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ロシアン ルーベッド  作者: 楠本 茶茶(クスモト サティ)
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第19部分 追跡者(チェイサー)

第19部分 追跡者チェイサー


 聞いたことのある地名だった。バスで二十個位先の停留所は、ホテルの最寄り駅から3つ先の駅名だった。1つ先の駅はマークするかも知れないが、3つ先なら急には手配できないだろう。もっとも近頃は防犯カメラが街のいたるところにあり、解析技術も発達してるから油断はできない。日本を取り巻く某国では、既に個人の顔の判別まで実施する国家的事業になっているくらいだし、防犯だけでなく民族浄化ジェノサイドにも役立てていたりする。


 警察の一部が奴らの味方だとすると、これは大変なことになる。もう1つ分のバス停を乗り過ごしたところで、あまり流行っていなさそうなお寺を見つけた。やむを得ない、今夜の夢… いや悪夢はここで結ばせていただくことにしよう。


 コンビニで弁当と飲み物、新聞・ガムテープ・殺虫剤スプレーと虫よけを買い、段ボールをいただいてこっそり寺の縁の下に這いこんだ。

 幸い寒くはない季節だが、困るのは蚊である。新聞は張り合わせて虫よけとブランケットの代わりに、段ボールは当然敷き布団の代わりにするのだ。


 ちょっと落ち着くと異様な空腹感があり、コンビニ弁当がやけに美味かった。あたり一面に殺虫スプレーをブチき、肌に虫よけを塗りたくって、とにかく今夜は寝ることにしよう… おやすみなさい。背中はごつごつと硬くて痛いけど仕方ないか。枕が欲しいけど、それはぜいたくというものかも知れない… この状況では…


 ふと斜め右を見上げると… 星がたくさん出ていた。

生まれてはじめて屋外で寝た。精神が疲れ切ったせいか、意外にもすぐ眠りに就けたようだ。


 翌朝… 早くに目が覚めてしまった。コンクリートに段ボールで寝たから背中や足や後頭部が痛いのは当然だ。昨夜のことがまだ夢のようだ。今からまた悪夢の続きを演じなければならない。お寺の朝は早いはず、見とがめられないうちに退散しておこう。町内の地図を見ると、ちょっと先に公園があるらしい。トイレと洗顔と一口の水はそこにお世話になることにしようか。


 今朝の身支度をとりあえず終えて、オレは茫然とした。これからどうすれば良いのだ?

どこへ行けば良い? 答えはなかったが、このまま捕まりたくなかった。まず生き残らなければならなかった。


 このまま逃げ続けるのか? 逃げ切れるのか? 当面の資金はあるが、それもいつかは尽きるだろう。…とすると、奴らがオレの拘束なり暗殺なり成敗なりを諦める手立てが必要だったが、そんな方法あるのだろうか? 


 腫れぼったい顔のままでコンビニに出向き、なにやら疑われながらもおにぎりとイチゴヨーグルトを買ってきた。公園でおにぎりをむさぼり食い、顔を洗い、ついでに髪も洗った。人目に付きにくいところで乾くのを待ち、待ちながら周囲を警戒し、考え続けた。蚊に食われて搔きむしった二十数か所が重くれていた。


 公園の花時計が10時を指した。オレは町内地図で某コンビニを見つけて手紙セットと筆記具、そして切手を調達した。今できることはこれしかない。それしかないなら、賭けてみるしかなかった。IR御用達のホテルに賭博的手段で対抗するなんて皮肉なもんだな… 気持ちのどこかにはちょっと余裕もできてきた。


 オレが手紙に書いたのは、ある意味で和睦わぼくの提案である。手の内をちょっとオーバーに見せてみた。趣旨はこんな感じである。

①ホテルのS階の秘密はだいたい調査済で、具体的な証拠写真も持っている

②警察や医者や火葬場との癒着についても個人名を挙げて告発する用意がある。

③しかし、これ以上オレを追わなければ告発はしない。

④オレに危害を加えたり、オレが行方不明になったときには、某所から内容証明付の告発書をしかるべき所に送る用意はできている。オレにこれ以上手を出すな。

⑤承知なら、某地方新聞の広告欄に「サチコへ父母危篤きとくすぐ帰れマチコ」という広告を一週間続けて入れること。それがお互いのためだ。


 ほぼ同文の手紙を二通用意した。1通はホテル宛てに郵送し、1通はもしも追跡者が来たら何とか渡すための手紙のつもりだった。


 ちなみに… 本当は、

①はフェイクで、そんな証拠までは押さえていない。知っているのは状況だけである。

②は推測しかない。

③が一番言いたいことだ。

④は脅しだが、実体は今何にもない。

⑤はコミュの手段である。


とりあえず奴らの出方を探っておきたかった。


 全貌はなんとなく見えてきていたので、8割フェイクの手紙に賭けてみたのだ。1通の手紙にはホテルの住所とサブチーフ中村の名を書き、タクと署名して郵便局から発送した。投函とうかん場所が消印でバレてしまうから、また場所を移動しなければならないが、ここがバレるのに2日はかかるだろう。


 ややや、しまった。

たった今、無意識のうちスマホをONにしてしまった。これはマズい。緊張のあまり、なんでこんなチグハグなことしてるんだオレは。いいか、とにかく落ち着け、落ち着くんだ。


 そうだ、どうせならついでに一度スマホを見ておこう。レナから2通のDMが入っていた。

『こんばんは、バイトいつ終わる』

『ねえどうかした? なんか様子が変。見たらすぐ返信して』

やっぱりだな…


「レナ、例の件。疑われたオレは逃走中。レナが心配でDMしたよ」

「基地局電波で場所がバレるからスマホOFFにする。心配かけてごめん、愛してる。命懸けて愛してる」

送信して、すぐ電源を切った。


 さあ、これからどうなるだろう。

本当に命懸けの鬼ごっこが始まってしまった。とにかくバス停1つ分歩いて駅に行こう。あとは歩きながら考えるしかない。


 ふと下を見た時、おれはまたまた失策に気付いた。このグリーンのTシャツは目立ちすぎる。昨日は良かったのだ、これで。しかし一晩経って、昨日の逃走の検討が行われたなら、おそらくもうバレているに違いない。


 そして… 郵便の投函はまだバレてないとしても、スマホの電源ONは致命的だった。

関係者や協力者がスマホキャリアに潜入しているとするならば… オレがバス停一つ分を歩く間に、基地局を割り出し、電話連絡で近くの警官か関係者を急行させる… そんなこと簡単じゃないか!


 SNSは便利だが、その気になればキャリアに依頼して基地局を辿ると、現在地がわかってしまう危険がつきまとう。それがわかってたから郵送を選んだのに… オレはバカだ、いったい何してるんだろう?


 気付くともう駅の近くだった。警戒してみよう。立ち止まっていかにも気持ちよさげに、そっとあたりを見回してみた。すると片側二車線の対向車線側にややきつめのブレーキを掛けて停まる車があった。運転手を除く二人がドアを…


 しまった、アレだ… いや今発見できるなんてむしろラッキー!

幸い交通量はまずまず多い。


 オレは彼らに手を振ってみた。彼らは身振りで

『止まれ、待て』と言っている。

ひひひ、誰が待つもんか!


 オレは例の手紙を取り出し、

「ここに置くよ」

と示して、近くの塀の穴に差し込んだ。すぐさま近くの緑豊かな公園に向かって走り出した。


 奴らはまだ道路を渡れずにいた。この場合危険なのは、むしろ車である。大きな通りでは一瞬で追いつかれてしまう。オレは公園を派手に走り抜けて路地ろじに入った… と見せて実は物陰ものかげで様子を見ていた。走るのには少々自信があったからだ。


 クルマはオレの進路を抑える方向に走りはじめた。二人は追跡を(あきら)めたらしく、手紙を調べている。オレは身をかがめて公園に戻り、よく茂った木に登り緑の中に身を潜めた。ちょうど保護色というか、擬態ぎたいのようになって具合が良い。


 やがて二人は公園に来たが、オレには気付かないままに公園を出て行った。一時間十分経って二人が戻ってきた。しばらく電話でどこやらと連絡を取っているようだったが、やがてさっきの車に乗り、去っていった。やがてオレも木から降りて、ちょうどやってきたバスに乗った。バスは昨日の街に向かって走りだした。


 どこ行きなのか… 行き先は着いてみたらわかるだろう。



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