理音くんは麻雀が好きじゃない
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さもないと倍満+チップ10000Gや満貫20枚オールを延々払い続ける呪いをかけます
「だから、雀荘業は継ぎたくない、って言ったんだよ親父」
「ナニィ⁉」
目を丸くし、箸を取り落とさんばかりに驚く中年男性。その姿を見て、酒井理音はため息をついた。
やっぱりな。こういう反応は分かっていた。
「じゃあ、俺が引退したら、あの店はどうしたらいいんだ⁉ 昔は、麻雀牌の触り方を覚えたころは、『お父さんみたいな立派な麻雀マスターになりたい』って、言ってくれてたじゃないか!」
「気が変わった……というか……」
この際だから、はっきり言うしかないか。理音は思った。
理音の目の前に座る、恰幅の良い中年男性――名を寿人という――は、理音を男手一人で育てた父である。自分を産んですぐ亡くなってしまった母代わりに、ずっと頑張ってきて、息子一人を高校生まで育て上げた。その恩は忘れていない。
「この間だって、雀卓の掃除にドリンクづくりに、喜んで手伝ってくれてたじゃないか。あんなに笑顔で、客の見送りだってして……」
恩を感じているからこそ、できる限りの手伝いはしてきた。
「理音、お前麻雀が好きじゃなかったのか? 雀荘『宝石』マスターの一人息子が、麻雀が好きじゃないだなんて」
「好きじゃないんだよ」
一音一音を強調して、言った。言うと、不思議と彼の心は穏やかになった。よほど気持ちを押し殺していたらしい。いつか進路の話にかこつけて、言わねばならないことではあったけど。父の恩に不義理で返すことになるから、とてもいいにくいことではあったけど。
酒井理音は、この春入学した、ピチピチの男子高校生である。
背が少し高め、童顔かつラインが細いのが少しコンプレックス。英語と数学が得意で理科が苦手、と普通の生徒として生活してきた。
長い受験勉強に耐え、高校になれば、中学で頑張れなかった部活ができるからと、この前までウキウキしていた。
理音が部活を頑張れなかったのには、わけがあった。それは、学校の終業後に、家の店を手伝うという尊い仕事があったから(父は、よく仕事は全部尊いものだと言っていた)。
酒井家の家業は、地域で代々愛される老舗雀荘『宝石』の経営だ。時代に流されることなく、昔ながらの雰囲気をあえてずっと守ってきた。
最寄りは、柴崎駅という。京王線沿いの、各駅停車しか止まらない小さな駅。当然利用者も少ないし、遠方から電車を乗り継いでわざわざここに遊びに来ようという酔狂な人もそういない。
だから必然、『宝石』は地元の紳士や学生を常連とする、細々とした営業スタイルにならざるをえない。みな、それほどお金を持っているわけではない。そんな客を大事にするのが大切だ、と酒井寿人は常日頃理音や店員に言っていた。
ちなみに、お気持ち(レート)は高くも安くもない、東南戦・千点五〇円の五―一五。一日遊んで、諭吉が二人いなくなるかならないか、というところ。こちらもやはり、昔ながら。後から理音は知ったのだが、二〇二〇年代の東京雀荘業界はインフレが激しく、短期決戦のハイレートが主流らしい。
えっチップ20枚払いなんてあり得るのって?
あり得るんですよ。
今の歌舞伎町レートだと。




