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言葉の庭のAlife  作者: 本宮愁
fragment
115/115

fragment:白日の王

※書き下ろし

“なあ[叡魔]、共に遊ばないか? ――涼しい顔したあの天秤を、すこしばかり揶揄ってやろうじゃないか”


 箱庭を二分する権限を与えられた片割れに誘いをかけた当時、[勇聖](おれ)は若かった。


 青く、猛々しく、神をも恐れぬ型破りな王という役柄に、この上なく相応しく嵌りこんで(、、、、、)いた。


 俺は多くを始めた。比較的に短い生涯を、命を燃やし尽くすように駆け抜け、我が身をもって民を牽引することこそ存在理由と信じ、繰り返し、繰り返し、繰り返し――同じ場所を回りつづけた。


 俺の目の前には常に(、、)変えるべきものがあった。


 お誂え向きの舞台を疑うこともなく、今日に至るまで、変革と呼ばれるものの多くを手がけた。その善し悪しに関わらず、徒らに多くの変化をもたらした。


 その後、いくつかを継続発展させたのは赤き魔王の功罪だ。俺の仕事ではない。


 だが、それらを影ながら選別し、正しきを導き、悪しきを断ち、この地をあるべき形へと治めつづけてきた真の主は――。


 事を始めるのはいつでも容易い。終わらせることに比べれば、はるかに。ゆえに俺は彼に届かない。届くことがない。


「ヒジリ」


 ざわり、と空気が振れる。贋作(、、)の存在を認めるかどうか、この期に及んでセカイは迷い、揺れ続けているのだ。


 自ら引っ張り出しておきながら始末に迷うとは、主を失ったセカイはこうまで脆く不安定なものか。滑稽に過ぎる。つまらぬ役者にすぎぬ自分自身もまた。


 しかし、渦中の当人は素知らぬ顔をして立ち続け、彼自身よりも周りの者たちの方がよほど気を焼いているように見える。それがまたおかしく、彼の周りは見飽きない。


「ユイをみなかったか」


 絶対的正当性を失ってもなお、その両腕にセカイを抱え続けなければならない、無様な天秤。涼しげな面差しは先代によく似て見える。


 ――そう。見える(、、、)、だけだ。


 目に見えるものばかりが真実とは限らない。こと、この箱庭においては。


「知らねえなあ」

「ならばいい、――なんだ?」


 不躾な観察を続けていた俺に、『リ=ヴェーダ』の名ばかりを継ぐ不完全な青年は訝しげな目を向ける。


「いや……ああそうだ、ひとつ提案があるんだが」


 それは哀れみか、あるいはただの気まぐれか。


「共に遊ばないか?」


 ふと思ったのだ。今の彼ならば、同じ目線に立って、同じ戯れを理解しえるのではないかと。互いがそれを望むかどうかはさておいて。


「断る」


 青年は即答した。


「お前まで俺の手をわずらわせてくれるな」

「そうかそうか、あんたには跳ねっ返りの飼い猫(、、、)がいたね」

「あれにそんな可愛げがあるものか」

「いいや可愛いもんだよ、あんたもあれも」


 在りし日の箱庭の主を思えば。

 口には出さない裏の意図を正しく読み取って、今代の[調停者]は眉をひそめた。


「……記憶が戻っているのか」


 可哀想に。もっと不出来な存在ならば、こんな皮肉など理解することもなく、あるいは早々に諦めもついていただろう。中途半端な優秀さは、自らの首を絞める呪いでしかない。


 その有り様(、、、)を哀れだと思うのは真実だが、……同時に、ひどく眩しくもある。


 彼は変わった(、、、、)のだ。この不変なる箱庭の中で、もっとも変えがたいものを、大胆に破壊し、変えてみせたのだ。


 俺には決して成し得ないことだ。

 これまでも、これからも。


「さてね。だがそう気に病むことはないさ。知っての通り、俺は楽しんでいる。なにせこの俺を置いて[勇聖](おれ)に相応しい者などないからなあ。やはりこの退屈な役は俺が務めるより他ないだろう」


 己の瑕疵を知るがゆえに、決してその正当性を認めることができない哀れな男に向け、当てつけるように口の端を上げる。


 彼を置いて他に相応しい者などいないと、凡ゆるモノが口を揃えて言うに違いないのに、彼にとってはその事実を認めることすらも苦痛を伴うのだろう。


 完全であることを求められたこともなければ目指そうとしたこともない俺には理解しがたい価値観だが。


「ならばこそ――二度と飽きさせてくれるなよ?」


 かつて浅はかな企てによって俺の存在を固定した彼が、藁にもすがる思いで挑み破れたであろう一世一代の大勝負を過ちと位置付け、負い目に感じていることは理解している。


 その上で、わざわざ傷口に塩を贈る(、、、、、、、)ような真似をする俺は、その不敬ゆえに遠からず彼の子飼いに殺されるかもしれない。あるいは[長庚]のようにコワされるか。


 あのイかれた猫ときたら見境がないからな。神に等しき権能を持ちながら、その行動原理を不完全な主に預けている、あれもまた不完全なものだ。不完全で、歪で、予想がつかない。


 俺は俺なりに、この不完全な絶対者たちを気に入っている。


 彼を否定するセカイを真っ向から否定しかねない今代の[史記]ほどの気概はないが、セカイの滅びに繋がりかねない選択であろうと黙認してやろうと思うほどには、気に入っている。


 彼の選択の結果ならば、どんなものであろうと甘んじて受け入れようと思えるのだ。


 彼は箱庭の意思なのだから。

 不完全な存在となりはててもなお、唯一の意思なのだから。


 あの完全な主が置き残した、たった一つの遺志と、異端の少年が置き残した、たった一つの痕跡と。


 細かいことを言えば思うところがなくもないが、歪な絶対者たちの健闘を見守る立場というのも、また一興。


「俺は昔からつまらないことが嫌いでね」

「心得ておこう」


 苦々しい表情で頷いた、青臭い主を鼻で笑う。

 あの男ならば、そんな表情はしない。そんな声は出さない。

 ――だからこそ、面白い。


「それがいい。俺の遊びは少しばかり性質が悪いからな」


 未知の遊戯に夢中になっていた、青二才はもういない。

 ここにあるのは白の王。白日の下にすべてを晒し、来るべき変革を導く、ただの王だ。


「せいぜい足掻け、そして俺を楽しませろ。――なあ、[調停者](リ=ヴェーダ)?」


 その名を背負うと決めたのは、お前自身だろう。

 諦め悪くも歩みつづけるというのなら、業深い道につきあってやる。これもまた俺の戯れ(、、)だ。


 かつて数えきれぬほど戯れを仕掛けた相手は、ついに盤上に引き下ろすことはできなかったが、代わりに面白いものを見つけられたのだから、悪くない。


 張りぼての正しさを纏い、いつまでも過ぎし日の幻影に縋りつくような愚か者ならば捨て置いたが、なかなかどうして肝が座った今の彼の行く末にならば興味もある。


 俺は、あの男を、かつての彼を知っている。それは厳密に言えば俺の過去ではないのかもしれないが、瑣末な問題だ。


 俺は、変わることの価値を知っている。その善し悪しに関わらず、数多の変化を導いてきたこの俺が決して成し得なかった根幹に関わる大きな変革、その重みを誰よりも理解している。


 彼は変わり、そして変えた(、、、)のだ――。


 この道の通じる先に希望はあるのか。

 箱庭は変化の途上にあり、待ち受ける結末を知るものはいない。


 これが正道かと問われれば、おそらく違うだろう。だが俺の行く道として誤りではない。この俺が歩むかぎり、それは即ち王の道(、、、)だ。


 この身は、いつ、どのように果てたとて、構わないと思っている。


 仮に道半ばで倒れたとしても後悔はない。最期まで微塵の迷いもなく己が道を邁進する。それが()という存在、()というモノの誇りだ。


 ()とはすなわち[勇聖]、白日を背負うヒトの王、光の眷属の王、箱庭の為政者、セカイの半数を支配し導くモノ、ひじりである。


 その在り方は、俺が決める。


 他のモノがどう思っているかは知ったことではないが、少なくとも俺自身にとって『理』の紡ぎだした役柄が俺を形作っていたことなどない。


 俺が()であるということと[勇聖]であるということ、ひじりという存在は全くの同一で切り離せない。ゆえに苦悩もない。


 俺たちは俺たちであることをやめられない。俺たちは元より、みな等しく自分自身に囚われている。いまさら固定化されたとて、何だと言うのだ? 俺が()であることに理由などいらない。


 ……だがまあそうだな。次に終わるときには、いけすかない魔王も道連れにしてやれたらと、思う。


 時が来れば、あの堅物にもわかるだろう。俺たちの置かれた状況を身をもって知り、永らく囚われつづけた楔がもはや用をなしていないことに気づくのだ。


 永劫の安寧と引き換えに手にしたものは、己が輪郭を再定義する自由への布石。先の見えない不確かな現在ほど、面白い遊戯はなかろう。


 まったく、どんな顔をするか、見ものだね。

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