救世会編6
この高級マンションは病院から車で10分程走ったところにある。マンションの入り口には、機械と魔法で厳重なセキュリティがかけられてあり、警備員も24時間待機しているという話だ。そんな高級マンションの中に堂々と入る俺に対し、四亜はおどおどとした感じでマンションに入る。俺は手慣れた手つきで数多くあるセキュリティの1つ、パスワード認証を行うためにキーボードを打ち込む。手慣れた手つきとは言ったが、この高級マンションはもちろん俺の家ではない。俺の家はそこまで裕福ではない。
「え、煙間先輩、私達がこんなところに来ていいんでしょうか?とても場違いな感じがするのですが」
「そう緊張しなさんな。ここは俺の友人兼情報屋の住んでるところだ。俺と風紀委員の仕事をしてくなら、これから何度も通うことになるぞ」
「あの、さっきからひたすらに、かたかたとキーボードを打ち込んでいらっしゃいますけど・・長くないですか?」
「あぁ、長い。めんどくさい」
ここのパスワードは800文字から1300文字の英数字だ。さらに、週に1回という短いスパンで変わる。セキュリティを重視しすぎて、便利性というやつが死んでいるともおもうが、ここに住んでいる人の貯金額を考えれば、やり過ぎという訳ではないのかもしれない。
その後も俺達は厳重なセキュリティを数々と解除していく。
「えっと、聞きたいことがあるんですが」
「ん?」
「今回の件、そんなに危ないイメージがないんですが」
「・・・ま、今のところはな」
「今のところ?」
「三日月先輩が俺に直接頼み事をすること自体、なかなかどうして胡散臭くてきな臭いものなんだけど、それ以外にいくつか気になるところがあってな」
「気になるところですか?」
首を傾げるその姿が可愛らしく、思わずくらっとしてしまう。間違いない。妹の次に可愛い、こいつは。
「風紀委員の中に財丈 朱音さんっていう先輩がいるだろ」
「確か3年生の方でしたよね」
「そう、その人。あの人は情報収集能力が買われてて、自衛隊での就職が決定してる。そんな人が、今回の件をつい最近知ったっていうのは考えづらいだろ?」
「そうですかね?」
「そうだよ。新入生の個人情報くらい、あの人は2月の間に調べ終わってるはずだ」
「財丈先輩が意図的に三日月先輩に報告しなかったという可能性は?」
「ないな」
それだけははっきりと言える。
「何でですか?」
「財丈先輩は三日月先輩を尊敬しているからだ。いや、それこそ崇拝と言ったほうがいいかもな。三日月先輩のためなら、‘テルモピュライ’の戦場にも喜び勇んで飛び込んでいくぐらいにだ」
「それは・・・けど、わかる気がします。三日月先輩は格好いいですから」
格好いいという気持ちはわかるが、イコール尊敬できる、崇拝できるとはならない。確かに、尊敬や崇拝を集めるカリスマ性というものを彼女は持ち合わせているのかもしれないが、生憎と俺はそのカリスマ性に当てられることはなかった。
俺にとって彼女は尊敬のできる上司でもなければ神でもない。強いて言うなら、世話の焼ける姉といったところだろう。恥ずかしいので、絶対に本人に直接言うことはないが。
「財丈先輩と三日月先輩がこの件について2月の内に知っていたとしたら、何ですぐに動かなかったんだ?それが気になるんだよ。きな臭いんだよ」
そう言い終わると同時に、このマンションを守る最後のセキュリティが解除され、目の前にある大きく仰々しい扉が自動で開く。扉の向こうに広がる景色は豪華絢爛で、四亜は目をキラキラと輝かせていた。俺も初めてここに連れて来られた時は、四亜のように目を輝かせていたのを思い出す。
「四亜、こっちだ」
「は、はい」
若干挙動不審な四亜を連れて、俺はエレベーターに乗り込む。情報屋がいるのはこのマンションの14階だ。
まったく、高いところに住みたがるやつの気持ちがさっぱりとわからない。面倒なだけじゃないか。馬鹿と何とかは高いところが好きと言いたいが、ここに住む人達の大半は人生の成功者であり、少なくても馬鹿と呼ばれる人種ではないことは確かだ。高い所に住むというのは、金持ちが必ず到達する心理なのかもしれない。
エレベーターで14階まで上がった俺と四亜は、1418号室の前まで行く。そこに奴は住んでいる。1418号室の前に立った俺は、チャイムも鳴らさずにドアを開ける。入り口にあった大袈裟なセキュリティが何だったんだと言いたくなるが、あいつはそんな忠告は聞き入れないだろう。
中に入ると、一体何畳あるんだという広さの部屋が広がっている。
「煙間先輩、あの人が先輩の言ってた人ですか?」
四亜の指差す方を見ると、パソコンの前で何かの作業をしている男がいた。
「あぁ、そうだ。おーい、忍。財丈忍」
「財丈?」
俺の声に反応した男はこっちを振り返る。長い茶髪を後ろでまとめているその男は、俺の姿を見ると、満面の笑みを浮かべながら俺達に近づいて来る。
男の名前は財丈 忍。財丈朱音先輩の弟であり、俺と同じ大学の同級生。財丈先輩に負けず劣らずの情報収集能力を備えているので、厄介事の度に頼っている次第だ。
「ようこそ、我が愛すべき悪友。で、今回はどんな厄介事に巻き込まれたんだ?」
「何でもお見通しってか?」
「お前が奏ちゃん以外の誰かを連れてここに来る時は、大抵何か厄介事を抱えてる時だからな。ところで、そちらのレディはお前の相棒か?」
「あぁ、そんなところだ」
「はじめまして。越名四亜と言います」
四亜は礼儀正しく忍に挨拶をする。さすが優等生。そんな礼儀正しい挨拶に対し、忍は握手を求めるフランクな挨拶で答える。
「丁寧なあいさつありがとう。俺の名前は財丈忍。お前の相棒と同い年だ」
お互いの挨拶が済んだところで、俺は本題に入る。
まずはどこかで座って腰を落ち着けてから話したかったのだが、この部屋にはパソコンと冷蔵庫と布団以外の物がない。椅子すらない。なので、強制的に立ち話になってしまう。
忍が何故この高級マンションで1人暮らしなのか、まずはここで説明しておこう。
忍と財丈先輩の両親は公務員である。しかし、ただの公務員ではない。父親は自衛隊の情報本部のお偉いさん(詳しくは知らない)。母親はギルドの情報管理部課長。忍と財丈先輩の情報収集能力の高さにも納得ができるというものだ。
情報を扱うエキスパートの背中を小さい頃から見て育った忍は、小学生の頃から親の真似をしていたらしい。いや、真似とはいえないだろう。両親達は国を守るためだが、忍はただの興味本位でハッキングをやっていたのだから。最初の頃は(両親から見て)可愛いものだったのだが、日ごとに忍の行動はエスカレートしていく。情報を扱うエキスパートの遺伝子をフルで使用し、成長し、そこいらのハッカー顔負けの技術を手に入れた忍は、遂には手を出すべきではないところにも手を出してしまった。
CIA。言わずと知れたアメリカの情報局である。
大学2年の頃、忍はそこのサーバーに侵入してしまった。まぁ、これには理由があり、俺も関わっているので、強く批判できないのだが。
侵入することはできた忍だったが、いくらプロのハッカー顔負けの技術を持った忍でも、国家相手に完封できるはずがなかった。だが、一矢報いることはできた。より正確に言えば、欲しい情報は手に入ったのだが、財丈忍が犯人であるということがあちらに知られてしまった。
その件自体は財丈夫妻が何とか収めてくれたみたいなのだが、この件をきっかけに、忍という凄腕ハッカーの存在を、アメリカだけではなく、世界中の人達が知る結果になった。狙われるようになってしまった。
CIAにハッキングできるようなスキルを持つハッカーは貴重だ。いろんな国が欲しがり、いろんな国が邪魔だと考える。当然のように各国から身柄と命を狙われることになった忍は、セキュリティが高く、石川自衛隊基地の近くにあるこのマンションに住むことになった。半ば強制的に。
忍はこのことをきっかけに、ハッキングをもうしないと約束させられている。それは両親にだけではなく、いろんなところのお偉いさんや、現日本の総理大臣、天童忠義にも。しかし、それはあくまで表向きだ。
「よし、これで・・・開いたぞ」
「本当に凄いですね。救世会の情報がこんなにずらりと」
忍が見せてきたデスクトップの画面には、ギルドの情報サーバーにある救世会の情報がずらりと並んでいた。
「ギルドのサーバーは俺にとっては庭みたいなもんだ。母さんも知らない‘秘密の抜け穴’ってやつがいっぱいある」
「流石です!」
「・・・」
現実はこの通りである。
反省もクソもない。
高級マンションで監視するよりも、牢屋で監禁しておいたほうがいいのではないか?