[8] 三位の宣告、拝命(2)
「特異、職……です、か?」
[調停者]の判断を疑おうとは思わないが、フヒトは確認せずにはいられなかった。
「しかし、アリスは『言名』を持ちません。【権限】もない。僕らと同列にあつかうのは……」
「だからこそ、じゃの」
フヒトの言葉をさえぎり、エマが声をあげる。肘かけから半身を起こした少女の長い髪が、ふわりと広がった。
「どういうことでしょう、[叡魔]」
「ふむ、そなたはリ=ヴェーダ以外に敬意を払わぬの」
「最低限の礼節はわきまえているつもりでおりますが」
「ああ、よいよい、あいわらずで結構」
めずらしく、あきれを色濃く浮かべた[叡魔]の紅赤の瞳が、フヒトをどこか生温かく映している。それが不快でしかたがない。
「フィーちゃん」
「……。なんでしょうか、[勇聖]」
呼びかけられれば立場上無視することもできず、フヒトは、たっぷり一秒かけて右へ向きなおった。
そのまま、みごとなまでに一瞬で表情がこわばる。
――その視線の先には、不吉な笑みを浮かべたヒジリがいる。
「特異職は希少なうえ、それぞれにまるで他と異なる【権限】を持つだろう。基本的に互いに干渉もしない。その坊主を隠すには都合がいい」
「簡単におっしゃいますね」
投げやりじみた口調で挙げつらねたヒジリ。みつめるフヒトのまなざしは、冷たい。
「俺にはこれ以上関わる気がないんでね。後は『保護者』に任せる」
「は、……?」
その瞬間のフヒトの心情をあらわすなら、まさに、なに言ってんだこいつ、である。
とんでもないことを至極あっさりと告げた[勇聖]の白髪を掴み、ひき倒してやりたいと思うくらいには、フヒトは動揺していた。
――当然ながら、実際にそんな気配を見せようものなら、間髪いれず後ろにひかえる[干戈]に貫かれるだろう。
身のほど知らずの末路は、いともたやすく想像できた。いらだちを堪えて、フヒトは問う。
「それは、どういう、意味でしょうか」
この男とて仮にも三位。リヴと並ぶ存在である。その発言の重みは、ただの冗談と片づけるには難しいものがある。
しかし、嫌な予感にひきつったフヒトの表情を、ヒジリは楽しげに見つめるのみで答えない。
「フヒトが保護者? 俺の?」
会話の流れについていけなくなっていたアリスが、単語を拾って、不意に声をあげる。
「それを言うなら飼い主だよな。拾ったのフヒトだし」
「アリス!」
とんでもない爆弾発言に、フヒトは席を立たずにはいられなかった。
初対面のとき、思えばそんなような台詞を聞いた。しかし、フヒトはそれを一蹴したはずだ。
(たしかに、その後でうっかり手を差しのべはした、けど……!)
「フヒト」
落ちつきはらったリヴの声色が、フヒトには、はじめて恨ましく思えた。
「来訪者の監査役をお前に任せる。世話役もかねた、目付役のようなものだ」
「僕には荷が重いと思われます」
即座に反論するも、リヴの表情は動かない。
「他に適任者がいるのか?」
「それは」
続ける言葉を見いだせないフヒトを、逆らいがたい金眼がとらえる。
もとより本気で三位の決定がくつがえせると思っていたわけでもないが、……その瞬間、フヒトは完敗を悟った。
「わかり、ました。その命、つつしんでお受けいたします」
慇懃に腰を折ったフヒトの側頭部へ、右方向から愉悦に満ちた視線が突きささる。
己がうろたえる様を見て楽しんでいるに違いない悪趣味な白兎を思い、フヒトはかたく歯を食いしばった。
――手を出したら、負けだ。




