救世会編5
「お兄ちゃん」
「奏、安心しろ。愛しのお兄様は無事・・・」
「また何か壊したんじゃないでしょうね!」
「・・・」
俺の心配ではなく、この部屋の家具や寝具の心配をする辺り、流石俺の妹といったところか。
警備員は黒ずくめの男達を拘束し、有馬先生にある程度の事情を聴いた後、この部屋から出て行った。奏も検査の途中だったので、この部屋を後にする。
奏が俺のことをどう見ているか気になる所ではあるが、それよりも、
「あの黒ずくめ共は何だったんだ?」
「あの中の1人は見た事あるわ。あなたと四亜ちゃんがこれから相手にする救心会、その信者の1人よ」
その言葉を聞くなり俺は肩を落とす。それはもう盛大にだ。
「それってつまり、俺達が今回救世会の生き神を見張るっていうことが漏れてるってことですよね」
情報を掴むのが早すぎる。と言いたいところではあるが、こんな何でもありの魔法を使った後だと気が引けてしまう。カフェでは俺が今回と同じく防音の魔法を周囲に貼り、周囲に話を聞かれないように警戒はしていたが、それも完璧ではない。どんな手段(魔法)で俺達の話を盗聴されていてもおかしくはないのだ。
「いったいどんな仕事を三日月先輩から頼まれたんですか?そろそろ詳しい話を四亜に聞かせてください」
俺は四亜と有馬先生に三日月先輩から聞いた話をそのまま話し、写真を見せた。
「それはまた厄介そうですね」
「厄介なんてもんじゃねぇよ。頼んできたのが三日月先輩じゃなかったら、裸足で逃げ出すレベルのそれだ」
三日月先輩の前で敵前逃亡なんてしようものなら、その時が俺の天寿となってしまうだろうから、俺はそんなことはしないが。
「ふふ、聞いたことしかないけど、聞いていたよりも苛烈な風紀委員長らしいわね」
「笑いごとじゃないですよ有馬先生。四亜は始めての仕事はもっと楽なものかと・・」
「さて、愚痴や世間話はそこらへんに置いておいて、本題に移りましょうか」
「そうね」
俺が促すと、有馬先生はようやく救世会についての話をしてくれた。
「救世会は政界にも影響力のある大きな組織よ。変わった神様を信じ、変わった教えを信じている」
「変わった教え?俺にとっちゃ、食事の前に‘父と子と精霊のみ名において’、なんて言うのも変わった教えなんですが」
「煙間先輩、キリスト様とその信者に怒られちゃいますよ」
「何だ?これも何かのハラスメントなのかよ」
「信仰ハラスメント?」
「聞いたことねぇよ」
「傷」
有馬先生が放ったその一言で、俺と四亜はおしゃべりを止める。
「傷がある程、人生は意味があるものになるらしいわ。痛みがあるから人は生を実感できる。痛みがあるから人は人に優しくできる。痛みがあるから他人の苦しみを理解できる。痛みがあるから人は人でいられる」
「一概に間違いとは言えませんね。だけど」
「だよなぁ」
哲学書などに載っていたら‘なるほど’と思える内容ではあるが、言っている相手が相手だ。危険度マックスの宗教団体相手では、素直に‘なるほど’とは言えない。もろ手を挙げて賛成とはいかない。その裏を考えてしまう。
有馬先生は机からパンフレットを2部取り出し、俺と四亜にそれぞれ渡す。そのパンフレットをパラパラと見る俺。どうやら救世会のパンフレットらしい。救世会の集会の日や近況、教えや救世会グッズ等が載っていた。聖書1冊27700円、ペンダント6500円、聖水500ml入り980円、ポスター2380円。こういう類のものの相場を知らないが、信仰のない俺にとってはお高く感じる。こんなものをぽんぽんと買う救世会の信者の気が知れない。それとも、信者割引とかがあるのだろうか?
そんな馬鹿な考えをしている俺とは対照的に、四亜は真面目にパンフレットを読んでいる。初仕事ということで気合を入れているのだろう。
「これは後で読ませてもらうとして、有馬先生は知っているんですか?救世神について」
「私の患者に救世会の信者がいるからね。その程度の情報よ」
「程度が低くても、確度が低くてもいいので、聞いた話を教えていただけるとありがたいです」
「・・・救世神。18歳の女の子で、教祖の1人娘。救世会という組織では生き神として奉られているわ。ただ奉られているだけで、組織で何かをやっているというわけではないみたい」
「なるほど。マスコットみたいな扱いですか」
ちなみに四亜はパンフレットを読むのに夢中で、有馬先生の声が届いていないみたいだ。このまま信者になってしまわないことを祈るばかりである。
「この子に直接会えるのは、毎週行われる祈りの日という名のミサの時だけで、それ以外の日にお目にかかることは難しいらしいわ。私が知っているのはこのくらいかしら。ごめんなさいね、あまり役に立てなくて」
「いえいえ、そんなことないですよ」
「それにしても、何でそんな神様が下界の、しかも大学に入学したのかしら」
「それが1番の謎です」
そう、それが1番の謎であり、1番怖いところである。
目的がわからないのが1番怖い。
何をしでかすのかがわからない。
「聞いた限り、義務教育というものを受けていなかったらしいの。そんな子が一体何で」
「義務教育を受けていない?」
「神様なんだから、それ相応の扱いを受けていたんじゃないの?詳しくは知らないけど」
とんでもないな。
確かに神様が学校に行くなんて考えられないが、救世神は神ではなく人の子だ。それが真実だ。そう考えると、自分の子を学校に行かせないなんていうのは、どう考えても正気の沙汰とは思えない。いや、救世神の父や信者は彼女を神と信じ、彼らの中ではそれが現実で、真実となっているのだろう。現実なんてそんなもんだ。
世界は自分を中心にしてしか見れない。
客観的に見ることは難しい。
自分の目で見て感じた世界こそ、その人の‘世界’であり、‘現実’なのだから。それ以外はただの‘御伽噺’と変わらない。
「そういえば、神様がいらっしゃる日は10日後なのよね?」
「あ、はい、そうです」
「急ね。もっと前に頼まれていたら、事前にきちんと情報収集できたのにね」
「そうな・・」
そうなんです。と言いかけた俺だったが、それに違和感を抱く。何故‘あの’三日月先輩がこんな直前になってこの件を俺に頼んで来たのか。
あの先輩の情報収集能力は大したことはないのだが、有能な人材が揃う我らが風紀委員の情報収集能力は、ギルドのそれに並ぶものである。それを踏まえると、風紀委員の誰かがこの情報を掴み、それを三日月先輩が知ったのが、昨日今日ということは考えづらい。
考えられるのは、相手が情報力でギルド、風紀委員、を上回っている。または、三日月先輩が意図してこの時期に俺に仕事を頼んだのか。はたまた別の理由なのか。
「・・・何だか余計きな臭くなってきたな。有馬先生、奏のことよろしくお願いします。念のためにすぐ動いておきたいでんで」
「ええ、私が責任を持って送ってあげるわ」
俺は未だにパンフレットを読んでいる四亜を引きずりながらこの部屋を出て行く。
「今回の件、そんな厄介なことになりそうなの?」
俺の背中に向けてそう問いかけた有馬先生の声は、どこか寂しげで、心配を含んだものであった。
俺はその問に対し、有馬先生の方を振り向かず言う
「・・・大丈夫ですよ」
たぶんね。




