リンゴジュース
ぼくは立ち上がり、鳥に変身した。
ここから向うの島へ一直線に飛んでいけば、小学校まではすぐだ。でも、バイクだと橋を渡らないといけないので随分遠回りになる。
ナミホだってへびになって泳いでいけばすぐなのに、バイクに乗せてもらうのが好き、気持ちいいからなんて。
ふーん。そうですか、そうですか。
ナミホがへびじゃなく鳥だったらよかったのに。
ナミホがぼくと一緒に空を飛べたら、バイクなんかよりずっと楽しくて気持ちいいのに。とぼくは思う。
ぼくが小学校に着いた時、バイクはまだ着いていなかった。
窓から中を覗くと何人かの人達がうろうろしているのが見えた。
芸術家なんて、大した人達じゃないんだ。自分の好きなことだけしてわがままに生きてるんだ、きっと。
バイクの音がした。
二人がやっと着いて、学校に入っていく。
ナミホの楽しそうな笑顔。
それを見てぼくはまた寂しくなる。
部屋に入ってすぐ、あいつが飲み物の缶らしき物をナミホに手渡す。ナミホがまた笑う。
何を貰ったのかな? 多分ジュースだろうな。
なんのジュースかな。もしかしてリンゴジュースかな。
いいなあ。
ぼくの喉がごくりと鳴った。
ぼくは缶に口をつけるナミホを見ていた。
ナミホが缶をテーブルに置くと、ぼくは急につまらなくなって、羽ばたいた。
あのジュース、まだ、残っているのかな。そんなことを考えながら僕は空を飛んだ。
夕方、いつもと同じ時刻。
ナミホはバイクで送られて帰って来た。
バイクが行ってしまうのを見届けると、ナミホは海に向かって歩き出した。
木に止まってそれを見ていたぼくは、慌てて人間に変身する。
「ナミホ! おかえり!」
大きな声で叫んで、ぼくはナミホに駆け寄る。
ナミホは少し微笑んで、
「ただいま」
と言った。
ちょっと疲れた感じだけど、機嫌は悪くなさそうだ。
「ど、どうだった?」
ぼくは何か話さなきゃと思い、そう言った。
「どうって?」
ナミホは立ち止まった。
「あの、ああ、モデルのことだよ。どうだった?」
「べつに、どうってことないわ。じっとしているだけだもの。でも、あの人あたしのことかわいいって言ってくれるの」
頬を赤らめて、嬉しそうにわらうナミホに、ぼくはちょっとムッとする。
ぼくはそんなことより、聞きたいことがある。
「それから?」
ぼくは言った。
「それだけよ」
ナミホは歩き出した。ぼくもナミホについて歩く。
朝、小学校に行ってから、ずっと気になることがあるんだ。
ぼくはナミホの前に立って、ナミホが歩くのを止めた。
「何?」
「小学校でね、あいつから缶の飲み物貰っただろう。あれの中身なんだったの?」
「見てたの?」
ぼくがうなずくと、ナミホはちょっといやそうな顔をした。
でも、すぐに
「ジュースよ。リンゴジュース。いつもくれるの。昨日は、ミカンジュースだったわ。」
と、答えてくれた。
「へー」
ぼくが一番好きなジュースだ。でも、ミカンジュースもいいなあ、ぼくは思った。
「おいしかった?」
また、ぼくの喉がごくんと鳴った。
「すごくおいしかったわ。冷たくて甘くて、夢みたいな味」
夢みたいな味・・・。
ぼくは、もう随分と飲んでいないリンゴジュースの味を思い出していた。
そう、あれは夢みたいにおいしかった。
「疲れているの。もう、行っていい?」
ナミホがため息まじりに言う。
「ああ、うん」
ぼくはナミホに道をあけた。
水の中に入って行くナミホ。
その、後ろ姿を見ながら、ぼくはリンゴジュースのことを考えていた。




