コトネ
昨日と同じに今日も晴天だった。
バイクの男は今朝もナミホを迎えに来た。
男とナミホが連れ立って去ってしまっても、ぼくは寂しくなかった。
リンゴジュースの事ばかりかんがえていた。
ナミホは今日も飲むんだな。冷たくて甘くて、夢みたいにおいしいジュース。それがうらやましくて仕方がなかった。
ぼくだって飲みたい。
ぼくもあそこであいつに頼んで、ジュースをもらおうか。あいつだって、結構いい人でぼくにジュースをごちそうしてくれるかもしれない。いや、絶対に、頼んだらくれる。だけど・・・。
やっぱりだめだ。あいつに頼んでジュースをもらうなんて。ぼくにだってプライドがある。
ぼくは頭をぶるんと振ると、鳥に変身して空に舞い上がった。
「ルリハ」
水飲み場で、ぼくが水を飲んでいるとコトネがやってきた。
コトネはぼくと同じ青い小鳥だ。
「おはよう」
ぼくは言った。
「おはよう」
コトネが言って、ぼくと同じように水をのむ。
ぼくは毎朝横で眠るコトネを起こさないように、寝床から抜け出す。
ぼくには一人(一羽)で自由になる時間が、必要なんだ。
「今日は行かないの?」
コトネが顔を上げて言った。水がコトネのくちばしを濡らして光っている。
「うん」
ぼくも顔を上げながら言った。コトネはぼくが毎朝ナミホの後を追って、向こうの島へ行くのを知っている。
コトネを寂しがらすのは、かわいそうだと思うけれど、仕方がない。ナミホのことが気になるから。
ああ、でも・・・。
この水が冷たくて、甘くて、夢みたいにおいしいジュースだったよかったのに。そしたらぼくは何て幸せだっただろう。とぼくは小さなため息をつく。
「どうしたの?」
コトネがぼくを心配して言う。
「ううん、別に」
ぼくはうつむいて言った。
「コトネはリンゴジュースを飲んだことがある?」
ぼくはきいた。
「リンゴジュース? それ何?」
「リンゴを絞った汁だよ。すごくおいしいんだ」
「へ~、リンゴなら食べたことがあるわ。すごくおいしかった」
「リンゴジュースはね、すごく甘いんだ。夢みたいにおいしいんだよ」
ぼくは初めてリンゴジュースを飲んだ時のことを思い出していた。
おばさんの家で人間の姿になって、目覚めた時、飲ませてもらった初めてのリンゴジュースの味を。
あまりのおいしさに衝撃をうけたこと。
そうだ! どうして気づかなかったのだろう。おばさんの家に行けばいいんだ。おばさんにジュースをもらえばいいんだ。
ぼくはいい思い付きにわくわくした。
「ねえ、コトネ、君もリンゴジュースをのみたくない?」
ぼくは急いで言った。
「ええ、まあ、飲んでみたいけど」
コトネはぼくの勢いに押されたみたいに、少し後ずさって言った。
「じゃあ、今すぐ行こう」
ぼくはいうなり空へ羽ばたいた。