第31話 昼のラクナマリア
「お前には失望した」
「え」
「ホスタ!」
外で待機していたホスタが出てきて、呆然としているクラウスを連れ出した。
「まったく、男というのはやはりああいうものなのだな」
「そうですよ、王子様はまだ子供だと思っていましたけどやっぱり駄目ですね」
二人は溜息を吐く。
「お前は食事はどうする?」
「私は適当に貰ってきます。ラクナマリア様には場所が場所なので派手な宴会は無いそうですが、既にいらっしゃってる王族の方々用に用意されているそうです」
「わたくしは別に要らぬ」
「王妃様が寂しがりますよ。面倒な報道関係はこの館には近づけないそうですし、心配はいらないと思いますが」
「では、少しだけ顔を出すとしよう」
「はい」
ずっと部屋に閉じこもっているわけにもいかないし、館の間取りを把握するついでに出かける事にした。
◇◆◇
ラクナマリアは一度外へ出て、ぐるりと回って明かりで照らされた庭園を眺め、どこかの楽団が奏でる音楽を聞き、一周して屋内に戻った。夕食は立食形式のパーティで、来客もあった。
「殿下、お久しぶりです」
「やあ、ええーとメテオラ様にドナ様」
クラウスが二人の姫に囲まれている。
「私達、今度帝都に留学に行く予定なんですの」
「クラウス様は留学されないんですか?」
「留学かあ、まだ未定です」
「一人息子ですものね」
「でも行くのなら是非一緒に。同じ一年生として学生生活を送ってみたいです」
「あら」
そこでラクナマリアに気付いた。
人目を惹く容姿なので周囲が勝手にざわつき始め少年少女達の注意も移った。
「まあお綺麗な方。どなたでしょう」
「メアリー様のお知り合いでしょうか」
ラクナマリアはクラウス達に構わず王妃と談笑し、侍女にも食事させた。
「まあ、なんてこと」
「使用人では無いのかしら」
ラクナマリアが質のいい服を与えていたので判断がつきにくい。
「あら、こちらの方を見てますね」
「何かしら、まあそんなことより」
メテオラ姫がクラウスの正面に回って視線を妨害する。
「殿下は式典後のパーティでのダンスのお相手はもう決まっていらっしゃいますか?」
「い、いいえ」
メテオラの向こうにいるラクナマリアが何を話しているのか気になって仕方なかった。
「ならわたくしと・・・」
「ちょっと!」
「何よ。早い者勝ちでしょ」
「あんたの国はウチから借金があるでしょ。譲りなさいよ」
「はぁ?そんなの関係ないでしょ」
西方圏最大の国の王子なので同年代の姫君達からの人気の的だった。
父達からもそう求められているし、自分達としても特に悪い噂も聞こえて来ないし、優良物件と考えていた。
「ちょっと失礼」
姫君達の小競り合いをよそにやはり気になるラクナマリアの元へと移動する。
「どうした、しばらく顔を合わせたく無いぞ」
「クラウス、あまり先走ってはいけませんよ」
メアリーからも小言を言われた。
「お客様のドナ様やメテオラ様の相手をしてからこちらにいらっしゃい」
「まったくだ。まとめて相手に出来る度量もないくせに」
「いえ!勿論、あれは本心ではなく僕には一人で十分です!」
「うん?王子が一人としかダンスをしないわけにはいかないんだろう?」
そうね、とメアリーが返す。
「最後でいいなら相手をしてやってもいい。さっさと王子の仕事をして来い」
「は、はあ。もう怒ってらっしゃらないのですか?」
「お前の望みは知っている。いきなり抱きしめられたのは不愉快だが」
「え?知っておられたので?あれ?」
怒っているけど、怒っていない。呆れたような感じだ。
そもそもあんなのがクラウスの望みかというと自分でもよくわからない。
本心なのだろうか、それを知っていたというのは謎だ。
”最後の一言しか教えてないから”
「え?」
誰かに囁かれたような気がしてきょろきょろとする。
「落ち着きのない奴だな」
「礼法の教師は変えた方がいいかしら」
◇◆◇
クラウスはそのあと混乱したまま誰と約束したのかも忘れて自室に戻った。
頭がパンクした彼はどうしようもなくなって従者達に話して相談した。
「そういう事だったんですねえ」
「昼のラクナマリア様がおかわいそう・・・」
覚えている限りの事を話して整理した。
「夜に何が起きてるのか知らなくて精霊ってのが伝えてるんですね?」
「どこまでほんとか何て分からないけどな」
「夜でも切り替わっちゃうみたいですしね」
「んで、殿下はどちらがお好きなんですか?」
「そんなの両方に決まってるだろ」
クラウスは臆面もなく答えた。
「ちょっと言葉遣いが違うだけど、昼間だって普通に優しい方だし、夜だって奴隷だろうと俺だろうと他の者達だろうと平等に優しかったろ」
ホスタや猫を助けたのは昼だし、夜に手料理を振舞ってアフドに優しく接してくれた。
「ちょっと記憶や経験が違っても同じ人だろ。考え方まで違ってたらあの宮殿で長い間引きこもってたりしない」
「確かに」
「レドヴィルだって昔はもっと大人しかったけど別人じゃないだろ」
「まー、そうだね」
だから二人とも好きになっていいのだ、とクラウスは力説した。
「どっちにしたって美人だしね」
「うむ」
「でも滅茶苦茶手ごわいよ」
「まさに高嶺の花」
「頼めば政略結婚くらいしてくれそうなのがきつい」
「幸せにはなれないだろうね」
「王子様だし仕方ないんじゃない?」
皆、好き勝手言った。
「俺は幸せになるし、ラクナマリア様も幸せにする。宮殿を出て誰にも気兼ねなく好きな所に出かけてやりたいことをやれるようにする。帝国を追い出して誰もが好きな人生を選べるようにするんだ」
「あの方はどこ行っても注目の的になると思うよ」
「気兼ねなくは無理だろ」
「うるさい!」
茶化す従者に文句を言う。
「まー、いいんじゃないかな。殿下を応援するよ。皆に得があることだし」
「そうだね」
「人生の目標と口説きたい女性の願いが同じなんて殿下はもう幸せもんじゃん」
「俺はチャンスがあったら口説くけどな!」
「レッド!」
奴隷でもアリと言われたのでレドヴィルやアフドにも望みはあった。




