第20部分 間一髪
第20部分 間一髪
三日後、オレはグランピングもできるキャンプ場にいる。あのあと元居た街をバスで走り抜けて反対方向に出てみたのだ。そこから北に向かって、この場所に来た。
途中の大手リサイクルショップで古着を幾つかとリュックを買い、必要な品を揃えてみた。ホームレスに混じっても良かったが、ここは休養してみようかと洒落こんだのである。物価は高いが、カネがあれば生活には困らないし、シャワーもある。器具はレンタルだし、フロントに行けば新聞も読める。
ただし雨は困る。昨日は雨で、ヒマを通り越して、初めて雨音を数える経験を積ませていただいた。晴れの日には、鳥も景色も星空も見飽きることがない。望遠鏡とカメラを持って来れば良かったと思ったが、レンタル料金を見てさすがにビビッてやめた。
いいのさ、オレには肉眼があるじゃないか。
キャンプはいい。まずメシがうまい。ちょっと煙の臭いが付くのが、むしろプレミアだ。そしてヒトと関わらなくても良い。夜の空気が最高に良い。だれも居ない山の中のキャンプは、その静けさが本当に恐ろしいが、ここがキャンプ場で物の怪と怪しい山賊が出る気遣いはない。オレは本当は小心者のビビりなので、「八尺様」とか「くねくね」とか「やまのけ」等の怪談はノーサンキューで、できれば遠慮したいのだ。
今朝の某地方新聞の広告欄には、待望のものが載っていた。
『サチコへ父危篤すぐ帰れマチコ』
ホッとした。しかしあと十日は静かに暮らそう。毎朝新聞を読まなくちゃ。しかし…
それから五日後の夕方、オレはたまたま管理棟のトイレからテントに戻るところだった。開いた窓から、オーナーの声が響いていた。
『ああ、いらっしゃいますよ。はい、かれこれ一週間… ええ、今夜もお泊りですよ、
はい。あ、お知り合いの方ですか。ああ、はい、なるほど、サプライズですね』
オーナーの視線の先に、オレのテントがあった。
十分ほど時間を潰してからテントに戻り、夕食の支度のフリでトンズラの準備を始めた。近くのテント仲間がオーナーと話し込んでいるのを確認して、炊煙を上げたまま近くの藪にそっと隠れこんだ。
近くの小さな川を裸足で何度かわたったり、戻ったり、遡ったり。これは警察犬を警戒した行動である。臭線を消すには、水を渉れば良いのだ。最後には川から直接木に登り、横に十五mほど移動してから地面に降りた。
歩いて行き過ぎておいて、少し戻る「戻り足」というテクニックも使ってみた。
猟師に追われたヒグマがこのテクニックを使うと聞いたことがある。歩いて止まり、自分の足跡を丁寧に踏んで戻る。数m戻ったら、ぱっと横に跳んで隠れている。やがて猟師が足跡を追って近づいてくる。隠れ場所から数m行くと、不意に足跡が途切れている。
『やばっ、戻り足だっ』と気付いた時には、後ろからクマが襲ってくるという。
ぎゃぁ!
オレは戻って、横に飛んで、そこから木に登って隣の隣の木から降りるだけだけどね。
そのときクマならぬクルマが登ってきて、四十mほど先に停車するのが見えた。ハイビームのライトが眩しい。こんな時刻に…たぶん追手だろう。おれはイライラしてきた。
その次にとった行動は、自分でも意外なものだった。
クルマから降りた二人は、間隔を開け、声を掛けあいながら藪の中を進んでくる。おれはその中間を軽く突破して車に近づくなり、いきなり後部席のドアを開けた。
そこに居たのは、あのサブチーフ中村だった。驚愕の中村の首にナイフを突きつけ、刃を食いこませながらドアロックと発車を命じた。中村はちびりそうな表情で肯いた。ゆっくり一キロほど走ったところで、今度は徐行しながらの電話を命じた。
「中村さん、これじゃキリがない。オレを殺すより味方にした方が良いんじゃないの?親分に交渉よろしく。そう、中村さんと同じ待遇でいい。悪い話じゃないと思うが…」
『そ、そんな…』
「親分にこう言ってよ。オレと中村二人を失うのが良いか、二人とも無事が良いかってね。中村さんさ、アナタ命かかってるから、その気で交渉してよ」




