合同課程:動く迷路と解析者 即席の四人と、その足元
どうしても書き直したくて、書き直しました。
講堂を一歩外へ出ると、遮るもののない風が容赦なく吹き抜けた。
谷沿いに開かれたこの街特有の、鋭く冷たい風だ。遥か下方を流れる川に架かる橋の向こうから、ようやく昇ってきた太陽の熱を押し返すように、執拗な冷気を運んでくる。
講堂前の広場には、すでに次の演習に向けた列ができていた。
チーム分けのための『札』が配られる受付。その列は谷の不規則な起伏に沿って細長く伸び、建物の角で直角に折れ曲がって、いびつな人の鎖を作っている。
(……こういう場所だ)
ミナトは無意識に、列の『角』に視線を留めた。
密集する生徒たちの肩と肩の隙間。乱雑に置かれたそれぞれの足の位置。
(ああいう曲がり角は、どうしても人が詰まる。不測の事態が起きたとき、動きが制限されて判断できても、行動が出来ない原因になるんだ。……だから、俺は最初から少しスペースに余裕のある『端』を歩く……やりすぎかもしれないな)
一人思考で突っ込みを入れながら歩くミナトの半歩後ろ。
リーンが静かにミナトの影に寄り添っている。彼女の気配がそこにあるだけで、周囲のざわめきから一幕引いたような静寂が、ミナトの周りにだけ保たれていた。
やがて、ミナトたちの順番になり、色と記号が刻まれた金属の札が配られる。
チーム編成は完全な強制。そこに個人の意思や選択の余地は一切ない。
「配られた札の色でチームを決定する」
受付の教官が、事務的で、それゆえに冷徹な声を響かせた。
「仲良しグループの遠足ではない。実戦で『やり切れる形』を即座に構築しろ。以上だ」
手元の札を見つめる。
ミナトの手にあるのは、深い青の札。
周囲を見渡すより早く、すぐ近くから軽快な声が上がった。
「お、同じ色じゃん。よろしくな!」
声をかけてきたのは、どこか育ちの良さを感じさせる端正な顔立ちの少年だった。人懐っこい笑みを浮かべ、自分の持つ青い札を示してくる。
「俺はランド。立花ランドよろしく」
「あ、私も同じ色! 青だよね!?」
もう一人、勢いよくそこに飛び込んできたのは、佐伯さやかという名の少女だった。
快活そうな笑顔を浮かべてはいるが、その指先は落ち着きなく、しきりに札の端をこすり合わせている。緊張を隠そうと、少し早口になっているのがミナトには見て取れた。
「ね、ねえ、これってやっぱり、実力のある人がどんどん先に行って引っ張る感じ? ね、そういう方針で行く?」
「……僕は水理ミナト。よろしく」
ミナトは穏やかに、だが慎重に自己紹介を返した。
その様子を後ろで見ていたリーンが、すっとさらに一歩下がる。一挙手一投足に無駄のない、完璧な『同伴者』としての距離感。彼女の胸には札がない。チームの頭数には数えられていないのだ。
ランドが不思議そうに、リーンの存在に視線を向けた。
「で、そっちの君は?」
「彼女はリーン」
ミナトは視線だけでリーンを示す。
「僕の同伴だ。今回は、一緒に迷路に入ることになっている」
問われたリーンは、背筋を伸ばし、実に見事な礼をして見せた。
「お初にお目にかかります。主様の同伴を務めております、リーンと申します。演習の邪魔は決していたしません。必要な時に、ミナト様のお荷物をお回しするだけの、ただの影とお思いください」
「ああ、なるほど。そういうことか」
ランドは納得したように、小さく頷いた。大手の冒険者や貴族の師弟が私的なサポート役を同伴させるのは、そう珍しいことではない。そのあたりの事情を察したのだろう。
「うん、了解。よろしくな、リーンちゃん」
「うんうん、ご一緒よろしくね!」
さやかも緊張を和らげるように、にこっと柔らかな笑みをリーンに向けた。
(……二人とも、かなりの実力者だな)
表面的なやり取りの裏で、ミナトの『解析』の意識が二人を観察していた。
ランドからも、さやかからも、同世代では滅多に見かけないほど濃密で洗練された魔力の波動が立ち上っている。間違いなく『超級位階』の素養を持つ一握りの天才たちだ。
(だけど……まだ二人の『型』がわからない。どんな魔法を使い、どんな風に動くのか。この即席のメンバーで、動く迷路の構造を読み、配置された魔物を倒し、全員で生存する形を、本当に作れるか?)
やるしかない。
不安はある。だが、それを表情に出したくなかった。何より――。
(リーンの前だ。少しは、格好いいところを見せたい)
自分の内なる小さな見栄に、ミナトは内心で苦笑した。
ふと、視線を外に向ける。
講堂で隣の列にいた、あの背筋の伸びた黒髪の少女――はるなは、どうやら別の色札だったようで、少し離れたところで、先ほど感じた強い魔力を持った少年レンを加えた三人のメンバーとチームを組んでいた。
遠く、人混みの向こう。
彼女はやはり、一本の針のように凛とした姿勢のまま、黒髪を風に揺らしている。
その鋭い瞳は、すでに目の前のチームメイトではなく、その遥か先――冷たい風が吹き抜ける、谷の外れの迷路の入り口をじっと見据えていた。




