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第16話 社会科見学②

「とりあえずお話はわかりました」

「うん。単純な恋慕の問題ではなく、帝国の、人類の将来にも影響を与える選択だ。もし私が奪う結果になったとしても君や西方候と敵対するつもりはない。むしろ便宜を図りたいと思っている」

「自由に出来るのに?」


ちょっと不貞腐れたようにいうクラウスにロックウッドは苦笑する。


「もしホーリードールの主との間に子供が出来たとしても西方候に影響力を与えられる立場になったとしても何もかも意のままに操れるとは限らないよ」

「確かにそうかもしれません」

「我々帝国は人口一千万の西方候に人口二億を従える東方候と同じ一票の権利を与えている。帝国議会でもたまに選帝投票権の見直しが議論されているんだよ」

「確かに公平ではないかもしれません」


この話題についてはクラウスも父と話したことがある。

人口が半減し、武力侵攻を受けたら簡単につぶされてしまう西方圏の発言力を維持する為には奴隷狩りも止むを得ない。ラクナマリアの意に反する事だがやるしかない。


「だが、神学者や帝国魔術評議会などからは東西南北中央大陸とそれを守護する五大神の調和を破壊すれば世界に災いが訪れると警告されていてね。西方諸国に食糧援助をして復興に協力するのもその一環。最果ての島々に艦隊を送って奴隷狩りや領有化を許すのもね」


人類の管理者として君臨する帝国にもそんな意見があるらしい。


「お話はそれくらいでしょうか」

「そうだが、出来ればもう少し話さないかい?先ほど信頼関係の話をしたね?」

「はい」


好意は持ったが、信頼関係を構築したとまではいえない。


「どうせ陛下にも依頼することだし、せっかく偶然会えたんだ。君にも同席して口添えを頼みたい」

「ホーリードール宮への訪問ですか?」

「違う違う。本来の訪問目的だよ」


ロックウッドは苦笑する。


「我々はまだ内乱中でね。中央大陸最南端を抑えるラキシタ家を屈服させないと内海貿易が滞るんだ」


中央大陸南端と南方大陸北端は肉眼で見える距離なので、沿岸要塞からの砲撃、出撃する艦隊で商船団の航行を妨害出来る。


「うちの国はたった三州しかなくて人口も百五十万。四十五州、二千万以上の人口を誇るラキシタ家と地上戦じゃ勝てない。帝国陸軍が南端に到達するのもまだ時間がかかる」


ガドエレ家は艦隊を派遣予定だが、西方諸国の艦隊も借りたいとのことだった。


「帝国の内戦でしょう?関与は避けると思いますが」

「皇帝陛下が復帰してダルムント方伯とアル・アシオン辺境伯からの援軍も届いた。帝都を巡る戦いでラキシタ家は完敗して地上軍は撤退した。もう終わりだよ」

「じゃあ、別に援軍は不要では?帝国海軍もいるでしょうし」

「そうだね。それでもあえて頼むのは何故か、と考えたかな?」


あ、と反省した。


「単純に攻略を急ぎたいだけではなく、ここらで関係を修復したい」

「関係修復ですか?」

「ふむ、まだ歴史の勉強中らしい」

「お恥ずかしいです」


いずれ教わる事だし、そこそこの成績は取れてるし、いいや、とクラウスはあまり熱心ではなかった。


「『マッサリアの災厄』と並行して行われていた東方の大戦争で我々は異なる勢力に援助していたんだ。君達西方諸国はスパーニアへ、我々はフランデアン王国へ」


技術力で百年は劣ると言われたフランデアン王国はガドエレ家の援助の元で急速に銃火器の扱いを習得し、生産し、戦役末期ではスパーニアを追い抜いた。


「ああ、そういえば随分な損害を出したとか」


以前、ホーリードール宮の維持費の出所を探すべく調べものをしていた時に、随分国庫の余裕が無くなっていた時期があった。どうやって穴埋めをしたのかと不思議に思ったが、目的と違ったので深くは調査しなかった。


「スパーニアが負けるとは思わなくて西方商工会は随分な負債を負ったらしいね」

「父上や会頭が引き時を誤るとは意外です」

「まあ、時代の遅れの武器しかないフランデアン一国でスパーニア、リーアン連合、ガヌ・メリに加えて蛮族の襲撃を受けていたアル・アシオン辺境伯を助けて全て薙ぎ倒すとは予想できなかっただろうね」

「貴方だったらどうしてましたか?」


ちょうどロックウッドが生まれたばかりの頃に起きた戦争なので彼は関わっていないだろう。


「正直、何考えてんだ?うちの当主はって思ってただろうね」

「ご当主様は賭けに勝ったんですね」

「賭けではないな。パスカルフローの艦隊を動かしてスパーニアを攻撃させたり、当時の東方候に働きかけたり、帝国の鉄鎖銀行に働きかけてフランデアンに投資させリスクを減らした」

「なるほど、直接援助以外にも打てる手は打ったんですね」

「そういうことだ。甚大な損害を被ったから君の父君と我が家はちょいと関係が悪くてね」


戦後生まれのクラウスにはしがらみはない。


「君とは仲良くしたいし、父君に働きかけて欲しい」

「利があるなら拘るような義父ではありません」

「それはよかった。同席してくれると気が休まるよ。人間は感情の生き物だからね」

「はい」


これで用件は済んだが、多少相手が理解出来たのでクラウスはひとつ質問をしてみた。


「皇子殿下は皇帝になったらどうなさりたいですか?」

「どうとは?」

「選帝選挙では皇帝になった後、人類をどう導きたいか、演説すると聞きます。もし僕が選帝侯になった時、貴方の何を支持すればいいのでしょう」

「我々ガドエレ家の目的は『金』だよ。昔から同じさ」

「直截的ですね」

「うん、我々は利益を追及する」

「エイクの狂信者みたいに?」

「あれに力を与えたのは君達の失敗だったね」


貧富の格差が極端になり、人身売買まで蔓延っている。


「我々は蛮族と講和し、争いを無くし、世界の隅々まで裕福になって貰ってうちの商品を買って貰いたい」

「蛮族と講和ですか?蛮族死すべし、が国是では?」

「帝国議会じゃ時々議論されてるんだよ。フランデアン王も正規軍を蛮族戦線に送ってくれなくなったし」


帝国は五千年間常時五十万から百万の大軍を貼り付けているので負担が大きい。


「皇帝にはそれを決める力があるんですか?」

「アル・アシオン辺境伯とダルムント方伯次第だね。彼らが納得すれば帝国議会も認める。言い出す勇気がある人間が少ないだけさ」

「他の選帝侯達は?」

「東方諸国にも蛮族と国境を接している国があるが、小競り合いだけで大戦争には発展してない。我々も蛮族と戦争を止められるさ。南方候は世界の反対側だから興味ない。君達もそうだろう?」

「出費に頭を抱えてますね」


人口の少ない彼らは戦力の供出を矯正されていない代わりに戦費の負担が義務付けられている。


「それなら歓迎しますが、代わりに負担を求められるのでは?」

「いや、むしろ不平等条約を解消し諸国の発展を促したい」

「いいことずくめですね?」


従属諸国に都合が良すぎて信用出来なかった。


「考えてみてもくれ。私の家、ガドエレ皇国は君の国よりも小さい。皇帝は二代続けて輩出出来ない。すぐに潰されてしまう。諸国を味方につけて帝国政府に対抗したいんだ。人類の支配者だなんて憎まれ役はもう終わりにしたい」

「東方候を味方につけたからと言って帝国人五億に対抗できるだなんて私達は考えていませんよ」


ガドエレ家自体は小国だし、ここでうかつに言質を取られる訳にはいかない。


「皇帝になったら同盟市民連合との通商も認めるつもりだ」


蛮族は獣人であり、神話の時代に神々を裏切って去った神獣を信仰する者達の総称である。

同盟市民連合は人類だが、帝国の支配に収まらない共和制の都市国家の総称だった。

全大陸を制覇した古代帝国時代に辺境なので放置された結果、今まで残っている。

定期的に帝国軍が襲撃して破壊の限りを尽くすので古代のまま技術が進歩していない。


「共和制をお認めになるおつもりですか?」


第二次市民戦争で帝国が介入して経済制裁を行い、リブテイン王国を国家丸ごと餓死に追い込んだのは帝国が共和制を頑として認めないからだ。革命が自分達に波及した場合、国体が危うくなる。


「金になるなら政体なんかどうでもいい」

「な、なるほど」

「ガヌ・メリ人民共和国だって存在を許されたんだ。リブテインが共和制を選んだのなら別にいいじゃないか」

「帝国の方がそんなことをいうとは意外ですね」

「帝国でも酷すぎるって声が多くてね。議会は認めないが」

「なるほど。今日はお会いできて良かったです」


クラウスは立ち上がって握手を求めた。


「こちらこそ」


ロックウッドも固く握り返す。


「ホーリードールの主殿にはお会い出来たら君の事を売り込んでおくから是非、私に清き一票をお願いするよ」

「はい、殿下」


ついうっかりクラウスは了解してしまった。

ガドエレ家と西方諸国の利害関係が一致したからであって売り込みが理由ではない、と自分に言い聞かせた。


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