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事件編

 「被害者は山田=ヨハン13世、26歳。ヴィジュアル系バンドのフロントマンで、カルト的な人気を誇っていたようです」

「ああ、知ってます!『Dies irae』のヴォーカルですよね!私もファンだった!殺されたんですか!?」

「私情を挟むなら捜査から降りてもらうぞ、谷口刑事」


 コンサートのチケットでも手に入れたかのように現場ではしゃぐ後輩を一睨みし、私はため息をついた。こんな悪魔崇拝みたいなコスプレをした輩が若い女子達の間で流行っているなんて、如何とも理解し難かった。全く、いつの時代も「世は末」だ。黄色いテープを潜ると、鑑識が待っていた。


「で…何かわかったか?」

「ご覧の通り…首から上がないですね。それから右手首と心臓も切りとられています」


 血の匂いがツンと鼻をつく。私は思わずハンカチで口を押さえた。寂れた狭いアパートの一室に転がっていたのは、かつて人間だった男の残骸だった。


「遺体の一部が持ち去られているのか。宗教的な儀式にも見えるが…」

 私はちらりと後輩を見た。谷口刑事と目があうと、彼女はブンブンと首を振った。


「私、聞いたこともありません!確かに『ディエス』は終末思想を謳ったり、ライブで鶏肉を銀の剣で串刺しにして焼いてるのをパフォーマンスにしてますけど、変な宗教との関わりだなんて…」「そのパフォーマンス自体、もう立派な宗教みたいなもんだろ…」


 私は呆れ顔で頭を振った。谷口は「違いますよ!」と言いながらバンドの素晴らしさを力説してきた。若い男達がステージ上でバーベキューを披露し、それを観客が涙ながらに讃える。想像しても、何が楽しいのかサッパリだった。



「とにかく…これだけ特殊な殺し方だと、熱狂的なファンの仕業というセンが怪しいな」

「そういえば…」


 何かを思い出したように、谷口が呟いた。


「最近、ファンの間で変な噂を聞いたことがありました」

「ほう、どんなだ?」

「その…ファンはファンなんですけど、一部熱狂的なファンというか…」

「フン。まあいるだろうよ」

「そのファンは…山田さんの『顔』のファンらしいんです」

「顔?」


 谷口は頷いた。


「ええ。私は見た事ないんですけど…何でも山田さんの顔だけが特に好きすぎて、他には興味ないって人がいるらしくて。彼の音楽も私生活もどうでもよくて、ただ顔だけが好きって人が」

「全く、バンドもバンドならファンもファンだな」

「どういう意味ですか!」

 

 私は肩をすくめた。谷口はさらに続けた。


「他にも…『手』だけのファンとか、彼の『心』だけを愛している人とかいるらしくて」

「じゃあ何か?その『顔だけファン』が、こいつを殺して顔だけを持って行ったと?」


 私は顔の無くなった死体を見下ろした。部屋は散らかってはいるが、若い男にありがちな汚さだ。争った跡はなく、強盗の可能性は低いだろう。ガイシャは他にも右手首と心臓が無くなっている。こいつの『一部』に熱狂的なファンが、殺して持ち帰ったのだろうか?


「とにかく…無くなった部分を探してくれ。それから谷口はそのファンとやらの情報をもう一度洗い直してくれ」

「了解っ」


 私の号令で、部下達の動きが忙しなくなる。床に散らばった下着やスナック菓子の食べ残しを踏まないように、慎重に現場を後にした。外に出ると、夜空に浮かぶ顔のない月が不気味な笑微笑みを携え私を見下ろしていた。







「警部!例の事件の情報、集まりましたっ!」

「ナイスだ。そこに順番に並べてくれ」


 会議室に飛び込んできた谷口に、一人残っていた私は真っ白なホワイトボードを顎で指した。谷口は両手いっぱいに抱えた写真やら書類やらを、意気揚々とボードに貼り付け始めた。


「話していた、例の『一部』ファン達の件です」

「三人ともアリバイがありません。一人目は水谷由香里25歳。被害者とはかつて同じバイトをしていて、肉体関係があったとかなかったとか。彼女は山田さんの『顔だけファン』です」


 私はボードに貼られた写真を覗き込んだ。こんな訳のわからないバンドにのめり込むほど、容姿も悪くはないが…世の中わからないものだ。


「二人目は進藤エリカ19歳。ブログで延々と彼について語っていて、その盲目っぷりがファンの間でも有名でした。彼の心にとても惹かれていたようです」

「彼女が『心臓だけファン』ってことか」


 写真に写っていたのは、化粧バッチリの少女だった。彼女がガイシャの『心』を奪っていったのだろうか?


「三人目は、東正志23歳。違うバンドの後輩で、良く「ディエス」のライブで姿を目撃されています。山田さんのギターテクに惚れ込んでいるみたいです」

「ギターテク…右手…」


 こちらの青年は、まだあどけなさを残していた。しかし…顔にしろ手にしろ、好きだからといって殺して奪うような真似をするだろうか?私は谷口に尋ねた。


「それで…死因はわかったのか?」

「死因は、鑑識の結果心臓を一突きされたことによる『失血死』ですね」

「なるほど…心臓ね…」

「切り取られた順番でいうと、心臓、顔、そして右手首の順です」

「三人に動機は?」

「水谷は肉体関係。進藤は半ストーカーと化して、山田さんも迷惑していたようです。東とは、最近楽屋で喧嘩していた姿が目撃されたとか…いずれにせよ、推測の域を出ませんがね」


 なるほど…大体わかってきたぞ。犯人の目星はついた。私が一人頷いていると、両手に抱えていた資料を捲りながら、谷口が興味津々に尋ねてきた。


「警部は、誰が怪しいと思います?」


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