麻雀店はキレイとは限らない
この小説はフィクションだけどこの前書きとか後書きで書いてることも大概フィクションです
そんな『宝石』の一人息子として、よく手伝いをしていたのが理音だった。当然、理音は常連客と顔なじみだった。おお理音くんデカくなったな、彼女はできたかとだみ声で聞く客をいなしつつ、理音はコーヒー・紅茶を出すのを日課にしていた。
「いつもお客様に挨拶して、あれやこれやと仲良くしてたのに」
「正直、キツい。薄汚いおっさんに囲われても……」
「店員にだって、コーヒーの作り方が上手いって評判なんだぞ? お前の打ち筋を見たときも、おおうまいなって言ってくれてるぞ」
「お世辞だろ」
薄汚いを否定はしないのだな、と理音は思った。
「正直さ、小汚い人がいっぱい集まるところじゃん。なんか変なんだよ、みんな。客も店員も」
「それは、お前が人間としての内面を……」
「そもそも」
また一音一音はっきりと、彼は続けて口に出す。父に申し訳ない、という気持ちもありつつ。
でも、いつかは言わなきゃいけなかったこと。正論として伝えなければならなかったこと。
「麻雀って賭博ゲームじゃん。おかしいと思わないの? 犯罪やってる店が平然と営業してるって」
「……」
寿人はうつむいた。悲しげではないが、ひどく真剣な面持ちだった。
それを言われると、つらい。そんなことを言いたげだなと理音は思った。
でも事実だろ、とも理音は思うのだ。
麻雀店は、法律上少し不思議な営業形態をしている。
稀に誤解している人もいるが、麻雀店を経営すること自体は至って健全で合法なことである。というより、反社会勢力等とかかわりのない人が、警察に伺いを立て、営業許可をもらって開くのが雀荘である。だから理音は、父は何をする人なのと聞かれれば普通に麻雀店だよと言っていたし、寿人自身も胸を張って自分は雀荘マスターだと言っていたようだ。
ただし、そこでやっている麻雀には、お気持ち――諭吉、渋沢、円――がのる。『宝石』のようなマイルドなルールならともかく、場所によっては万札が普通に飛び交うレートになる。
しかもこれを、各雀荘は店での取り決めとして、管理しているのだ。もちろん、誰も表立っては言わない。言ったら、賭博場開帳図利罪――賭博ができる店を開いて利益を得る罪――を認めることになる。でも、客が雀荘に入れば、店は取り決めを客に説明し、客は納得すれば卓に入って麻雀を打つ。あとは勝つか負けるか。
ほかの大人のお店と異なり、「店は何も知らないです、客が勝手にヤってることです」という建前も、「お金なんか賭けてません、ただ客に渡した景品を買い取ってくれるお店があるそうですが」という空気読みのような言い訳もなにもしていない。警察が見れば一発アウトな光景がなぜか堂々と君臨している。
だからアウトなんだろ、というのが理音の意見だった。そして、ほかにも理音が気に入らない理由はあった。『宝石』の客層は、お世辞にもいいとは言えない。ほかの雀荘を知らない理音でも、そうわかるくらいに中の空気はさび付いていた。毎日くしゃくしゃの万札を握りしめて薄汚れたパーカーで来る爺さん、耳が遠く動作の一つ一つが遅い爺さん、やたら声が大きく火のついたタバコをブンブン振り回す爺さん――そしてヤンキーっぽい大学生。彼らは貸し卓といって固定された面子での(店の取り決めによらない)麻雀をするのだが――その所作の一つ一つが、とてつもなくダルそうだった。つかねー、バイト行きたくねー、が口癖のやつに、大ジョッキのビール片手に打つのがやめられない、といった様子のピアスバチバチ系男子。そういう客が集まるところで、よくまともな神経でいられるな。と、理音は父の様子を見るたびに思うのだった。
あるいは、まともじゃないのか。
中学校卒業前、高校になったらやりたいことをやれ、もう店番は大丈夫だなんて笑う父を見て、そんなことを思っていたのだった。
新宿の某ピン東で打ってたら隣の卓で「あー25万負けたわ」って唸りながら退店してる人いて震えた




