第15話 社会科見学
学問の専門化、公教育の普及で学生時代は続いているが成人年齢である12歳に達すると飲酒や結婚の許可、そして闘技場の観覧チケットが購入出来るようになる。
というわけでクラウスは闘技場というのを見に出かけた。
チケット売り場でいい顔はされなかったが、問題なく入場できた。
無駄遣いするわけにはいかなかったので貴賓席ではなく一般の観客席についた。
クラウスは割と活発な方だったので護身術や銃器の取り扱いの訓練は熱心に受けている。
賭博は興味無いが、一度本気の命のやり取りというものを見てみたかった。
「殿下、あんまりお勉強サボると止めなかった僕ら解雇されて自由が無くなりますよ」
「成績は悪くないんだから別にいいだろう。お前達こそしっかりやれよ」
クラウスはそれなりに要領よくやっている。
「いつも一緒にやっているのにどうして差がつくんでしょうねえ」
「向き不向きって奴があるだろ」
一番成績がいいのはカラン。
サボり屋のレドヴィルはいちおう及第点。
一番成績が悪いのは奴隷のアフドだが、最果ての島々で奴隷狩りにあって連行され言葉を覚えるのもやっとだったので仕方ない。
「闘技場に行ったなんてラクナマリア様に知られたらきっと嫌われますよ」
「ど、どうしてだ?」
「だって奴隷とか蛮族が無理やり戦わされてるわけでしょ?」
「剣闘士とか賞金稼ぎが戦ってるんじゃないのか?」
「剣闘士って大抵奴隷ですよ」
市井の学校に通っているとはいえ、王子の耳に社会の負の側面が聞こえてこないように教師も学友達も気を使っている。
「奴隷たちの殺し合いを楽しんだってバレたら間違いなく嫌われるよなあ」
「しかも親子とか兄弟とかで殺し合いになるケースもあるらしいぜ」
「ぐ」
「どうします?」
従者達は乗り気ではなかったが、クラウスはそれでも行くと言い張った。
「来週は造幣局や下水道の見学にいくし、スラムの病院の視察や奉仕活動の手伝いにも行く。そんなに酷い所なら知る必要がある。遊びにいくわけじゃない」
物見遊山気分で決めたのは事実だが、もっと世界を知りたかった。
◇◆◇
そんなわけで賭博はせず、いくつかの試合を見学した。
興行主が死者を出すのを嫌ったので、倒れた者に必要以上の追い打ちはなく死亡者は少なかった。しかし、骨が折れ、血しぶきが舞い、時には頭蓋骨が砕けて無残な死体が出来上がる事はあった。
「君達には少々血生臭いんじゃないかな」
一人の青年が声をかけて来た。
スーツ姿の護衛らしき男が側に控えている。
「そうかもしれませんね。貴方は帝国の方ですか・・・?」
金髪で中肉中背で大理石のような肌をしている。
西方人の多くはもっと色素が薄くて青白い。
「ロックウッド、商いで訪れた」
「ロックウッド・・・?もしやガドエレ家の?」
胸のバッジに船と金貨の紋章がある。
帝国の皇家の紋章だった。
「うん、そうだ」
「ご訪問はまだ先かと」
「風の都合でね」
帝都からなら転移で直接来れるのに船で来たらしい。
「世界一裕福な皇家と聞きましたが、なぜこんなところに?」
「ここの方が臨場感があるし、どこから見ても結果は同じだ。ま、せっかく儲けた事だし場所を変えようか」
さっさと座れ!と怒鳴っている者がいるし、いずれ二人の正体に気が付く者が出るだろう。
◇◆◇
ロックウッドの招待で従者達も含めて貴賓席の個室に移動した。
従者達は王家の私室より豪華な部屋に感動して見学している。西方の守護神は宝石の神だけでなく剣神も多く、闘技場での戦いは神への犠牲式として古代から熱心に行われてきた。
現代では富裕層の娯楽もあり、熱心に投資されている。
「先触れの使者は出したから明日には王宮に訪問させて貰うよ」
「はあ、それで私に何か御用でしょうか」
「せっかく会ったんだから個人的に支持を取り付けようと思ってね」
「帝国の騒動の件ですか?私に発言権はありませんよ」
「それは残念。だが内乱の件じゃない、将来の話さ」
「将来?」
「私は将来、皇帝に立候補する。君は将来父君の後を継いで選帝侯になるんだろう?」
「希望としてはそうですが、選挙ですから他に二十人の候補者が出てきますよ」
エスペラス一強なので選挙は有名無実化しているが、将来はわからない。
「他の候補者に勝てるよう私が選挙資金を提供しよう」
「いきなり賄賂ですか?」
「選挙期間中じゃなければただの先行投資だよ」
「ものはいいようですね」
「そう。法律は解釈次第、迂回方法はいくらでもある」
クラウスはまだ勉学に励む時期で大人の世界に入るには早いと思っていた。
いきなりこうも堂々と買収を持ちかけられるとは思わなかった。
「私は父の方針を学び同胞諸国民の暮らしをよくする為に働くだけです。私の資産は会計監査院の監督下にあります。手に負えない額を受け取っても扱えません」
「口座は私が用意する。財務管理の専門家もつけよう」
「私の一存ではなんとも。父に相談しませんと」
「大人にはある日突然、なるものだ。準備期間など与えては貰えない。今、決断したまえ。私と同盟を結ぶか、手を振り払うか」
「でしたらお断りします」
クラウスははっきりと拒否した。
「何故かな?」
「選択肢の無い状況に追い込まれてからの決断なんて後悔するでしょうし。信頼関係の無い取引なんてするべきではないでしょうから」
「ふむ、それだけかい?」
「私は父上の後を継げばどうせ最有力候補ですし、選帝侯になってから交渉した方が条件はよくなるでしょう」
「確かに君は唯一の後継ぎで廃嫡されるような問題も起こしていない。・・・ところで最近君は一人の女性に懸想しているのだとか」
「っ!・・・脅迫するつもりなら将来西方候として敵対することになります」
クレバーかと思えばそうでもない部分もあるな、とロックウッドは評価を修正する。
「殿下、殿下」
アフドが袖を引っ張る。
「なんだ」
冷静に、と従者達が諭す。
「うちの後宮に密偵でも送っているんですかねえ」
「そんなのがいること教えるってことは本気で喧嘩売るつもりはないってことでは」
「む、そうか。ロックウッド様はどこでそんな噂を?」
「フラガ伯爵夫人という人が触れまわっていたよ。絶世の美女を陛下は隠しておられるとか。妙齢の女性でありながら婚約者もなく、陛下の情人でもない。古代王朝の純血の末裔を宝石のように隠しておくのは勿体ない。帝国人と婚姻させて、子を為せば我々西方王族の権威が強化される、とね」
「まさか」
自国の秘密を外国人に漏らす馬鹿な貴族がいるのか、となかなか信じられなかった。
「ホーリードール宮とやらの訪問の許可を貰えるよう陛下にお願いさせて貰おうかと思っている」
「どういうおつもりか伺ってもよろしいでしょうか。ご自身の子供が将来西方候になれるとでも?」
「それも面白いね。しかし、私が本意を答えると考えているのかな?」
「私のような子供が言葉の裏を読む駆け引きをしても貴方には笑われるだけでしょうし。何も聞かないよりは手あたり次第に試した方が何かしらの情報は得られるかな、と思いまして」
「なるほど。いいね。素直さは美徳で、武器にもなる。大人はそういう子供を可愛がって育てたいものだからね」
冷静になるとロックウッドは揶揄うような口調だが、敵意は示していない。
本気でラクナマリアを奪い取るつもりはなく何かを教えようとしてくれているようだ。
「こちらが入手した情報によるとその方はマッサリアとルクス・ヴェーネ聖王国の支持を取り付けているらしい。そしてドラブフォルト殿の工作資金も彼女から出ているのだとか。もし彼女が奪われた場合、エスペラス一強の状態も危うくなる。君が選帝侯になれる可能性がかなり下がるわけだ」
クラウスは必死で頭の回転を早くしてどういうことかと考えた。
「貴方以外にもそういった情報を持っている皇家があるのでしょうか」
「我々ほど情報収集に長けた家はセンツィア家とアルヴィッツィ家くらいなものだが、アルビッツィは今回の内乱でおとり潰しになるだろう。情報が広まるのはもうしばらくかかるんじゃないかな」
「次の選帝選挙で皇帝を輩出する為に、他の皇家は西方候の支持を得るために彼女を狙う、ということであってますか?」
「そういうことだ。だが、勘違いしないで欲しい。少なくとも私は確実かどうかわからない情報を元にして未来の選帝侯と争うつもりはない」
「ご厚意に感謝します」
クラウスはほっと胸を撫でおろした。
「でもあの方は誰とも結婚なさるおつもりはないようです」
帝国が帝政を放棄しない限り、西方圏で共和制国家は誕生させられない。奴隷も解放できない。
求婚の条件を満たせないので今の所誰も彼女のお眼鏡には叶わない。
「結婚しなくても子供は出来るだろう?他の王家を従わせられる血筋が重要で、男子を確保できればなおいい」
「で、でもですね」
「殿下にはまだ早かったかもしれないが、のんびりしていれば誰かに奪われる。婚約でもしてしまえば、ひとまず表だって行動は避けられる。他の皇家に奪われるくらいなら申し訳ないがこちらで確保するしかない」
回りくどいが親切ないい人かと思えば、やはり敵だった。
※成人年齢
この世界の人類はとある事情で成長が早く12歳で成人扱いです。
本分の通り人間社会の高度化に伴い、社会的、実質的な成人年齢は遅れつつあります。
SFみたいに一年が365日とは限らないとか何かしら理由があるとお考え下さい。




