[9] 問い
アリスを連れて、退室を願いでたフヒトを、リヴが呼びとめる。
いぶかしさを押し殺して振りかえったフヒトは、[調停者]の真剣なまなざしを受けて、戸惑った。
「リヴ、さま?」
「フヒト。間違っても【改編】をおこなうな」
「ええ。それは、もちろんですが……どうして、突然」
フヒトが聞きかえすと、リヴはらしくもなく、すこし言いよどんだ様子を見せる。
「いや、――いい。アリスを任せた」
「? はい」
結局、真意を解せないまま、扉は閉じた。
それを眺め、三位の空間から抜け出した開放感を感じながらも、ふに落ちない思いにフヒトは首をひねった。
まあいいか、と気もちを切りかえてひさしの外に出れば、高い日ざしが目を焼く。[焔灯]はしっかりと役目を果たしているらしい。
「フヒト、これからどうするんだ? もう自由にしていいんだろ」
「そうだね……」
開放感をありありと浮かべたアリスのまなざしを受けとめながら、フヒトはしばし迷った。
特異職、という立場は特殊である。[史記]もまたそれに連なるものではあるが、一般的な例かと言われれば少し違う。
熱と灯りをつかさどる[焔灯]、大気をつかさどる[風織]、万物の根源に連なる[喚起]、[長庚]、[寒月]、[幽鬼]、[言読]――。
ぱっと思い浮かぶだけでも、かなり風変わりな【権限】をになうモノたちの総称、それが特異職である。
(あいさつ、するべきかどうか)
フヒトに目付役を任せるというのなら、学園でのアリスのあつかいはフヒトと同等、つまり『別棟組』だろう。
確かに自由度は高いが、その分いさかいが起こりやすくもある立場だ。
同種の言名を宿すモノが複数存在する場合でも、その代表としての『名』を継ぐ存在は、ひとりだけである。
もちろんユ=イヲンや三位などは、同種の存在などあり得ないが、他の言名であれば話は別だ。[史記]が複数存在した例とて、過去にはある。
別棟には、フヒトを含む数人の特異職、それも『名持ち』だけが属している。
仮とはいえ、アリスを彼らと同列にあつかうのなら、関わり方を考えなければならないだろう。
どうしたものか、と考えにふけっていたフヒトのそでを、アリスが引く。
しかしフヒトはそれに気づかず、アリスの手はそのままフヒトの背後に伸びた。
「いっ……! なにを」
後頭部に走った微妙な痛みに、フヒトのまゆが寄る。
二手に別れた緑青色の髪の束のうち、手近な右を掴んでいたアリスは、唇をとがらせながら手を離した。
「だって、全然気づかねーし」
「声を出しなよ、声を」
「出した!」
「だからって髪を引っぱらない」
むくれるアリスに、あきれたまなざしを向けながら、フヒトは乱れた髪を簡単に直した。
面倒なくくり方もそうだが、なにより長髪はうっとうしい。好んでいるわけではなかったが、それでも[史記]として従うべきならわしだ。
「で、なに。どうしたの」
「……あの、さ」
めずらしく言いよどむアリスに、知らずフヒトの表情は険しくなる。
もっとも、無表情の上に多少の険がのったところで、はためにわかる差異は微々たるものであった。
「ここ……ガクト? って言ったっけ」
「そうだよ。学都DiCe。何百年か前に定着した来訪者が、そう名づけた」
「定着……?」
ぱちぱち、と大きな黒眼をまたたかせるアリスは、まだ意味を理解していないのだろうか、とフヒトはいぶかしむ。
補足しようとフヒトがあらためて口を開くより、吹っきれたように強い目をしたアリスが声をあげる方が早かった。
「――学都の外は、どうなってるんだ」




