救世会編4
「もぉ、わざわざ毎回私に付いて来なくても」
「心配なんだからしょうがないじゃないか」
ここ金沢魔法病院は、俺の家から車で20分程の場所にあり、妹の奏は毎月ここの病院に通っている。奏を蝕んでいた元不治の病は治ったが、まだ様子を見なければいけない段階らしく、月に2回は病院に通う必要があるのだ。俺はそんな奏に毎回付いて行っている。
「可愛い妹のためなら、例え火の中水の中、病院の中」
「焼却炉ならこの先に。海ならあのバスに乗って30分のとこにあるよ」
「・・・」
元気になってくれてお兄ちゃんは嬉しいよ。涙が出る程。
俺は不機嫌な奏と病院の中に入る。院内は普通・・・と言いたいところではあるが、生憎と現代における普通であって、魔法が出現する前の病院と違う点が多々ある。辺りを見回すと、あちらこちらで魔法を使用した治療が行われ、あちらこちらに見た事のない紋様(魔法陣)の書かれた医療器具がある。もちろん、人類が何千年と積み上げてきた医療技術は廃れ果てた訳ではなく、現在も未だに活用されている。前にも言ったと思うが、魔法なんていうものは万能ではないのだ。
「あら、奏ちゃんじゃない。今日もお兄さんと一緒なのね」
後ろから俺達に声をかけてきた女医。彼女はこの病院の魔法医師の1人であり、奏の担当医だ。名前を有馬 漣先生。
「別に付いて来なくていいって言ってるんですけど、毎回ついて来るんですよ」
「ついて来ちゃいました。今回も」
「ふふ、相変わらず仲がいいのね。あら、あれはあなた達の知り合いの子かしら?」
有馬先生が指差す先を見ると、そこには四亜がいた。
「煙間先輩!」
俺を目視で確認した四亜は、病院にも関わらず走って俺の元に駆け寄って来る。表情は心なしか怒っているように見えるが、全くといっていい程心当たりがない。
「四亜、病院内を走るのは感心しないな」
「こ、後輩の約束をすっぽかすのも感心できませんよ」
「約束・・したっけ?」
「三日月先輩との話が終わったら、私と今回の仕事の打ち合わせをするって約束したじゃないですか」
そういえば三日月先輩に呼ばれた後、そういったことをメールで頼まれ、了承したような気がする。
「すまん。可愛い後輩よりも、可愛い可愛い妹を取る俺なんだ。すまないとは思ってるが、罪悪感はこれっぽっちもない」
「すまないと思ってないじゃないですか!」
「えっと・・お兄ちゃん、この人は?」
「あぁ、こいつは今学期から俺の大学に入る越名四亜。可哀想なことに、風紀委員のメンバーの1人だ」
「風紀委員に入ったのは、私にとっては嬉しいことなんですけど」
「・・・」
なんて珍しい子だ・・・と言いたいところだが、俺の方が一般的に見て少数意見なので、黙って口を閉じる。当然と言えば当然だ。風紀委員に入れば、将来の職が選びたい放題なのだから。
「あーなんだ、その、すまん。実は今回の件はなかなかヘビーでな。お前には抜けて貰おうかと思う。だから、今日だけじゃなくて明日からも別行動ってことで」
「そんな危ない件なら尚更です。煙間先輩1人には任せておけません」
「いや、さすがに1人では事に当たらんよ。三日月先輩に頼んで応援を回してもらうさ」
「‘今回の件は東条煙間と越名四亜の2名に任せる。応援をやる余裕はない。そう伝えておいてくれ’そう三日月先輩から言伝を頼まれています」
「さすが・・」
さすが三日月先輩。相も変わらず先回りが得意な方だ。
風紀委員は優れた人材のたまり場と言われているが、その反面、採用基準が厳しすぎて人材が不足している。全体の警備に回すので手一杯で、個人の見張りに回せる人材はほとんどない。人材が不足しすぎていて、我らが大将まで出張るくらい。
「興味があるわね。その件、私も聞いていいのかしら?」
「いいですよ有馬先生。その代りと言ってはなんなんですが、俺にも情報をくれませんか?」
「私で力になれるのなら」
にこっと笑うこの女医は、魔法医学の権威であり、様々な所に顔が利く。救世会の情報にも詳しいかもしれない。
「じゃあ、こっちに来てもらえるかしら」
俺と奏と四亜は、有馬先生に付いて行く形で、有馬先生の診療室兼プライベートルームに案内される。診療室兼プライベートルームと表現したのは比喩でもなんでもない。日々の研究と診療に追われる彼女は、自宅に帰ることがあまりない。年に数える程しか帰ることがないと奏に聞いたことがある。実際、部屋の中にはベットや洗濯機、調理台などが備え付けてあり、生活するには十分すぎる程の設備が整っている。もちろん診療室なのだから、医療に関する器具や設備多々もある。
「で、私に聞きたいことっていうのは何かしら?」
俺と四亜がソファーに座ったタイミングを見計らい、有馬先生は俺に話を促してきた。奏も話を聞きたがっていたが、本来の目的である精密検査のため、現在は隣の検査室にいる。
「救世会についての情報を知りたくて」
「ふぅん。なかなかの厄ネタを引き受けたみたいね」
有馬先生のリアクションを見る限り、俺が思っているよりも厄介な案件みたいだ。それを理解した俺は、盛大なため息を吐く羽目になる。
「・・やっぱりそうなんですね」
「今回四亜達が関わる件、救世会が関わってるんですか?」
「あぁ、残念ながらそのようだ。文句ならあのドSな風紀委員長に言ってくれ」
「嫌ですよ。四亜はまだ死にたくありません」
頬を膨らませながらそう言う四亜に、またも先輩の威厳とやらが崩れる程ときめいた俺だが、そんな呑気を許す程、今俺達が置かれている状況は甘くなかったみたいだ。
「動くな!」
ドアから、窓から、連中はやって来た。黒ずくめの服装で、物騒な物を手に持つ彼らがやって来た。
ここ魔法病院は、魔法による治療や研究を行う重要機関であり、それなりの警備システムを擁しているはずなのだが、彼らは平然と窓から侵入してきた。警報が鳴っているが、警備員が来る前にこんな状況になってしまっているので、たいして意味がない。ただただうるさいだけだ。
「有馬先生、ここの警備システムの改善、後で医院長に言っておいてくださいよ」
「嫌よ」
「何でですか?」
「そんなことより、今はお客様の相手が優先じゃないかしら」
俺達は銃を持った黒ずくめの男4名に囲まれる形になる。男達の持つ銃はオーストラリア製のグロウレッド17 mc1250。安全性と耐久性に多少の難ありだが、その分値段がお手頃で、財布に余裕のないギャングやテロ組織に人気の一品だ。
「手を挙げろ」
俺の目の前の男が、俺に銃を突きつけながらそう言う。普段の俺なら大人しく従うところだが、生憎と今は隣の部屋に妹がいる。可愛い可愛い妹が、隣で検査を受けている最中なのだ。なので、皆さんには地べたと仲良くなる方法を教えることにしよう。
「四亜、初仕事だからって緊張することないぞ。失敗しても尻は拭いてやる」
「煙間先輩、それはセクハラかと。次は法廷で会うことになりますよ」
「・・以後注意させてもらいますよ」
繊細過ぎる気がするが、こういうことに俺は鈍感なので、ここは黙って謝罪をしておく。
「口を閉じろ!」
男の怒号と同時に、有馬先生が携帯を床に落とす。敵の注意を惹くのはこちらでやっておくから、後はあなた達で片づけてくれという合図だろう。ため息の1つでもつきたかったが、そんな悠長な態度を取れる状況ではない。なので、俺と四亜は懐からそれぞれの武器を素早く取り出す。俺は煙管を。四亜は小太刀を。もちろん、俺の煙管はただの煙管ではない。れっきとした武器だ。
10年前も今も、人間1人で何でもできる程魔法というやつは便利ではない。しかし、今は魔法を制御し、威力を瞬間的に増幅させるデバイスというものがある。そんな便利アイテムは、我が国日本で6年前に作られたものである。この時日本は‘戦闘’という面だけで見れば、世界でのトップに立ったと言える位置にいた。しかし我が国はその権利を、位置を、地位を、あっさりと捨てたのだ。国連に在籍しているすべての国に、デバイスの開発方法や使用方法に関する知識を与えた。当初は各メディアがその件に騒いでいたものだ。
そんな日本は圧倒的な地位を捨てた代わりに、国連で‘いい感じの位置’というやつを手に入れた。平和国家という看板がそうさせたのか。はたまた、あの馬鹿総理の気まぐれというやつか。俺みたいな一般市民Aにはわからない。
「任せたぞ。期待のルーキー」
俺は煙管から魔素が含まれた煙を出し、俺と四亜、有馬先生を守るように囲む。
俺の持つデバイスの名は煙魔縁S1412 mc625。見た目通り煙を出すデバイスだ。今俺が使用している魔法は、煙が囲む空間にある空気を操作する魔法で、空気を固めて銃弾による攻撃を防ぐなんてこともできる。しかし、効果時間はもって10秒。今は3人を守るために煙を多く、広く出しているので、効果時間は5秒といったところだろうが、5秒もあれば余裕だろう。
彼女なら。
「からかわないでください」
四亜は小太刀哭烏mc473を抜く。抜くと同時に、小太刀から黒板をひっかいた時のような、叫び声のような、そんな不快な音が室内に響き渡る。その音を最後に、周りにいる男達がばたばたと倒れていく。
「聞いていた通り、なんともおっかない魔法だな」
俺は全員が倒れるのを見計らい、魔法を解除する。防弾機能と防音性能を俺達の周囲の空間に付与していなかったら、今頃俺と有馬先生も、目の前の男達と同じく、床の味を堪能する羽目になっていただろう。
「あら、案外あっさりと片付いたのね。残念だわ」
「「え?」」
「いえ、あなた達が暴れてそこら辺にある家具やら寝具を壊してくれたなら、経費で新しいものが買えると思ったのだけど」
医者っていう職業は、俺が思っているよりも儲からないものなのだろうかもしれない。そんな疑問が頭を過ると同時に、扉から奏と警備員数名が来た。