[7] 三位の宣告、拝命(1)
処遇が定まっている以上、この場において、フヒトのなすべきことは最早ない。
退室はしないまでも、ただ三位の沙汰を受けいれるのみである。
……はず、だった。
「存在……ゆるされ……?」
ぼうぜんとくり返すアリスの瞳から、とうとう耐えかねた一滴が、こぼれ落ちる。
音もなく流れたその一筋を見た途端、思わずフヒトは口を開いていた。つきうごかされるままに、少年の名を呼ぶ。
「アリス」
輝きを失った黒曜石が、ゆっくりとフヒトへ向きなおる。
「きみはここにいる。学都ではないどこかからオちてきて、それでも、自分のカタチを保っている」
「へ……」
「それが、事実だから。他のことを、むりに理解する必要はないよ。――いまはね」
一息に告げながら、フヒトは戸惑っていた。
他でもない、リ=ヴェーダの御前で、一体何を口走っているのか。ろくな意味もない慰めを、許可されたわけでもなく声にのせるなど、あるまじき行為だ。
(なによりも、わからないのは)
どうしてアリスの瞳のなかに浮かぶ己は、かすかに表情をゆがめているのか。
嫌悪でもなく、悲しみでもなく、――それはいままで、フヒトが抱いたことのないたぐいの、なにかをあらわしているようだった。
「フヒト……?」
アリスの瞳が、黒々と揺れる。――フヒトは知らない。こんなにもまっすぐに、混じりけのない信頼を向けてくるモノを、他に知らない。
よりにもよって[史記]に、ただ一心ですがりついてくる。この無垢な存在を、フヒトは理解できない。
(ああ、――そうか)
アリスは知らない。来訪者は無知だ。フヒトという存在、その本質を、まるで理解していない。だからこそすがることができる。
――決して干渉することの赦されぬ、この身に。
なんて、愚かな。
薄く皮肉な笑みを浮かべたフヒトは、はっと我にかえった。強いまなざしを、感じる。
「申し訳ございません、リヴさま」
[調停者]へ勢いづけて頭を下げ、その体勢のまま、フヒトは身をすくめた。
動悸が、おさまらない。一瞬だけ交わった、リヴの黄金色の双眸。そこに宿る、理知的でいて苛烈な光が、脳裏に焼きついて消えない。
「頭をあげろ。フヒト」
おそるおそる、斜め向かいをうかがうように視線をあげたフヒトは、難しい表情を浮かべたリヴに閉口する。
敬愛する[調停者]から向けられるまなざしは、厳しい。
普段はお優しい方だけれど、その一方でリヴさまは厳格だ――そう、フヒトとて承知している。
しかし、実際にその矛先が向けられた経験など、数えるほどもない。
(あの、顔は……ユ=イヲンがふらりとあらわれたとき、よくする、顔だ)
まさか、アレと同列にあつかわれているのか。フヒトは、複雑な思いをいだいて身構えていた。
それを少しの間無言で見すえていたリヴは、やがて目をつぶり、深く息を吐きだした。それだけのことに、フヒトの肩はおおげさに跳ねる。
「……アリス。結論を言いわたそう」
ふたたび開いた[調停者]の金眼がとらえたのは、フヒトではなく、打ちひしがれた隣の少年であった。
「表向き、『来訪者』と称するのは、はばかられるのでな――以後、お前は『特異』としてあつかう」
宣告が、重々しく室内に落ちる。落ちついたリヴの声を聞きながら、それが【宣言】ではないことにフヒトは戸惑った。
[調停者]の【宣言】は、絶対だ。
かつて存在しなかった真実を生み、『言名』にさえ迫る強力な理をつむぐ。それがリヴの持つ、最高権力者としての権限だ。
【宣言】が用いられてしまえば、誰も彼の決定をくつがえすことなどできない。
だからこそ、フヒトは、この場で【宣言】がなされるのではないかと思っていた。
しかし、ヒジリとエマは、異を唱えることなく静観を貫いている。
それは暗黙のうちに、リ=ヴェーダの言葉が、三位の総意であることを物語っていた。




