マナールの母は帝国兵の暴行に遭って殺害され、裁判で有罪を免れた為、父が報復に出て逆に殺された。正当防衛で帝国兵は無罪となった。
「お前が物心つく前の頃の話だと聞いたが、それでも憎いか」
「いえ、別に。ただ気持ち悪いんです」
霊魂や亡者の痕跡を見て以来、父母が自分の行いを見ている気がした。
「もし俺が同じことをやったら同じ結果になるかどうか試してみたくなります」
「やめとけ」
「はい」
大人しく頷いた。
「別に見知らぬ帝国人の事まで憎くも無いし、たまたまそういう奴がいて運が悪かったんだろうなって思います。でもそういう奴にそうさせてしまう力があるんでしょうね。帝国が支配する世界ってのは」
「そうだな。でも俺は将来の西方候として同志になってくれる味方を諸外国の王子達から探したい。それが近道だと思う」
「ええ、頑張ってください。それよりレドヴィルが大人しく着いていく方が意外です」
だよなあ、と皆が視線をやる。
「ん?そりゃ、あれだ。俺は思いついたんだ」
「何を?」
「どうせなら帝国で革命を起こした方が早い、と」
「革命?」
「そうだ。帝国の民衆に皇帝を倒させればいい。そうすりゃ皆苦労しないで済む」
「そういうのやめろって殿下にも迷惑だから」
レドヴィルが考えるような事は既に先人が試しただろう。発覚して責任を問われるのがオチだ。
「じゃあ、帝国の犬どもに自覚を促す」
「自覚?」
「こっちでやってるストを向こうの民衆にもやらせる。それなら合法だろ?」
「帝国ってストライキ合法なのか?」
「さあ」
「合法かどうか確認してからやってくれ」
「おっしゃ」
「いいんですか?殿下?」
「向こうの民衆が向こうの統治者に権利拡大訴えるのは構わない」
これでついていくのは三人と決まった。
「で、ラクナマリア様の事はいいんですか?」
「大事だが、最優先ではない。戻ろうと思えば転移陣で一日で戻れる」
「めっちゃ高いんでしょ?」
「予定外の転移は高くつくだけで、節目節目では無料だ。マナール、不在の間はたまに様子を見に行って何かあれば報告してくれ」
「はい」
「で、いつ行くんです?」
「来年か、再来年だ。まだ内戦が終わったばかりだし、向こうも大変だろうから」
なんだ、まだ先じゃんとレドヴィルは話を打ち切って出ていく。
「ほんとにあいつ連れて行くんですか?」
「行動力はある奴だし、率直に物をいってくれる。リブテインみたいな滅び方をしたくない」
リブテイン王は賢者の話を聞かず、お気に入りの側近の甘言だけしか聞こうとしなかった。
街の視察に行くときにだけ、側近は視察コースにある市場を商品で溢れ返させ、人々を飾り立て、もっと税を上げてもいいと王に吹き込み、私腹をこやした。
最終的に民衆の怒りを買い、帝国の怒りを買い、民衆もろとも国は滅んだ。
「苦労しますよ」
「覚悟の上だ」
「他に今年の計画はありますか」
「外海用の造船所の視察に行って、外海の航海に行って、できればアフドの故郷の島々にも行ってみたい」
「そんなところまで?」
「他の国はまだ奴隷狩りを続けているみたいだし、出来れば止めたい。事情はあるだろうが、俺達が新しい帝国になってしまったら義父も俺も何のために人生かけてるのか分からなくなる」
「確かに」「そうですね」
アフドも黙って頷いた。
「他に何か明るい計画は無いんですか?」
「西回りで世界を一周して戻った初の船団長になりたいかな」
理論上、観測結果からも世界は丸いとされているが、まだ実証した人はいない。
「じゃあ、帝都に行って世界中の人とお友達になって航海を助けて貰わないとですね」
「ああ、そうだ」
アフドは無邪気に話すが、クラウスが考えているのは帝国の目が届かない外海側の諸国と東方圏を結んで力を蓄える事だった。
帝国は中央大陸だけでなく他の大陸でも内海の大都市を支配しており、内海経済を掌握している。帝国を経由しない外海経済圏を確立してしまえば帝国の税収も減り、こちらは軍事力を隠して育てる事も出来る。
帝国は何千年も分断統治を基本戦略としており、従属国の中で大国化していく国が出ると、蛮族戦線での負担義務を強化し、技術者の引き抜きを行い、周辺国との敵対化工作を行い、反乱勢力に資金を援助する。
帝国に気づかれる前に打倒しうる力を手に入れて有利な交渉を行う。
世界で誰かしら同じような考えを持つ者がいるだろうし、もっと多くの人と知り合える環境へ身を移す必要があった。