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第24話 傷ついた天使の小夜曲《セレナーデ》前

※注意事項※

今話において、物語後半に演出上センシティブなテーマを扱っています。これは物語上の演出であり、実際に問題と対峙され、苦悩されている関係者を揶揄したり差別を助長するものではありません。  玄行



 何もかもが面倒くさくなった。

 おれといねは、夕食をかねた報告で〈ラ・ベットラー・ダ・アイバ〉のある西池袋へ向かった。


「なんだなんだ、お前らが今日の最後の客なのかよ」


 ベットラーが呆れ顔でフロアに出てきた。よく厨房からフロアの様子を観察しているのだ。


「兄ちゃん、酒持ってきて。金森のおごりだから、しこたま飲む!」


「金森?」ベットラーは壁ぎわのテーブルを振り見てから、「そりゃあいいが、飲む前からくだ巻いて、何があった?」


 とにかく、食事を。おれたち二人は飢えた目で、すごんだ。


 ディナータイムはコース料理を三種から選べる。ただしラストオーダーは十時までと早い。


「衛。今日はBコースが不人気でな。味見してみないか?」


 フロア主任の火浦啄郎に奨められて、今夜はとにかく何でもいいから腹に入れたかったおれはそれを頼み、別皿でマルガリータピッツァを頼んだ。


「タクロウさん、ペンネの写真だけが暗くて、美味しくなさそうですが」


「写真? あ、あーん、なるほどね。撮影は燕に頼んでるんだよ、それ。アイツ写真の専門学生で普段はうまいのにな。今度また撮り直させるよ」


 振り返った壁ぎわ席で、二人の男女が熱っぽい眼差しで微笑み合って沈黙している。

 翡翠と金森芙由美だ。事情を知らなければ親子に見えなくもない。


「あの二人、何かあったのか?」


「今夜はそっとしておいたほうがいいかも、そのうち分かると思いますよ」


「衛、何か知ってんの?」


「ええ、まあ。こっちのテーブルは被害者席です。――な?」


 いねに同意を求めたら、いねが白いストライプスーツを脱いで椅子の背もたれにかけた。ヤケ食いする気満々だ。


「今年一番、くだらねぇタダ働きしたんだよ。報酬まで決めとくんだったよ」


 タクロウは苦笑して、いねから注文を取ると去っていった。Bコースと別皿でポルペッテ。ポルペッテは肉団子トマト煮込みだ。ちなみにポルペッテは大きな肉団子で煮込みハンバーグに近い、一般的なポルペッティーニは小さなミートボールだ。そして、ワインをボトルで注文。


 おれはテーブルから身を乗り出した。


「それで、ヘイチョー殿。[セクエンスⅡ]のアルゴリズムは?」


「しっ。もっと声落とせ。マモル上等兵。このいね様がそこをしくじるわけねえだろぉ?」


〝脊髄装甲〟の性能データのコピーが作れるのは、おれも辰巳から聞いて知っていた。おれだって辰巳から色んな本を奨められて読んでいる。


〈ガイアテックス〉が所有している[セクエンスⅡ]の脊髄機関を無断コピーすることは不適切行為だが国内で規制する法律はなく、紳士協定にとどまっている。なぜなら脊髄機関それ自体がアメリカで発掘されたオリジンを複製したものだからだ。そこにオプションを足したり、パッチを当てたりしてアレンジを加えているだけに過ぎない。


 いねのデータ拝借も、「所詮はそのアレンジ技術」というよく言えば向学心、悪く言えば隣人の芝生が気になるからだ。そうするとオリジン[フツノミタマ]に複製プロテクトがかかっているのは珍しいというか、特別感がある。


「おい、お前ら」

 おれ達の心を読んだ様子で、ベットラーが立っていた。

「まさかとは思うが、よその〝脊髄装甲〟のデータをパクってきてねぇだろうなあ?」


「な、ななな何言ってんの、兄ちゃんッ!?」

「そそうだよ、そっそんなことするわけないだろう」


「アホか……。お前らあからさますぎるんだよ。ほれ、よこしな」


「兄ちゃん、今日は無報酬労働だったんだってぇっ」


「人助けなんざ、だいたいそんなもんだ。一日一善、いいことしたな。ほれ」


 ごつい掌を出されて睨まれる。いねは渋々そこに小さなSDメモリーをのせた。


「何があった。要約しろ」


 静かな声に、いねが諦念のため息をついて、声を潜めた。


「金森家のお家騒動だった。芙由美は翡翠を養子に迎えようとして法律の手続きに入ったんだけど、それを顧問弁護士が専務で弟の明比古にご注進したかも、んで明比古は会社を掌握するために翡翠を拉致して別荘に隠したみたい。翡翠は縛られてなかったけど二階部屋に軟禁されてた。あとで社長の座の後継について話し合う材料にするつもりだったのかもな。ところが」


 いねの後をおれが引き継いだ。


「翡翠も養子縁組には不満があったらしくて、その……彼は芙由美さんに恋心を」


 ベットラーはおれにも手を出す。救出現場を記録したSDチップを渡した。


「そんで、あれか?」


「うん。帰りの船上で翡翠が芙由美さんにプロポーズをした。おれもびっくりでさぁ」


「うちらは立会人よろしく見物させられたってわけだよ」


「あの芙由美がな……まんざらでもねぇようだな」

 ベットラーも何やら感慨深そうだ。


「まあいい。話は大体わかった。で、実家は」

「実家? 誰の」

「翡翠のだ。行ったのか」


 おれといねは同時に顔を振った。


「そもそも救出作戦中の海上脱出だぜ? そんな暇なかったって」

「それでいい。でかした」


 褒められた。おれといねは顔を見合わせた。


「兄ちゃん、どういうことだよ?」

「必要があれば教えてやる。ボトル一本だけ、俺の奢りだ。お疲れさん」


 おれ、まだ酒飲めないんだけどなあ。

 と思っていたら、コース料理の最後にメニューにない絶品チーズケーキが出て俺は満足した。



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