合同課程:動く迷路と解析者 砂時計の回転と、退路の設計
書き直したくて……前作を読んでくださった方申し訳ありません。
迷路の入り口にそびえ立つ石の門は、いまだ冬の名残をその身に深く抱き、硬く冷え切っていた。
門をくぐる足元の土は黒く湿っている。雪解け水がそこかしこに染み出して泥をこね、どれほど気をつけて歩こうとも、靴底が乾くことを許さない季節なのだ。
迷路の奥深くから、ひゅう、と冷たい風が吹き抜ける。その風の尾に混ざるようにして、獣の喉を鳴らすような、低く不気味な唸り声が微かに鼓膜を揺らした。
「――制限時間あり、だ」
生徒たちの前に立つ教官が、冷徹に告げる。
「各チーム、それぞれ指定された別々の入り口から進入せよ。全チームが入り口の扉を開け、内部に足を踏み入れた瞬間から、一斉に時間の計測を開始する。……時間の管理は、こいつらが受け持つ」
教官が手元を示すと、そこには各チームに配られたものと同じ色札が結びつけられた、いくつかの砂時計が並んでいた。
直後、それらの砂時計がぴょんと虚空へ飛び上がる。空中で静止したかと思うと、内部の砂が重力を無視して逆流するように、不気味に回転を始めた。視覚的に突きつけられる時間制限のプレッシャーに、周囲の空気がじわりと重くなる。
「目的は脱出だが、本質はあくまで『生還』だ」
教官は冷淡な視線を泳がせながら、言葉を重ねた。
「迷路内の魔物は、倒してもいいし、倒さなくてもいい。進路が完全に詰まり、自力での攻略が不可能と判断された時点で演習は『終了』とし、救護班を突入させる。……もっとも、これまでこの合同課程において、救護班の世話になった者は一人として存在しないがな。お前たちの先輩は全員、これしきの試練、難なく攻略してきた」
(先輩たちは全員、か……それに、あの逆流する砂時計、魔道具か……気が重たいな)
教官の放ったその言葉は、吹き抜ける春の風よりも冷たく、生徒たちのプライドと焦燥を静かに煽る。
だが、ミナトはその挑発を頭から無視した。
すっと彼の瞳の奥に、虹色を帯びた淡い光が宿る。世界を魔術の法則で紐解く『解析』の視界。ミナトはそれで、目の前の迷路の壁をじっと見つめ、その表面をなぞるように視線を滑らせた。
(……動いている。ただ不規則に塞いでいるわけじゃない。壁の駆動、その魔力の流れには、明確な周期と規則性があるはずだ……見つけないと詰む)
ミナトは一度だけ息を止め、固く唇を結んだ。
(先輩たちとの比較なんて、今はどうでもいい。考えるだけ無駄だ。それよりも、この迷路の規則と、即席の仲間達の『型』。今できる事は、その二つだけ。そこからやるしかない。)
「ねえ、ミナトくん……」
ふと、隣からさやかが、服の袖を引くようにして小声で話しかけてきた。
不安げに潤んだ瞳が、ミナトの顔を覗き込んでいる。
「……やっぱり、ちょっと怖い?」
「怖いよ」
ミナトは視線を迷路の奥に向けたまま、淡々と答えた。
「でも、これは怖くてもいい。怖いと思うから、慎重になれる」
「え……?」
さやかが、ぱちくりと瞬きをして動きを止めた。
ミナトとしては「恐怖を自覚して冷静に警戒を怠るな」という極めて合理的な警戒心のつもりだった。だが、さやかにはそれが、自身の不安を優しく肯定し、寄り添ってくれた『気遣い』のように聞こえたらしい。
張り詰めていたさやかの肩の力が少しだけ抜け、その歩幅が、ほんの僅かに小さくなった。ミナトの後ろについていく、という意志の表れのように。
「ははっ、全員成功ねぇ。そりゃあ、俺たちが最初の泥を塗るわけにはいかねえな!」
ランドが喉を鳴らして軽く笑い、身を乗り出すようにして、獰猛な、それでいて楽しげな光を瞳に宿した。
「まって、確認させてほしい」
ミナトが、ゆっくりと二人を見て話し出す。先に話しておいた方がいいことがある。ミナトは気になる点の一つをここで確認しておきたかった。
「ランド、君は発動系で物理干渉……つまり、肉体強化が主軸か?」
「さやか、君は発動系で属性?が得意であっている?」
聞かれた二人は目を見開いている。しばらく沈黙した後最初に口を開いたのはさやかだった。
「う、うん。私、土属性が得意かな……なんでわかったの?そんなにわかりやすかった?」
遅れてランドも驚いたように声をあげる。
「良く分かったな!そうさ、肉体を強化して、シュババババッって魔物を倒すのが得意!」
「そうか、合っててよかった。そんな気がしたんだ」
「なら、迷路に入ったら、僕は迷路の仕組みを把握して脱出に役立てたいんだ。僕は解析系が得意だからね。そこで、二人に魔物の相手を頼みたい。いいかな」
「よし、分かった。さぁ、行こうぜ!」
「うん、多分大丈夫。弱い魔物だよね??」
「ああ、強い魔物は放たないと思う。ここは判断を見てるんだと思うんだ。
よし、行こう」
ミナトは短く頷き、そして口癖のように呟いた。
「『次を作る』。――そして、いつでも戻れる距離を守るんだ」
それは、決して強い命令口調ではなかった。
だが、これから迷路を進むにあたって、誰が「安全を確保し、道を作るか」という順番を、ごく自然に決定づけてしまう静かな響きを持っていた。
ミナトのすぐ後ろで、青い髪を揺らしたリーンが、深く深く頷く。
「はい。――主様。ここは、戻れる距離で」




